犬の場合 五
「今までの事、俺が馬鹿だった、すまない!」
そう言って頭を下げたウルフェインに、ドゥーエやオルクスが慌てて手を振る。
「いや、ちょっと待ってください! ウルフェイン様のせいじゃないっす! よくよく考えれば、繋ぎ止めれなかった俺も悪いんっす!」
「そうですよっ」
まさかウルフェインに謝罪されるとは思ってなかった面々は、どこか困惑気味だ。
「しかし、お前達は何度もルリーナの事を忠告していてくれただろう? それを無視していたのは俺だ。これではウイネに嫌われても仕方が……、いや、ここでぐずぐず言っていても仕方がないな。……実は、お前達に話があるんだ」
「……話っすか?」
いったい何の話だ? と怪訝な顔をするオルクスやラガス、そして何故か表情を明るくしたオルサロ。その面子を見れば自ずと何関係の話かは分かるのだが、肝心の内容が思い付かない。
つい先日ルリーナの刑が決まったばかりだが、その事だろうか。そう思って首を傾げていると、ウルフェインが思いがけない言葉を言ってきた。
「今度ユルフェルに使者を出す事になった。そのついで、と言うより、これが目的なんだが……手紙を出そうと思う」
「手紙っ!?」
馴染みのない言葉が飛び込んできて、思わず叫んでしまう。それに苦笑しながら、ウルフェインは続けた。
「お前達の分も、希望するなら一緒に届けさせるが……」
「はいっはいっはーーーーいっ! 書くよ書くっ! トカゲちゃんにラブレターッ!」
どうする? と続く筈だった言葉を遮って、オルサロがぴょんぴょん跳び跳ねる。オルクスやラガスも表情を明るくさせ、乗り気なようだ。
「て、手紙っすか……」
手紙、と聞いたドゥーエは、ただ一人顔を曇らせる。何を隠そうこの男、実は手紙など書いたことも見たこともない。むしろ、ペンなど滅多に持った事すらない。
今でこそ立派な騎士として生活しているが、子供の頃は薄汚い孤児だったのだ、字を教わっている筈もない。ウルフェインに拾われてから最低限の文字は習ったのだが、さてそれが文章になるかというと怪しいものがある。
絶望的だ、と頭を抱えたドゥーエの肩を誰かが叩く。それにゆっくりと頭を上げると、ウルフェインが小さく笑っていた。
「お前は文章が苦手だったろう? 皆手伝ってくれるそうだぞ」
「え?」
周りを見ると、皆が頼もしい表情で頷いていた。
「あっ、ありがとうっす!!」
感激して叫ぶドゥーエの肩を皆が叩く。そんな仲間達の優しさが嬉しくて、手紙の事もサエナの事も、絶対に諦めたりしないと改めて決意するのだった。
そうして何とか書き上げた手紙を携え、使者の男は旅立って行った。その背中を見送ったドゥーエは、どうかサエナに届きますように、と願いながら、返事をひたすら待ち続けた。……しかし、やはりそう簡単には行く筈もない。
何度も何度も手紙を書くが、サエナから返事は届くことは無かった。肩を落とすドゥーエに、使者の男も申し訳なさそうに頭をさげる。逆にそれを申し訳なく思いながらも、また手紙を託した……その数日後の事だった。
「やりましたっ、やりましたよっ!」
そう叫びながら演習場に飛び込んできた男に、ウルフェインを初めとした数人の男達が、顔を輝かせて駆け寄る。訓練を中断された他の騎士達も、不満を言うこと無く、むしろ表情を明るくさせた。
「とうとう返事がっ!?」
「マジッ!?俺のトカゲちゃんからもあるのっ!?」
「早く、早く見せてくださいっす!」
むさ苦しい男達に囲まれた使者は、それでも嫌な顔一つせずに鞄から手紙を取り出す。
「これを頂きました」
そう言って差し出された手紙は、何故か一つ。その事に皆が、あぁ、と肩を落とした。
「……それ、誰の手紙っすか」
どこか暗い表情のドゥーエに、使者も眉を下げる。
「それが、皆様で見るように、と言われまして……」
「皆で?」
困った顔で言った使者に、ウルフェインも首を傾げた。そして差し出された手紙を受け取り、徐に封を開ける。その手紙を皆が覗き込んだ。
「なになに? 前略、突然ですがお願いがしたいことがありましたので……」
ウルフェインが読み進めるにつれ、暗かった皆の表情が、より暗いものに変わっていく。そして、最後まで読み終わった時には、どんよりとした空気が漂っていた。
「サエナ、酷いっす……頑張って書いたのに」
シクシクと涙するドゥーエの隣では、オルクスが耳飾りを触りながら俯いている。
「ヤダヤダー! トカゲちゃんのバカ―ッ!」
そう言って地団駄を踏むオルサロの後ろでは、ラガスが何やら怖い表情をしていた。
「……よし、決めた」
今までじっと手紙を見つめていたウルフェインが、突然顔を上げる。
「何っすかウルフェイン様」
決意した男の顔をしているウルフェインに、いったいどうしたんだ、と首を傾げる。するとウルフェインは、自分を見てくるドゥーエをしっかり見つめて、こう言った。
「ウイネに会いに行く。……今すぐに、だ」
「はぁっ!?」
突飛な事を言い出したウルフェインに、開いた口が塞がらない。それを援護するように、オルクスが口を開いた。
「ウルフェイン様、それは流石に無謀じゃないですか? もうすぐ本格的に冬ですよ? 辺境の冬はそれはそれは厳しいらしいですし……」
その言葉にラガスも同意する。
「そうです、我々は雪山には慣れていません。今から向かうとなると、ユルフェルの里につく頃には雪が積もってしまいますよ」
「ああ、だから最短ルートで行く」
「最短ルートっすか?」
「……蟲の森を横断する」
「っ!?」
そんな無茶な、と皆が思った。大掃討後とはいえ、蟲の巣窟である森を抜けるなんて自殺行為だ。
「俺は一人でも行く。お前達はどうする?」
ギラギラと目を光らせているウルフェインは、誰にも止められないだろう。そんな様子に苦笑して、ドゥーエはやれやれと首を振った。
「仕方ないっすね。俺もサエナに会いたいし、お供するっすよ!」
そう笑って見せると、ウルフェインも小さく笑った。そんな二人を見ていたオルクスやラガス、オルサロも同じように笑う。
「仕方ないですね、行きましょうか!」
「うんうんっ、まっててね~トカゲちゃぁぁんっ」
「楽しみだな」
そんな男達を見ていた使者は苦笑いした。そしてユルフェルの里で会った少女達に少しばかり同情を覚えたのか、男は東の方角を見て呟く――はやく諦めた方がいいですよ、と。




