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紅の獣は銀竜を  作者: 銀タ
番外小噺
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40/42

犬の場合 四






 ――空が唸っている


 舞い上がる蟲、砂塵、風、そして届く咆哮と爆発音。地面が揺れ、爆風に血の臭いがまじり、また咆哮が聞こえる。


 ドゥーエは目の前の光景が信じられなかった。黒い煙に遮られた向こうのには、ドゥーエの愛した人が居る筈で。自分はただ突っ立って、響き渡る咆哮を聞いているだけ。

 

 ――ああ、今のはユエドゥラの声だ。ならば、ウイネ様は無事なのだろうか。


 見えるはずもないのに、その黒く覆われた向こうを見ようと目を凝らし、

聞こえる筈もないのに、サエナの声を聞こうと耳を澄ませる。


 ――ドゥゥーンドゥゥーン


 またもや起こった大爆発が、新たに視界を遮って行く。それを見続けるドゥーエの後ろから、怒声が響いた。


「おいっ、何をして居る! 早くしろっ」


 聞こえてきたウルフェインの声に、のろのろと後ろを振り返る。その先には険しい顔をしたウルフェインが、大砲を並べるよう指示する姿があった。


「……なんで、大砲っすか」

「っ!」

 

 ――ドゴォッ!


 ポツリと呟いたドゥーエの顔に、ウルフェインの拳がのめり込む。地面に倒れ込んだドゥーエの胸ぐらを掴み、鬼の形相で叫んだ。


「貴様はっ、彼女達を見殺しにするのかっ!?」

「っ!」


 見殺し? そんな事する筈がない。本当なら今すぐにでも、あの爆発の中に飛び込んでいきたい程なのに。


「っ、見殺しなんてっ、する筈ないっす! でも、でもどうしろって言うんすかっ! どうやったら助けられる! こんな状況で、サエナは向こうで、どうすりゃいいんだ! なぁ!? 俺はどうすりゃいいんだよっ、教えろよっ!」


 普段の口調も忘れ去り、胸ぐらを掴むウルフェインに向かって荒々しく叫ぶ。そんな姿をみたウルフェインは手の力を抜き、小さな声で呟いた。


「すまない。だが俺も彼女達を、ウイネを助けたいんだ。手伝ってくれ」


 静かな声で言われた言葉が、胸に突き刺さる。そうだ、この人だって自分と同じ立場なのだった。少しだけ頭が冷え、ゆっくりと周囲を見渡してみる。沢山並べられた大砲、走り回る男達、その中にオルサロやラガスの姿を見つけ我に返った。

 

「すんません、取り乱しちゃって。俺も何か、いや、サエナ達を助けるっす!」


 顔をあげて、ウルフェインを見つめてくるドゥーエの瞳には、強い決意がみなぎっていた。


 そうして決まった救出作戦だったが、かなりの力業な上、上手く行くかもわからない不安ばかりの物だった。しかし、その方法に賭けるしかないドゥーエ達は馬に跨がり、その時を待つ。やがて、一度目の空砲が放たれた。


 ――ドーンッドーンッ


 ドゥーエ達にとって、希望の音が鳴り響く。


「……まだ、駄目だな」


 横に並んだラガスが悔しそうに言う。一度目の空砲だけでは、うっすら視界が開けた程度で、到底ドゥーエ達が突入出来る程の効果は見られなかった。ウルフェインに視線を向けると険しい顔で頷く。これは、大砲の数を増やしてもう一度の合図である。

 その指示に従って増やされた大砲が、一列に並ぶ。若干先程よりも開けた気がする視界に、うっすらと蟲の姿が見えた。


「二回目、いくぞっ!」


 そう言って険しい表情で戦場を見たウルフェインが、腕を下に振り落とす。それが、発射の合図だった。


 ――ドーンッドーンッ


 大きな音が響き渡り、一気に開けた視界には、まさに地獄のような光景が広がっていた。


「サエナ!」


 蟲に囲まれ、血塗れになったサエナ。彼女が必死で戦っている姿を見つけ、今すぐ駆け付けたい気持ちで一杯になる。そんな時に耳に入ってきた突撃の声。その声を聞いた瞬間、ドゥーエは馬を駆って勢いよく飛び出していた。


「サエナッ! サエナッ!」


 はやくサエナの元へ行きたいのに、蟲が邪魔で前に進むことか出来ない。同じく雪崩れるように飛び込んで行った仲間達も、混沌とする状況で上手く身動きが取れないようだった。

 いつしか周囲は蟲に囲まれ、ドゥーエはサエナの姿を見失っていた。そんな時、戦場に響きわたる指笛の音。その音を聞いたドゥーエは、咄嗟に空を見上げる。

 次々と空へと舞い上がる飛竜達。彼らが向かう先はウルディルドの城とは反対、東大陸の方角だ。そして当然ながら、飛竜の背中には乙女達の姿があった。


 ――嘘だ、嘘だ嘘だ!


 そんな筈ない、サエナが居なくなるなんて、ありえない。まだ何も、サエナに伝えられて居ないのに。


「嘘だ、サエナッ! やめろ、帰ってこい! サエナッ!サエナ―――ッ!」


 ウイネに抱えられ空に飛び立つサエナを見つけ、必死に叫ぶ。もうそこが戦場だなんて、ドゥーエには関係なかった。邪魔な蟲を薙ぎ払い、空に向かって手を伸ばす。しかし、その手が届く筈もなかった。

 戦乙女達が居なくなった戦場で、ドゥーエはひたすら空を見上げ、立ち竦んでいた。




 あの後大掃討がいつ終わったのか、どうやって帰って来たのか、ドゥーエはさっぱり覚えていない。ただサエナが居なくなった事で、心にぽっかりと穴が開いている事だけは、よく理解していた。


「おいドゥーエッ!聞いてるのかっ!」


 後ろからオルクスに頭を殴られ、ぼーっと東の方角を眺めていたドゥーエは、慌てて振り返った。


「な、なんっすかいきなりっ!」


 ズキズキと痛む頭を撫でながら、オルクスを睨み付ける。せっかくサエナの事を思い出していたのに、いらぬ邪魔が入ってしまった。


「あのな~、ぼーっとしてる暇はないんだぞ? 今が正念場なんだから。ルリーナ様の罪を、しっかりと裁いてもらわないと……」

「そうだぞ。調査班に情報を渡し、殺蟲玉についても真実が明らかになったんだ。午後から査問会議が開かれる」

「ああ、あの女っすか……」


 あの諸悪の根元、我が儘で自分勝手で傲慢なルリーナ。なぜウルフェインや上層部の者達が、あんな女を可愛がるのか理解できない。しかし、それも午後からの査問会議で終わりを迎えるだろう。

 あの女が何かしらの刑に処されるのを想像し、ニヤリと笑う。できれば極刑がいいのだが。


「これでウルフェイン様も目を覚ますっすね」

「まったく、遅すぎるくらいだよ」


 そういって笑った男達は、はやく査問会議が開かれればいいのに、と待ち遠しくて仕方がなかった。


 そうして開かれた査問会議は、荒れに荒れた。可愛がっていたルリーナに裏切られた王族はショックを隠せなかったし、ウルフェインは怒りのあまり顔を真っ赤に染めていた。誰も彼もがルリーナを睨み付け、失望する。そんな状況でも、ルリーナは尚も言い募っていた。自分は悪くないのだと。


「あのっ、あの、野蛮な女が悪いのよっ! 身の程知らずの、薄汚い田舎者! 私と並び立つのさえ烏滸がましいのに、恥知らずにもウルフェインの隣に並んでっ!」


 金切り声で叫ぶ女を見ていたドゥーエは、何て愚かな、と笑った。あの女は、自分の立場が分かっているのだろうか。ウルフェインなんて、今すぐ切り殺したいと言わんばかりに、殺気立っているではないか。


「どうせ、あの薄汚い体で誘惑しようとしてたのよ! あんな辺境の女など、身持ちが軽い者しか居ないわっ」


 そう言った女に向かって、ウルフェインの殺気が膨れ上がる。


「あーあ」


 横に立っていたオルサロが呟いた。そして次の瞬間、あの女に向かって剣を振るウルフェインが見えた。


「っ待てウルフェイン!」


 ――ガキンッ


 ルリーナの首に振り落とされた剣を、アウルストが止める。邪魔をしたアウルストを、ウルフェインが睨んだ。


「退いてくれ、この女、殺さねば気がすまん」


 腰が抜けたのか、床に座り込んでいる女を睨み冷たい声で言う。そんなウルフェインの言葉に、ドゥーエも大きく頷いた。せっかく良い所だったのに、何をしてくれるのだ。しかし、アウルストは顔をしかめて、そこから退く気配はなかった。 


「ルリーナは大切な妹だろう? 殺すなんて、安直に言うもんじゃない」

「妹? この女が? 兄上、分かっているのですか、この女がした事を」

「もちろん、分かっている。しかし……」

「いや、分かっていない。この女せいで、戦乙女達は危ない所だった! 我が騎士達も、他の国にも、多大な被害を与えたんです!」


 まったくその通り、と騎士達が頷き、アウルストも顔を曇らせる。そこに追撃とばかりに、王妃から声が上がった。


「極刑が妥当かと思いますよ」

「母上っ、なにをっ!」

「黙りなさいアウルスト。いいですか、その者は普段から下働きの者達に対して、横柄に接していました。そこに今回の事件、到底許せるものではなく、また本人が改心するとも思えません。国際的な点から言っても、極刑は妥当です」


 険しい顔でそう述べた王妃は、次に横に座る王に視線をむけた。


「だいたい、貴方が甘やかすから悪いのです。それでどうするのですか、極刑にしますか?」

「いや、しかし……」


 王妃に睨み付けられても、やはりルリーナが可愛いのか煮えきらない国王。周囲から聞こえてくる声も、賛否両論で纏まっていない。


「こりゃ長引きそうだね」

 

 オルクスが面倒臭そうに言った言葉に、ラガスが頷く。そんな二人の横で、ドゥーエは床に座り込んで震えているルリーナを、じっと見つめていた。


「とっとと極刑になりゃいいものを……」


 ボソリと言った言葉は、誰の耳にも届くこと無く消えていく。しかし、その言葉こそが、ドゥーエの強い願いだった。

 結局あれから会議は荒れ、城の雰囲気もどことなしかギスギスしている。だがそんな事はドゥーエには関係ない、どんなにドゥーエが極刑を願っても、決めるのは上だ。

 その代わりドゥーエには日課が出来た。大事な大事な、日課だ。


「こんちゃっす!どうっすか、牢屋の空気は?」


 高貴な囚人用に作られた普通よりも綺麗な牢の前で、ひどく明るい声を出す。牢といっても、実際は部屋のような作りで、中の様子は見えない。そんな牢に居る人物と言えば、勿論、ルリーナしか居ない。


「……なにしに来たの」


 小さな声で返ってきた返事に、にんまりと顔を歪めた。


「今日も報告っす~! ウルフェイン様ったらね、今日もウイネ様のマフラーを握りしめて、愛を囁いてたっすよ~! いやー、ほんと好きすぎてヤバいっすよね!」


 そこで言葉を切って、中の気配を窺う。返事が返ってこないのを確認して、また話し始める。


「訓練中には、ルリーナ様を見立ててるのか、的に向かって滅多斬り」

「っ!」

「あ、ちゃんと確認とったっすよ? それルリーナ様っすか? って」

「なっ!」

「そしたら、そうだ、ですって! だから聞いたんす、ルリーナ様が嫌いなんすかって」


 牢の中から息をのむ気配を感じ、ドゥーエは殊更ゆっくり言葉を吐いた。


「嫌い? そんなどころじゃない、憎くて憎くて仕方がない! だそうですよ」

「っ!! 嘘よッ」


 牢の中から聞こえてきた嗚咽に、ニヤリと笑ったドゥーエは背を向ける。何歩か足を進めた男は、ふと立ち止まり、止めとばかりに振り返って言った。


「ああ、ウルフェイン様、ウイネ様を迎えに行くって決めてるそうっすよ。運命の人だから、絶対に逃がさないって」


 そう言って立ち去るドゥーエの背中には、女の発狂したような金切り声が届いていた。






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