犬の場合 二
ウルフェインが戦乙女に恋をした。その噂が城を駆け抜けた時、ドゥーエはまったく信じなかった。それは他の騎士達も同じで、まさかあのウルフェインが恋などと、なんて笑い飛ばしていた。
確かに、初めて戦乙女と邂逅した日のウルフェインは、色々と可笑しかった。いきなり顔を真っ赤にしたり、手足が一緒に動いていたり、ブツブツと一人呟いていたり。しかしだからと言って、恋は無いだろう恋は、と思ってた昨日の自分を殴りたい。
「と言うことで、合同訓練だ。わかったな!」
「それは……何と言うか、急な話な上に時期が早いというか……」
「何を言う! 時期など関係ない! お互いの関係深めるのは、早ければ早いほど良いではないか! それにっ、う、う、ウイネっと……そのっ」
いきなり顔を赤くして吃り始めたウルフェインに、もしやあの噂は本当だったのか、と驚愕する。そして真っ赤に染まるその顔の凶悪さにも心底驚いた。だがそんなウルフェインを前にして、どう反応すればいいのかも分からない。これは早く切り上げるのが吉と、満面の笑顔を作ったドゥーエは、ハキハキと言った。
「取り合えず合同訓練っすね! 任せてください、準備しとくっす!」
もう決まった話を今更ごちゃごちゃ言っても仕方が無い。半分逃げも混じってはいたが、相変わらずの切り替えの早さで、その何とも言えない雰囲気を乗り切ったのだった。
さて、幸運続きのドゥーエの人生で、最大の幸運が訪れたのはその合同訓練の時だった。飛竜と乙女達が自由自在に空を駆ける様を眺め、呆気に取られていたドゥーエだったが、突然ウルフェインに呼び出された。なんでも、互いの腕試しのようなものをするのだと言う。
その面白そうな企みに、ドゥーエは一も二もなく乗った。元々血の気は多い方なのだ、相手が先程まで見事な飛行を見せていたのなら、尚更戦ってみたいと血が騒ぐ。……そうして演習場の真ん中で対峙した相手に、その血はもっと騒ぐことになるのだが。
「両者、前へ!」
ウルフェインの言葉を聞いて、愛馬に跨がり中央へ進む。相手も飛竜に乗って、こちらに近寄ってきていた。
「原則、飛行は禁止する。いいな?それでは……はじめっ!」
はじまりの合図と共に、正面から勢い良くぶつかり合う。その時初めて間近に見た相手と、その少女が醸し出すギラギラとした殺気に、ドゥーエの体に電撃が走った。
――なんっすかこの子、なんなんすか!
真剣勝負の真っ最中だというのに、ドゥーエの頭の中は少女の事で一杯になる。互いの得物がぶつかり合い、火花が散る。そしてまた間近に接近した少女に向かって、ついついポロリと声が洩れてしまった。
「かわい……」
「はぁっ!?」
なに言ってんだ、とばかりに顔をしかめた少女が、一旦後ろに間合いを取る。その離れてしまった距離が、無償に悲しい。そしてドゥーエの体は、本能のまま、少女へと飛び込んでいった。
「かわいいっす!」
また近くなった距離が嬉しくて、今度ははっきりと言葉にする。それに眉を寄せた少女は、ドゥーエをギロリと睨み、槍を振り上げながら小さく叫んだ。
「ふざけるなっ!」
顔を狙った攻撃を間一髪で交わしながら、ドゥーエはまた少女に向かって話しかける。
「名前! 名前教えてくださいっす!」
「……っ! しねっ!」
ガキンッガキンと金属音が響く中、会話は途切れる事なく続いていく。……それは会話というよりも、何事にもめげる事の無い、ドゥーエからの一方的な問いかけばかりだったが。
そしてそんな不毛な戦いは、少女の見事な蹴りと、叫びによって終わりを迎える。
「あのっ結婚してほしいっす!」
「っこぉぉおんの、ボケぇぇぇっっ!!」
思いきり蹴り飛ばされた衝撃で、一瞬意識が飛ぶ。次に目を覚ましたドゥーエが目にしたのは、恋した乙女の姿ではなく、何故かむさ苦しいウルフェインの顔だった。
「おいっ、大丈夫か?」
「……あれ、俺の嫁はどこっす?」
「……まだ覚醒してないようだな」
「え、そんな事ないっすよ! 俺は大丈夫っす! それより俺の嫁っ! あの子はどこっすかっ」
キョロキョロと辺りを見渡すドゥーエに、ウルフェインの顔が次第に険しくなってくる。
「もしかして、お前の嫁とは、先程まで対戦していた者の事か?」
「そうっす! 俺の嫁にするんっす!」
そう満面の笑顔で答えたドゥーエは、当たり前というか何と言うか、般若のような形相となったウルフェインの鉄拳を食らい、またもや意識を飛ばすこととなった。
それからというもの、ドゥーエは形振り構わず、あの少女に突撃する毎日を送った。相手が嫌そうな顔をしても、殴られても蹴られても、ドゥーエは全くめげる事がない。だって彼女は運命の人なのだ、早々諦めるつもりはなかった。
ひたすら名前を知るために追いかけ回したり……
「名前ー! 名前教えてくださいっすー!」
「五月蝿いっ!」
ひたすら求婚してみたり……
「結婚ー! 結婚してくださいっすー!」
「するか阿呆っ!」
泣き落としをしてみたり……
「うっ、うっ、恋人になってくれなきゃ、死ぬっす!」
「……っ!!」
そんな日が続いたある日の事だった。案外心優しいその少女は、ドゥーエの必死の求愛に、とうとう首を縦に振ってくれたのだ。
それからはまさに薔薇色の日々だった。幸運も幸運、幸せ過ぎて死んでしまうのではないかと思うほどドゥーエは幸せだった。あの少女、名をサエナと言うが、サエナも複雑そうな顔をしながらも、ドゥーエがすり寄るのを拒否しない。最近は、段々ほだされて来ているのか、優しさまでもが垣間見えるようになっていた。
「それでだな、私はウイネ様についていくと、その時誓ったのだ!」
「そうなんっすか~!」
頬を上気させ、尊敬するウイネの事を語るサエナは心底可愛い。いや、ウイネへの尊敬が過ぎて、若干ドゥーエとしては嫉妬もするが、それでも可愛い。
「私は何があってもウイネ様の味方だからなっ! だからお前の所のアレ、あの付き纏いは何とかならんのかっ! 気色悪いぞっ」
「そうっすね~、無理っすね~」
憤慨しているサエナには悪いが、ウルフェインの行動は止められそうにない。初めての恋に四苦八苦している男を止められる筈もない。ついでにウルフェインに先んじて恋を成就させた身としては、余計に無理だった。
「っ役に立たん奴めっ!」
そう言って睨んでくるサエナさえ、ドゥーエにとっては可愛いくて仕方が無い。ニヤニヤと嬉しそうに見つめていると、また睨み付けてくるサエナ。その頬がうっすら赤くなっているのを見つけ、ドゥーエはデロデロと顔を溶けさせた。
しかし、そんな薔薇色の日々に、暗雲か立ち込め始めたのは、それからすぐの事だった。
ウルフェインがとうとう告白した、と聞いた時こそ、よくやった! と拍手喝采したものだが、その後が問題だった。思いを告げた相手に会うのが恥ずかしいのか何だか知らないが、ウイネを避けるようになった上、他の女を構うようになったのだ。
そんなウルフェインの態度に、ウイネ信者のサエナが怒らない筈がなかった。
「おいっ! 貴様の上司はどうなってるんだ! なんだあのルリーナとか言う女!」
「いや、あれは従姉妹らしいっす。別に疚しい事はなにも……」
「はぁっ!? はぁっ!? はぁっ!? 疚しいもクソもあるかっ! いいか、貴様の上司にしっかり釘を刺しておけっ! ウイネ様を傷つけたら、容赦しないとなっ!」
「えっ、ちょっ、まっ!」
ドゥーエに捲し立てるだけ捲し立て、さっさと背中を向けたサエナ。これからイチャイチャするつもりだったのに、どうしてこうなったのか。ガクリと地面に崩れ落ちるドゥーエは、最近サエナが冷たい、と涙する。
それもこれも、全部ウルフェインのせいだ。まったく、何を思って他の女など構っているのか。とばっちりを受けている身としては、ウルフェインの行動を許す訳にはいかない。
これは問い詰めなければ、と覚悟を決めたドゥーエの顔は、ひどく険しかった。




