乙女の溜め息 下
「それで合同訓練、ですか……」
悲壮な顔をして言ったサエナに、気まずげに頷くウイネ。それを切っ掛けに、その場にいた少女達が次々と膝をついた。
「そ、そんなっ!訓練の時だけがっ!あいつと離れられる時間だったのにっ!」
「訓練だけがっ、訓練だけがあいつから解放されてっ、息をつける時間だったのにっ」
あぁっ!と絶望する少女達を前に、ウイネもかける言葉が見つからない。ここに居るのはウイネと一緒に嫁いで来た乙女達、つまりウルディルド飛竜隊の面々だ。
悲痛な声を上げる乙女達に、同じ演習場にいた相棒の飛竜達が心配そうに寄ってくる。そんな心優しい飛竜達に、乙女達の嘆きは増すばかり。
「ウイネ様っ!何とかなりませんか!?うちは家でもどこでも付き纏われて、休まる時間がないんですっ」
そう言ってウイネにしがみついてきたのは、モエという名の元戦乙女の一人。以前ウイネが書いた手紙で、耳飾りを処分するよう言っていたのは彼女である。
「なんだ、モエの所もか。実は私の所も、どこに行くにも報告しろと煩くてな」
うんざりしたように言うのはナウラだ。彼女は例の手紙で、髪飾りを処分しろと言っていた人物である。
「くそっ、昼間もあの野郎と顔を合わせるだと?やってられるかっ」
一際口悪く悪態をついたのはマヌヤだった。彼女は例の手紙で一番気になる、あれを処分しろと言っていた人物だ。ちなみちあれの正体は、未だ謎のままである。
「いや、そう言われてもな。向こうは随分張り切ってるようで、すでに国王を説得済みだし、こちらもちゃんとした理由が無ければ断るのは……」
「可愛い可愛い俺のトカゲちゃぁぁぁあん!聞いたかいっ!?合っ同っ訓っ練!ひゃっふぅぅぅう!!!」
ウイネの言葉を遮って突如演習場に乱入してきたのは、やけにテンションの高い一人の騎士だった。その騎士は演習場を見渡し、ウイネ達を見つけると、一目散に駆けてくる。砂煙を巻き上げ、目を輝かせるその男は、まるで獲物を見つけた肉食獣のようだった。
「きっさま!トカゲって呼ぶんじゃねぇって言ってんだろぉぉがっ」
そんな男に怒声を上げたのは、やはりマヌヤだ。彼女から迸る怒気に、乙女達は顔をひきつらせる。そんな状態の彼女に臆する事もなく、男はマヌヤに抱きついた。
「んぅぅ~っ、俺の愛しのトカゲちゃん!今日も可愛いねぇ~」
デレデレと鼻の下を伸ばす男に、乙女達はもはやドン引きである。もちろん、それはマヌヤもだ。
「くっそ、どけっオルサロッ!引っ付くんじゃねぇ!」
ゲシゲシと遠慮なくオルサロの足を踏みつけ、抵抗をするマヌヤだったが、その効果は全く見られない。そんな混沌とした場に、新たに招かれざる客が到着した。
「あ~!ずっりぃ、オルサロ!先に行くなんてっ」
「そうっすよ!俺だってサエナに早く会いたかったのにっ」
「ナウラ、会いたかったぞ」
がやがやと好き勝手騒ぎながら演習場に入ってきたのは、モエの夫オルクスとドゥーエ、そしてナウラの夫のラガスだ。そこにウルフェインの姿が無いことに密かに安堵つつ、ウイネは渋面を作った。
「一応今は訓練中なのだが……」
ウイネの呟きも何のその、男達はそれぞれ溺愛する妻たちの元へ直行する。そんな夫達に、妻達は顔を引きつらせる事しか出来ない。
「サエナッ!俺に会えなくて寂しくなかったっすか!?俺は寂しかったっす!」
「……そ、そうか」
何故か半泣きで抱きついてくるドゥーエに、サエナも戸惑いながらも少し嬉しそうにしている。
「モエ~、俺も寂しかったんだけど?慰めてくれないの~」
「ちょ、やめてよ馬鹿っ!ここは演習場っ」
モエの頬に口を寄せようとしているオルクスは、その顔に腕を突っ張られ、顔面が歪んでいた。
「おいナウラ、夫に会ったというのに何だその顔は?キスして欲しいのか」
「いや、何でもないやめてくれ」
然り気無く腰に腕を回され、身動き出来ないように拘束されているのはナウラである。その顔は何故か真っ青になっていた。
一気に賑やかになった演習場に、飛竜達も楽しそうに喉を鳴らす。飛竜達には、番がじゃれあっているようにしか見えないのだろう。
そんな一同を前に、渋面を作っていたウイネもつい笑いがこぼれた。何だかんだと文句をいいつつも、乙女達は皆とても幸せそうなのだ。その幸せそうな顔を見て、あの時素直になってよかったと心底思う。
「ウイネっ!」
ようやく聞こえてきたその人の声に、やはり来たか、と振り返る。そのどこか上機嫌なウイネの様子に首をかしげながら、ウルフェインは愛する妻の元へ駆け寄った。
「どうした?何か良いことでもあったか」
「いえ、ちょっと……幸せだなと」
珍しく素直に気持ちを吐露した己の妻に、思わず目を見張る。しかし、目の前で繰り広げられる部下達の光景に、ウルフェインも表情を柔らかくした。
「そうだな、俺も幸せだ」
「そうでしょう?」
ふふふっと微笑みあう二人に、今ごろ自分達の上司が来たことに気がついたのか、一同が慌てて姿勢を正す。そんな部下達に、ウルフェインは真面目な表情を作り、声を張り上げた。
「この時間は、各自夫婦の絆を深める事!以上っ解散!」
「……はぁぁぁぁあっ!?」
――キュルルルルッ
男達の歓声と女達の悲鳴が響く演習場で、飛竜達が歓喜の声を上げる。
「……おやおや、今日も賑やかな事だ」
「ふふっ、ほんとねあなた。お腹の子供もビックリしちゃうわ」
庭園まで届いたその咆哮に、お茶をしていたウルディルド王太子夫婦は、幸せそうに笑いあったのだった。




