乙女の溜め息 上
欲しくて捕まえたくて仕方がない
そして大事に大事にしたいのです。
「ウイネっ!ウイネ、どこだっ!」
どこからか聞こえてくる大きな声に、庭に咲き乱れる花々を見ていたウイネは、またか、と呆れる。ウイネがウルフェインの元へ嫁いで一ヶ月が過ぎた。自分の夫となった人は、結婚前のいざこざが未だ尾を引いているのか、ウイネの姿が見えなくなると途端に騒ぎ始める。
別に逃げたりしないのに、と一人呟きながら、渋々屋敷へと向かう。そして屋敷の中から聞こえる夫の怒鳴り声と、それを宥める使用人達の声に、やれやれと首を振った。
ここはウイネとウルフェインが結婚するにあたり、急遽建てられた新居である。花が好きなウイネの為に立派な庭が造られているのだが、残念ながらこれまでろくに堪能出来た試しがない。
「まったく、せっかくの庭が……」
「っあーっ!見つけたっすウイネ様っ!はやく来てください~」
ブツブツと文句を言いながら歩いていたウイネに、ドゥーエが大きな声を出しながら駆け寄ってきた。ウルウルと目に涙を溜めるその男は、相変わらずどこか犬を思い起こさせる。
「ウイネ様~っ、ウルフェイン様に無断で出歩かないでくださいっすよ~!俺らが大変なんすからぁぁ」
「いや、そう言われてもな……」
だいたい出歩くも何も、同じ屋敷内である。それに、ウイネがウルフェインと離れてまだ一時間も経っていない。きゃんきゃんと喚くドゥーエに、困ったなと頭を掻くウイネ。そんな二人の空間に、突如怒声が響いた。
「ドゥーエ!貴様ウイネに何してる!」
めらめらと背中に炎を背負って現れたのは、ウイネの夫であるウルフェインだ。相変わらずの強面、いや、今はその迫力も割り増しで、もう野獣と言った方が正しいだろう。
「ち、ちがうっすよ!何もしてないっすよっ!?」
ドゥーエが慌てて否定するが、ウルフェインは殺気をみなぎらせている。そんな夫に、ウイネは呆れたように言った。
「フェイン、本当に何もされてないぞ。と言うより、普通に会話していただけだ」
「ぬっ、そうなのか?」
「ああ、それより私を探していたようだが、何か用だったのか?」
その質問にたちまち顔を真っ赤にさせるウルフェイン。なぜそんな反応をされるかわからないウイネは、なんだ?と首をかしげた。
「そ、そのだなっ!!」
目をキョロキョロさせ、いきなり挙動不審になったウルフェインに、ドゥーエが後ろからこそこそと耳打ちする。
「そ、そうだな、なるほど。……ゥ、ウイネっ、」
「……なんでしょう」
「その、で、出来ればだっ!俺の目の届かない所に行かないでくれっ!」
「はぁ……」
そんな事を言われても、お互い訓練や仕事があるのだから四六時中一緒に、というのは無理な話だ。いったいどこまでの範囲で言っているのかわからず、ポリポリと頭を掻く。
「あー、フェイン?例えばだ、訓練の時はどうするんだ?」
ウイネがおずおずと訊ねる。そのもっともな質問に、思わず言葉を詰まらせるウルフェイン。
「……っそうだ!全部合同にしようっ!」
「……」
苦し紛れに出た言葉に、そんな無茶なっ!とウイネとドゥーエの心境が一致する。
「あー、それにほら、あなたは会議などもあるだろう?私はそれに出席する訳にはいかないし……」
これならどうだ!と得意気になるウイネに対し、何故かドゥーエは不安そうだ。
「……っそうだ!今度から会議はドゥーエに行かせよう!」
「はぁっ!?無理っすよっ!」
思わず叫んだドゥーエに、ウルフェインが睨みで黙らせる。流石に哀れに思ったウイネは、助け船をだした。
「フェイン、それは少し無茶が……そ、それにだなっ!それに、私は仕事を真面目にする、フェインが好きだ!」
困った時にはこうするべし!とユルフェルの仲間達に教わった、所詮一撃必殺の言葉を使ってみる。すると効果は抜群か、みるみる顔を赤くさせ、あたふたとし始めた。
「そ、そうか、俺が好きか!」
いや別にウルフェインが好きなのではなく、仕事を真面目にするウルフェインが好きなのだが……。
新婚なのに冷めた事を考えているウイネとは反対に、勝手に都合の良い言葉だけを抜き出したウルフェインは、体から火が出んばかりに真っ赤になっている。
「お、お、俺もっ!ウイネが、す好きだっ」
頭から湯気を出し、顔を強張らせて大声で叫ぶその男は、もはや人とは思えぬ迫力がある。しかし、そんな男に、ウイネはついつい笑ってしまうのだ。
「ああ、私もだ」
無自覚にいちゃつき始めた二人に、一人貧乏くじを引かされっぱなしで、不貞腐れてしまったドゥーエが呟く。
「……俺だって、サエナとイチャイチャしたいっす」
ポツリと呟かれたその言葉に、ウルフェインがキョトンとした。残念ながら、その仕草は全く似合っていなかったが。
「だから訓練を合同にしたらいいと言ったんだ。そうすれば一緒にいる時間が長くなるだろう」
呆れた顔で言うウルフェインを、ウイネが呆れた顔でみる。そんな顔で見られているなど露知らず、ウルフェインはどこか胸を張っている。
「なるほどっそうっすね!流石ウルフェイン様っ、天才っす!」
ひどく感動した様子のドゥーエは尊敬の眼差しをウルフェインに向け、そんな目を向けられたウルフェインはというと、満更でもなさそうに顔をニヤケさせていた。
二人の何とも言えないやり取りに、阿呆らし、と呟いたウイネは、男達を残し一人屋敷へと戻っていった。




