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紅の獣は銀竜を  作者: 銀タ
本編
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32/42

喉から手が出る





 それからも、毎朝ウルフェインの訪れは続いた。話すことは無いと頑なに閉め出しているウイネだったが、サエナ達の方はというと降り始めた雪にもめげず訪れる彼等に、とうとう根をあげたそうだ。なんでも彼等、この真冬に野宿をして過ごしていたらしい。慣れぬ寒さに凍える彼等に、観念したサエナ達は渋々両親の了承を得て、自宅に迎え入れたのだった。

 今日も降り続く雪に、この寒空の下震えるウルフェインを想像し、いまだ彼を迎え入れない自分がえらく狭量な気がして何度も外を見る。そんな姉を見て溜め息をついたトランは、おもむろに外套を来はじめた。

 

「どうしたトラン。こんな日に出掛けるのか」

 

 ぐるぐると襟巻きを巻き始めた弟に尋ねる。鏡の前に立って、青い襟巻きをした自分の姿を満足気に眺めたトランは、ウイネを振り返った。

 

「えぇ、ちょっと友達を家に連れてくるので、姉様は準備していてください」

 

 ――こんな日に友達を連れてくる?

 

 弟の行動に疑問を抱きながらも了承する。それを見てトランは勢いよく家から飛び出した。何か釈然としないものの、取り合えず湯でも沸かそうと、いそいそと台所に入っていった。

 

 

 

 トランが帰ってきたのは茶の準備も済ませ、こっそり毒味と称した、摘まみ食いをしていた時だった。

 

 ガタンと響いた音に小さく飛び上がったウイネは、割れた煎餅をささっと隠し、何事も無かったかのように居間に入ってきた弟を迎えた。

 

「……なぜその人がここにいる」

 

 弟が連れてきた友達の正体に、ついつい地を這うような声が出てしまう。そんな姉をじとっと睨みつけ、トランは腰に手をあてながら言った。

 

「姉様、煎餅の枚数が足りませんね、なぜでしょう?仕方ありません、私は遠慮しますので、私の分をフェイン兄様に差し上げてください」

「フェ、フェイン兄様だとっ!?」

 

 どういうことだっ!と、取り乱すウイネを放置してさっさと部屋を出ていくトラン。

 扉を閉める直前に、ちゃんと話し合ってください!と言い捨て、パタンと閉まる扉の音に沈黙が広がった。最近遭遇する事が多い気がする気まずい沈黙に、溜め息をつきながら、自分に渇を入れる。そういえば、溜め息も増えている気がする。

 

「……あー、茶の用意もしてありますので、どうぞ」

「……いいのか?」

「弟もああいってますし、ここで貴方を追い返せば叱られます」

 

 すまん、と申し訳なさそうに言うウルフェインに、椅子に座るよう勧めお茶を出す。ウイネも対面に座り、一口茶を啜った。

 

「あー、ええっと、何か言いたい事があるんでしょう?」

 

 さらりと切り出したのはウイネだった。まさか先に切り出してくるとは思ってなかったウルフェインは、少し驚く。

 

「弟にああまで言われて話をしなかったら、さすがに大人げないでしょう」

 

 今も十分大人げないですが、と苦笑して、ウルフェインに話をするよう促す。実はこの時、ウイネ自身、自分が思ったより普通に会話が出来ている事に内心驚いていたのだが。

 

「あぁ、ありがとう。そうだな……まず、勘違いを正したい。……ルリーナとは、恋人でもなんでもない、ただの幼馴染みだ。恋愛感情も無かったし、妹としか思ってなかった。以前は……」

「……以前は?」

 

 告げられた驚きの事実と、不可解な言動に首をかしげる。

 

「今は恋愛感情があると言うことですか?」

 

 よくわからない、という顔をしながら尋ねると、ウルフェインはとんでもないと言うように首をふった。

 

「まさか!むしろ逆だ!他人のせいにしていると、八つ当たりと言われるかも知れないが、俺は、俺は……ルリーナを憎んでいると言ってもいい」

 

 思わぬ台詞と、その言葉を証明するかのように殺気を放つウルフェインを前に、ウイネは驚きの余り言葉が出ない。そんなウイネをじっと見つめながら、ウルフェインは続けた。

 

「そうだな、情けないがまずは話を聞いてくれ。最初に言うと俺は、ルリーナが俺の事を好いてるなんて、少しも考えた事など無かった。後で母や周囲には散々詰られたが……ルリーナと結婚するというのも、本人が勝手についた嘘だ。そんな事を言いふらしていた事すら知らなかった俺は、本当に愚かだった」

 

 それに貴女に失礼な態度を取っていた事も、知らなかったんだ、と苦しそうに話すウルフェインは、そのまま話を続けた。

 

 ウルフェインがその事を知ったのは、ルリーナの犯した様々な罪が明るみになり、彼も出席した彼女の査問会議の場でだったという。次々に読み上げられる罪状にじっと俯いていたルリーナは、申し開きはあるかと問われたその場で、いきなりウルフェインへの想いを涙ながらに訴えた。

 

 叶わぬ恋心を切々と訴える悲痛なその姿に、少しずつ同情が集まり始めた中、一刀両断したのはまさかの当人であるウルフェインだった。

 自己中心的な考えで周りに迷惑を掛けたこと、特に殺蟲玉に関しては外交問題であり、ウルディルドの立場を非常に悪くする悪質なものだということをあげ、極刑……つまり死刑を求めたが、王と王太子は厳しすぎると反論。

 しかし、王妃はウルフェインに賛成し、意見の二分化に一時城の空気が悪くなる事態にまで陥った。そして二分化する意見に、様々な有識者を呼び度重なる議論をした結果、最終的には幽閉の刑と決まった。

 

 刑が確定したルリーナは、愛する相手からの手厳しい対応からか鬱ぎ込み、臥せってしまったという。

 そこまで話を聞いたウイネは、にわかに信じがたかった。あんなに仲良くしていたルリーナに極刑を求めた事も、その恋心に気づいておらず、まったくその気が無かった事も。

 ウイネにとっては驚きの事ばかりだ。

 

「今回の一連の事件は、すべて俺の力不足が招いた事だ。ルリーナの暴走を止められなかったのも、大掃討であのような悪手しか取れなかった事も、すべては俺の精進が足りなかった。それを承知で、それでも俺は言いたい」

 

 ウイネの目をまっすぐ見つめ、ウルフェインは口を開いた。

 

「俺は、最初から最後まで、ずっとウイネを愛している」

「……でも、あの時、あなたはルリーナが幽閉されたと言った時、ひどく悲しそうにして」

「それは、ウイネがあの女の事を、俺の妻だと誤解していたからだ。俺はウイネ以外を愛しいと、妻に迎えたいと思ったことすらないのに」

 

 辛そうに語るウルフェインからは、確かにウイネに対する恋情が見てとれた。

 

「それなら、私はただの思い違いをしていたと?」

「ルリーナとの関係を勘違いしたのは、俺にも責任がある。俺は妹として接していたつもりだから、お互いの距離が近すぎると、後で周りに言われるまでまったく気がつかなかったんだ。もし反対の立場なら、俺は許せなかっただろうにな」

 

 俺が考えなしだった、と苦しそうに苦悩するウルフェインに、ウイネも苦しくなる。

 

「いえ、私もちゃんと貴方に聞けばよかったんです。勝手に決めつけて逃げたのは私です」

「だが、最初に逃げたのは俺だ。結局、俺の未熟さがすべてを招いたんだ。ルリーナと噂が流れていることも気づかず、親身になって聞いてくるルリーナに、貴方の事を相談していた」

「……そうだったんですか?」

「あぁ、馬鹿だろう?噂はルリーナ自身が流したものだと知ったとき、俺は本当にあの女が憎かった。ウイネと話すら出来なくなったのは、あの女のせいだと、八つ当たりとわかっていても、憎いと思ってしまった。極刑を求めたのは単に俺の復讐のようなものだったんだ……幽閉と聞いて、おれは酷く残念に思ったものだ」

 

 嘲るように気持ちを吐露するその姿に、浮かんできたのは悲しさと辛さと、あとは少しの喜びだった。ルリーナを憎いと吐露する姿に、嬉しさを感じるなど、なんて醜悪なのだろう。これでは、八つ当たりだと自分を攻めるウルフェインの方が、幾分ましだ。

 

「はっ、駄目ですね、私は。貴方からその話を聞いて、どうしても、嬉しいと思ってしまうんです」

 

 苦笑してそう言うウイネに、ウルフェインは目を見開く。

 

「話はわかりました、正直私は貴方から愛してると言われて喜んでいます。でも、もう少し待ってくれませんか、今少しだけ。少しだけ、落ち着きたい、気持ちの整理をしたいんです」

「あぁ、……本当に、もし許してもらえるなら、俺はウイネに愛されたいんだ」

 

 切なく呟くウルフェインを見つめ、立ち上がったウイネは、少し出てきます、と言って背を向ける。ウルフェインの居ないところで、もう一度ちゃんと考えたかったのだ。……己の心を取り繕う事なく正直に晒してくれた彼に、逃げてばかりの自分が本当に隣に立って良い存在なのかを。

 

 




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