異端児は他にも
あの後家に帰ると、姉の帰りをまだかまだかと待っていたトランに迎えられた。そしてウイネの泣きそうな顔を見て、弟は何も言わず、ただ優しく抱しめてきた。
昨日の事を思いだし、自分の前に座り静かに朝食を取るトランに、全くよく出来た弟だと感心する。満足気にスープを口に含んだウイネは次の瞬間、その弟から飛び出た言葉に、スープを勢いよく吹き出した。
「姉様、昨日の里の騒ぎは、ウルディルドの方とサエナ姉が起こした物だったようですよ」
「ぶっ!ごほっぐっ……ま、まさか」
サエナと騒ぎ、二つ揃うと……自ずと見えてくる答えに、ウイネは顔を青くした。
「それに、モエ姉にナウラ姉にマヌヤ姉の所にも、昨日ウルディルドからお客様がいらしたそうです」
……それは、確かウルディルドに恋人が居た者達では無かろうか。そうだ、例の手紙に例の文を付け加えた、あの者達だ。
「なんだか姉様方は朝から逃げ回ってるって、さっき、井戸でおばさま方が話しておりました」
ウイネは前方から無言の圧力を感じ、目が泳ぐ。
「姉様の所にも、今日もまたお客様がいらっしゃるのでしょうか」
言外にウルフェインの事をつついてくるトランに、先程の出来た弟という評価を悪魔な弟に書き換えた。机に少し溢れてしまったスープを拭きながら、はははっと誤魔化していた時だった。
――コンコンコンッ
「……」
台拭きを持ったまま固まるウイネに、トランの視線が突き刺さる。
――ゴンゴンゴンッ
「……姉様」
「あー、私は少し部屋に用がある。トラン、ちょっと玄関を見てきてくれ。……あ、私は今から留守だぞ」
食べかけの朝食をおいて、部屋に逃げようと立ち上がった時――
――ドゴンッドゴンッドゴンッ
「姉様、扉が外れます」
「そ、そうだな」
「はやく行ってください」
「……」
氷点下の視線を向けられ、すごすごと玄関に向かう。扉の前に立ったウイネは一度深呼吸して、ゆっくり扉を開けた。
「っウイネ!話を聞いてくれっ!ルリーナとっ」
――バタンッ!
扉を開けた瞬間見えた姿に、勢いよく扉を閉める。ドンドンと閉められた扉が揺れるが、ウイネは急いで鍵をかけ、つっかい棒を嵌めた。
「姉様……」
そんなウイネの後ろ姿を、トランが呆れた表情で見ていた。
「っあぁんの粘着野郎!ぬぁっにが、許してくれっ!君を愛してるぅっだ!とっとと出禁にすべきですよ、長っ!」
聞いてますか!と詰め寄るサエナに、そうだそうだと同意する何人かの戦乙女達。後ろに仰け反る長の横で、でかでかとした紙にウルディルドの男立ち入り禁止、と無駄に達筆で書き上げているのはアウエルだ。同じような光景を前に見たぞと、頭を抱えたのは、前回と同じくサエナ達の後ろに立つウイネだ。
「まぁまぁ、僕も別に許可は出して無いんだよ。無いんだけどさぁ、勝手に入ってきちゃうんだもん彼ら、……あ、それ貼っちゃだめだからね」
これまた前回と同じような台詞を言って、外に貼りにいこうと、いそいそと準備するアウエルに釘を指した長は、いきり立つサエナ達に向き直る。
「にしてもまぁ、手紙じゃ反応がないからって、まさか直接本人達が来るとはねぇ。短気なのか粘着質なのか。皆、結婚してくれって追っかけ回されてるんだって?何て言うか、物凄く極端な人種なんだねぇウルディルド人ってのは」
困ったように頭を掻く長に、皆嫌な顔をしながら頷く。
「僕の所にも揃って何回も来てねぇ。詫びも貰っちゃってるし、何度も何度も謝罪されりゃぁ、出ていけって強く言えないしさぁ。それになにより、里に迷惑かけた訳じゃないんで僕からはちょっと言えないというか……なにより、娘さんを僕に下さいって言われちってさ、ちょっと感動しちゃったし僕ぅ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!私たちには迷惑かけてますっ!それに、まさか許可してませんよねっ!?」
慌てて言うサエナに、長は腕を組んで困り顔だ。
「ちょっとぐらついたけど、でも流石に許可は出してないよ。だけどほら、最近里の皆が面白がっちゃってさぁ。まぁ、最初は皆怒ってたんだけど、僕らって面白い事好きでしょ?彼等も里の人間には礼儀正しくしてるみたいだしねぇ……。ってことで、里としては対応しません!皆個人で頑張ってね!お嫁に行く事になったら里を挙げてお祝いするからっ」
最後には満面の笑顔で締め括った長に、ウイネを始め全員言葉がでない。ここに来て、ユルフェルの民の性質が仇になったようだ。
最初はあのウルディルドの人間だという事で、皆から嫌煙されていたウルフェイン達だった。しかし、ユルフェルの人々は元来短気で好戦的な反面、喉元過ぎれば熱さ忘れるタイプの、面倒見が良い人間がものすごく多いのだ。
結果、どんなに相手にされなくても、ひたすら愛を叫び追いかけ続ける彼等に、段々とほだされる人間が出てきたらしい。
いいじゃねぇか酷い怪我人も居なかったんだし、許してやれよ嬢ちゃんと言わんばかりに――実際、武器屋の親父が言ってサエナにぶっ飛ばされている――彼等を応援する人間も増えているのだ。
――まぁ、私は少し違うがな。
文句を言いながらも、少しずつほだされ始めているとわかるサエナ達を見ながらつぶやく。
ウイネの場合、サエナ達のように愛を叫びながら追い回される、何て事はなかった。ただ、毎朝ウイネの家の扉を叩き、話を聞いてくれと請われるだけだ。ウイネが無言で扉を閉めると、少しの間は前で待っているようだが、暫くすると何処かへ消えている。里の中で遭遇する事も無ければ、付き纏われている様子も無い。
ウルフェインは、サエナを必死で求めるドゥーエのように、ウイネを求めている訳ではない。……その事にちくりと胸を痛める。もうとっくに諦めた筈だったのに、毎朝律儀に訪れるウルフェインに、ウイネは以前捨て去った恋心がじわじわと滲み出てきている事を自覚していた。いや、きっと捨て去れては居なかったのだ、ただ目を背けていただけで。
しかし、ウルディルドで見たウルフェインとルリーナの寄り添う姿を思い出し、ひたすら自分の心に蓋をするのだった。




