出会うのは必然
ちらちらと降る雪の中、家を出たウイネが向かう先はユェドゥラの所だ。ウイネはいつも、弱い自分をユェドゥラに晒してきた。筆頭補佐としての悩み事、誰にも言えない弱音、弟にも見せられない泣き顔を。今回も自分の弱く醜い様を聞いてもらおうと、洞窟に足を向ける。
何故かいつもよりはやく着いた気がするそこには、思わぬ先客がいた。
「あ!ウイネ様!」
「お!お久しぶりっすウイネ様!」
なぜ今ここで、しかもこの二人に会うのか……自分の不運さを真剣に恨む。そんなウイネにお構い無しに、ユェドゥラの近くに居た二人は騒ぎながら近付いてきた。
「ウイネ様はユェドゥラに会いに?」
「……あぁ、まぁな」
「そうだ!さっきウルフェイン様が家に行ったんすよね?やっと誤解はとけたっすか……うぎゃんっ!」
ぎゃんぎゃんと飛び回るドゥーエをサエナが殴り、物理的に黙らせる。しかし、そんなサエナの方がなにか言いたそうな顔であるのを見て、やれやれと首をふる。そしてウイネは、悩みながらも口を開いた。自分の事情をよく知る二人なら、話してもいいかと思ったのだ。……誰かにこの、何とも素直になれない、複雑な感情を聞いて欲しいという甘えも十分にあったのだが。
ユェドラとサエナとドゥーエ、よくわからぬ面子を前に、ウルフェインが語った事を話す。そして、自分もウルフェインを好いている事と、でもいまだに釣り合わないと考えている事も。
ユェドラが居たせいか、いつになく素直に本心を吐き出すことが出来た気がする。
「ウイネ様がこんなに劣等感の固まりだとは思わなかったっす」
「っなんだと貴様!」
ひぇーと頭を抱えるドゥーエに殴り掛かるサエナを宥め、ウイネは深く頷いた。
「そうだな、私は自分に自信がないんだ。ルリーナ様を見た後だと、特にな」
自嘲するウイネに、ドゥーエがおずおずと口を開いた。
「ウイネ様はもっとウルフェイン様に愛されてるって、自覚した方がいいっすよ。なんせルリーナ様は、後少しで首と胴がお別れになるとこだったんすよ!」
「あぁ、ウルフェイン殿が極刑を求めたんだろう?」
「それはそうなんすけど、それだけじゃないっす」
そう言ったドゥーエに、ウイネとサエナは首を傾げる。どういう事だと続きを促す二人に、ドゥーエは気まずげに続けた。
これは上層部での秘密なんすけど、と話し始めた彼によると、例の査問会議でウルフェインが極刑を求めた時、ルリーナは酷く取り乱し、ウイネを口汚く罵ったらしい。
いわく、あの身をわきまえぬ野蛮な女が悪いのだと。――実際はもっと酷い事を言われたのかもしれないが、ドゥーエはそれ以上は言わなかった。
それを聞いたウルフェインは、かつて見たことが無いほど激昂し、剣を抜いてルリーナに斬りかかったという。それをなんとか皮一枚の浅さで止めたのは、王太子であるアウルストだった。
そして、罪を犯したとはいえ可愛がっていた妹を殺すのは忍びないと、極刑に反対したという。姪を溺愛していた王もそれに同意し、極刑を退けた。しかし、それに怒ったのはウルフェインは勿論の事、王妃と騎士達、それに城仕えの者――つまり、侍女や侍従達だったという。
彼等が言うには、前々から密かにルリーナの横暴さは表面化されていたらしい。あのユェドゥラに薬品を掛けた侍女も、実家の家族を人質に取られて、泣く泣くの犯行だったという。それに加え騎士達については、大掃討の時に実際被害を被っている為、言うまでもなく印象は悪い。
王や王子達に甘やかされたルリーナは、学問は出来ても人としては我儘な子供のままだった。王族には本性を巧みに隠していたが、仕える立場の者達には度々横柄に接していたらしい。それを見抜いていた王妃は、以前からルリーナにはあまり近付かぬようにしていた。
そのせいで、自分が応援していたウイネとウルフェインの関係が拗れた事に気づかず、気付いた時にはもう修復が出来そうになかった。その瞬間から、王妃のルリーナ嫌いは、瞬く間に確立されてしまったのだった。
それにも関わらず、自分の夫と上の息子は、罪を犯したルリーナを執拗に庇う。そんな二人に、ついに王妃は怒りのあまり城を飛び出し、二人とは顔も合わせたくないと離宮に籠城したという。そこにはもれなく王太子の婚約者、マリーナエルも居た。
実は彼女も、大掃討後に結婚式を控えていた筈がルリーナのせいで自粛延期になり、不満が募っていた――あの城で囁かれていた結婚式の噂は、ウルフェイン達のでなく王太子達の事だったそうだ――にも関わらず、自分の夫となる人が執拗に他の女を、しかも様々な元凶を執拗に庇う事に、ついに不満が爆発。もう結婚などしないと、王妃についていってしまったのだ。
流石にこれには愛妻家の王と、婚約者を溺愛する王太子が、大慌てで許しを乞うたという。そして王妃や城の者の話を聞き、次々に出てくる余罪に漸く目が覚めたのか……思った以上に悪質だったルリーナの本性に、王妹の娘という身分を鑑みても十分厳しいと思われる、幽閉の刑に処することにした。――裏話として、愛する人に殺されかけるという衝撃の体験をしたルリーナが精神を病み、狂ったように錯乱し続けている為、そんな状態なら何処で過ごそうが同じだろうという考えもあるそうだが。
思っていたより悲惨な結末となっていたルリーナに、被害を被ったウイネとサエナも、なんとも言えない空気になる。そんな二人に、ドゥーエは思いがけずきつい言葉を続けた。
「ざまぁみろっすよ、サエナやウイネ様が気にする事ないっす。むしろ殺されなかっただけありがたいと思ってもらわなきゃ。……ねぇウイネ様、ウルディルドの男はね、本当の唯一大切なモノに関しては、強い執着心を持つんです。そんで、それにちょっかい出す奴は、徹底的に叩き潰すのが、ウルディルドの男なんです」
だから当然の結果だとサエナの手を握りながら笑うドゥーエに、もしかしてえらい奴等に捕まったのかも、と女二人は今更気付く。
「ねぇ、ウイネ様。幼馴染みを殺してしまいたいって思っちゃう位、ウルフェイン様は貴女の事が好きなんです。今まで女になんてちっとも興味無かったあの方に、そんだけ好かれてるんです。……だから、自信もってください。ウルフェイン様には、ウイネ様の劣等感なんて関係ないし、知ったこっちゃないんです。ただ自分を好いてくれる、それだけでいいんです」
それにユェドゥラももう許してるっすよ、と言われ、驚いてユェドゥラを見る。ユェドゥラは目を細め、クルクルと嬉しげに喉を鳴らした。
「ウイネ様は知らないでしょうけど、ウルフェイン様は毎朝ウイネ様の所に行った後、いっつもユェドゥラの所に通って謝ってたんす」
その言葉を肯定するように頷くユェドゥラに、驚きを隠せない。
「ユェドゥラは、彼の事を許したのか?」
ウイネの問いかけに、クルクルと喉を鳴らして返事する己の相棒。その姿に、心がざわざわと落ち着きを失い始めた。
「ついでに、早く会いたい一心で蟲の森を横断、なんて無謀をやっちゃうんすから、愛っすよね」
まぁそれは俺もですけど、と頭を掻くドゥーエ。その言葉に、ついに居ても立っても居られなくなったウイネは、勢いよく駆け出した。
「ウイネ様!?どこに行かれるのです!」
後ろで聞こえるサエナの言葉に、ウイネは叫んだ。
「っウルフェイン殿の所へ!」




