二枚目はないが
あれから早いもので、季節は少し進み、時折冷たい風が吹くようになった。あの使者は今でも時折里を訪れているようだったが、長の言葉通りその後は顔を会わせる事も、手紙を見ることも無かった。……今日までは。
「やっとお会いできましたよ。なかなかお目にかかれず、こうして里を練り歩く羽目になりましたよ……あぁ!これどうぞ」
肌寒い時期であるのに流れる汗を拭きながら手渡してきたのは、やはり白い封筒だった。そして固い決意が見える表情で、ウイネに宣言する。
「お返事がいただけるまで、私は諦めませんよ。何度でも手紙を運びます。何があろうと」
「……勝手に里をうろちょろされては困ります。長の元へお連れします、着いてきてください」
溜め息を付きながら背を向けたウイネに、その場から微動だにしない男は、たまらずといった風に叫んだ。
「っ貴女は何もわかってない!あの方の思いもっ!後悔もっ苦しみも!……次は、次は必ずお返事をっ、お願いします」
喉をひきつらせた男は、案内は結構です道はよく知ってますのでと、足場早にウイネを追い越していく。今言われた内容を思い返し、貴様らがそんな事を言える立場か、と苦々しく思いながらその背を見送る。
そして背中が見えなくなってから、追い越しざまに手に押し付けられた手紙を見た。ずっしりと重いその手紙は、以前と同じように右下にウルフェインと書かれていた。
返事を書けと言われても何を書くことがあるのか。ウルフェインからの手紙に何が書かれているのかは知らないが、大方調査結果のあらましと謝罪だろう。そんなものを改まって貰って、それでどうしろというのか。
ウイネは、はぁと深い溜め息をついた。
もうほっといてくれればいいのに。大掃討も終わり、ルリーナとの結婚式も済んだことだろう。ウルフェインはその大切な新妻にだけ意識を向けていればいいのだ。下手にウイネに拘られては、またいらぬ嫉妬を貰いかねない。
……まぁ、ウルディルドから遠く離れた今、何か起こるとは思わないが。
それでも幸せな新婚生活を、なにもわざわざ水を指すような事をしなくてもいいだろうに。ウイネはもう一度、深い溜め息をついのだった。
「っあぁんの粘着野郎!ぬぁっにが、返事を戴かなければ帰れませぬぅだっ!とっとと出禁にすべきですよ、長っ!」
聞いてますか!と詰め寄るサエナに、そうだそうだと同意する何人かの戦乙女達。後ろに仰け反る長の横で、デカデカとした紙にウルディルドの使者立ち入り禁止と、無駄に達筆で書き上げているのはアウエルだ。その光景に頭を抱えたのは、サエナ達の後ろに立つウイネだ。
「まぁまぁ、僕も別に許可は出して無いんだよ。無いんだけどさぁ、勝手に入ってきちゃうんだもん彼、……あ、それ貼っちゃだめだからね」
外に貼りにいこうと、いそいそと準備するアウエルに釘を指し、いきり立つサエナ達に向き直る。
「だけどまぁ、ほんとにしつこかったねぇ。皆手紙読んでないんでしょ?返事もしてないのに頑張るねぇ。向こうも読んでないって気づいてるだろうに。いやぁ、天晴れ天晴れ」
はははと笑う長に、皆が殺気立つ。あの男はどうやら、ウルディルドに恋人が居た者達全員に、しつこく手紙を渡し続けているようだ。
ということは、此処に居るのは全員ウルディルドに恋人が居た者かと、少し感慨深くなってしまう。アウエルは既婚者なので数から外したとしても、ウイネを合わせて五人という思ったより多い人数に、一つ略式の部隊が作れてしまうな、と呑気な事を考えていたのが悪かったのか。
一人明後日の方向を見ていたウイネに、長からまったく嬉しくない命令が下された。
「よしよし、これじゃぁ埒が空かないよねぇ。…ということで僕ぁ考えたんだ。うん、ウイネさ、君ちょっと返事書きなよ」
「は?」
「だって、きみの相手が一番立場が偉いんでしょ?ちょちょいのちょいっと手紙かいてさ、もうあいつ来させないようにしてよ。簡単でしょ?」
「はぁ……っはぁ!?」
「よし!そうと決まれば早速書こうじゃないか!善は急げ、紙だ紙ぃー!」
紙持ってきてー!と叫ぶ長に、今ここで書くのか!?と衝撃を受ける。
「ウイネちゃん!わたくしがついてるわ!大丈夫よっ」
「何がですか……」
「ウイネ!紙の準備できたよっ!さぁさぁ書いて書いて!」
「……何をですか」
紙の前に座らされ、目をギラつかせたサエナ達に周りを取り囲まれたウイネはその後、実に四十枚以上の紙を無駄にすることとなる。
「…なんだか文章おかしくないですか」
「そんなこと無いわよぉ、ねぇ?」
うんうんと頷くサエナ達に、疑いの眼差しを向ける。サエナに至っては、ウイネ様から直筆の手紙を貰えただけ感謝すべきです!とか何とか叫んでいるので、まったく当てにならない。
勿論、長は論外だ。ウイネは失敗に失敗を重ね、ようやく書き上げた手紙を見た。
――ウルディルド騎士団団長閣下様
前略 突然ですがお願いがしたいことがありましたので、筆を執った次第です。
一、最近そちらの使者に大変迷惑被っておりますので、ユルフェルの里に向かわせる事を禁止するべし。
一、手紙は不要、紙の無駄使いは控えるべし。
一、謝罪は既に済んでいるので、これ以上の接触を絶つべし。
一、ドゥーエは字を習ってから手紙を書くべし。
一、オルクスは耳飾りを至急処分するべし。
一、ラガスは髪紐を至急処分するべし。
一、オルサロはあれを至急処分するべし。
以上、早急に取り掛かられることを希望致します。
草々
「……やはり色々可笑しいのでは」
閣下様って何だ、べしべしべしべしと、特に途中からは可笑しいだろう、あれってなんだあれって……と頭を抱えるウイネに反し、周りはかなり満足げだ。こんな手紙をウイネの名で出すのかと思うと、穴があったら入りたいどころか、穴を掘って隠れたい気分になった。




