字から伝わる心
大掃討から二月が過ぎた。あの夏は終わり、ユルフェルの里は実り豊かな秋である。少しずつ冬が忍び寄ってくる気配を感じ、冬の間の食糧を集めていたウイネは自分の名を呼ぶ声に空を見上げた。
「ウイネ様ー!ウイネ様ー!長がお呼びですっ!」
バサリバサリと飛竜の翼をはためかせて飛んできたのは、サエナだ。地上に着地した飛竜の背から軽やかに飛び下り、地面を踏みしめたその右足は、もうすっかりと治っていた。ちなみに里に帰還してすぐの宴で右足を悪化させ、里の婆様に大目玉を食らったのは今ではいい笑い種になっている。
「ウイネ様!ゴズルの実をそんなに集めたんですか!?」
「あぁ、トランが好きでな。つい集めすぎてしまった。ひとつ食べるか?」
「いいんですか?じゃあ頂きます!」
美味しそうに実を頬張るサエナに、心身とも元気になって良かったとほっとする。あの時、戦場から飛び立つウイネの前で抱えられたサエナは、自分の名を呼ぶ悲痛な声に、かすかに震えていたから。
「はっ、呑気にゴズルを食べてる場合ではありません!珍しく、長とアウエル様が真剣な顔でお呼びだったのです」
「長とアウエル様が?」
それはかなり一大事ではなかろうか。あの普段ちゃらふわコンビが揃って真剣な顔をするなど、天変地異の前触れか。
「……それは急がねばならんな」
「はい、私も呼ばれているので共に参りましょう」
その言葉に頷き、二人は急ぎ長の邸宅へ向かった。
ウイネとサエナが通された部屋には、長とアウエル、そして見知らぬ男が座っていた。一寸戸惑う二人に、長が座るように指示する。
「二人とも、急に呼び出して申し訳ないねぇ。ほんとは呼びたく無かったのさぁ僕ぁ。だけどほら、この方が頑固でねぇ。いやねこの方、あれなんだよ、あれ。ウルディルドからさ、わざわざ来たって言うんだよ」
困った困ったと頭を掻く長に、ウイネとサエナはお互い顔を見合わせる。なぜ今またウルディルドから使者がくるのだろう。
あの後長は、辺境国内で定期的に開かれる寄合で、大掃討で起こったことを他の里長につまびらかに語った。その内容にひどく激怒した里長達は、ウルディルドに対し猛烈な抗議をした。結果、辺境国は次の大掃討を免除され、ユルフェルの里は多額の賠償金を受け取る事となった。……もし戦乙女に死者が出ていれば、抗議抜きで戦になっていただろうが。
しかし、一連の事については、そんなこんなで一応は決着がついたのだ。……ユェドゥラを襲った件についてや、欠陥だらけの爆弾を押し付けた事、援軍が遅れたことの説明や謝罪はされていなかったが。
ちなみに、それに関してウルディルド側は、それらの事は未だ取り調べ中で、必ず解決し説明すると宣言した。それに待ったをかけたのは、なんとユルフェルの長だった。償いは貰ったのでこの話はもう御仕舞いと宣言し、以後接触するのも気分が悪いと、話し合いの機会を頑なに設けなかった。
確かに今さら説明を聞いても、だからなんだと怒りが増すだけと分かっている。戦乙女らを一番に考えてくれた長の選択に、ウイネは感謝していた。
そんな状況であったので、ウイネもサエナもウルディルドの使者が居る事、そしてその場所に自分達が呼ばれた訳を、さっぱり理解出来なかった。
「この方さぁ、国としてじゃなくって、個人の手紙を届けに来たんだってさ。いやぁ、国の話は僕ぁいくらでも突っぱねるんだけどね、個人のはどうかなぁと思うわけよ。まぁ、取りあえず話聞いてあげてよ」
「初めまして、ウイネ殿、サエナ殿。此度は長殿のおっしゃった通り、お二人に手紙を届けに参りました。どうぞ」
すっと各々の前に置かれた手紙に、直ぐに手を伸ばせる筈もなく、戸惑うようにそれを見る。
「実は二人以外にも手紙を預かってるらしいんだけどさぁ、まぁそれは僕から配るつもりなんだけど、せめてちゃんと渡しましたよって証拠になるかなぁって二人を呼んだわけよ」
ごめんね~!と軽く笑う長に、なんとなく緊張していた気が緩み、ゆっくりと目の前の手紙に手を伸ばす。持ち上げると、紙とは思えぬ重さと分厚さに驚き、白紙の面をくるりとひっくり返してみる。真っ白な封筒の右下、力強い筆跡ではっきりと名前が書かれていた。
――ウルフェイン
「ウイネちゃん!別に受け取ったからって、読まなきゃいけない事は無いのよぉ!勿論、返事だってしなくていいからねっ!」
今まで不貞腐れた様子で黙っていたアウエルが騒ぎ出す。横で同じように固まっていたサエナは、その言葉を切っ掛けに、ぐしゃりと手紙を握り潰した。……指の間からデカデカと『愛しの~』という文字が見えたので、きっと差出人はドゥーエだろう。ウイネはじっと手元の手紙を見つめ、ゆっくりと顔をあげた。
「確かに受けとりました」
これで宜しいかと、使者の顔をみる。それに真剣な顔で頷いた使者は、次に顔をしかめた。
「アウエル殿のおっしゃる通り、別に返事もなにも強制はしませんよ。ただね、返事が貰えるまで手紙は増え続けるでしょうがね」
「はぁ?」
「あぁ、出来れば一度は目を通していただきたいですがね、一連の調査結果も書かれているそうですから」
「……さぁ、特に興味はありません。もう終わったことです。もうお気になさらずどうぞお幸せにと、そうお伝えください」
使者を見据えて言い放ったウイネに、サエナも同じくと頷く。
「ほらねぇ、僕が言った通りでしょうが。諦めて帰ってちょーだいな」
「ほんとですわぁ、もう来なくてよろしいわよぉ」
笑顔で追い詰める長とアウエルに、使者はギロリと視線を向ける。
「……ウルディルドの男の、諦めの悪さを嘗めないでいただきたいですな」
ふんっ、とそう言い切った男に、長がお帰りはあちらですよと、にこやかに追い出す。使者は悔しげな様子で、侍女に追いたてられ帰っていった。
「なっによあれ!塩持ってこい塩!ふてぶてしいったらありゃしない!反省の色が見えないわよっ」
毛を逆立てて怒るアウエルに、長も同じ意見のようだった。
「どうする?それ、使者の手前渡したけどさぁ、べつに要らないって言うなら僕が捨てとくよ。それとも読む?」
「……いえ、捨てておいてください」
すっと手紙を差し出したウイネに、サエナもグシャグシャの手紙を差し出す。
「さっきの言い方だと、また来そぉだけど、どうする?もうこっちで処理しとこうか?」
一回は筋通したんだからもういいでしょと、ばっさり切り捨てる。
その言葉にお願いしますと、はっきり頷いた。




