意味はもう無い
――あぁ、助かった
ウルフェインを見た瞬間、ウイネの頭に浮かんだのは安堵と喜びだった。ウルフェインが助けに来てくれた、そう思ったウイネは、次の瞬間顔をこわばらせた。
――なぜ大砲をこちらに向けている?
ウルフェインの後ろで並ぶ大砲は、まさに今にも放たれんとしている。そう、砲身をウイネ達に向けて。
何故、なんでどうしてと、ウイネ頭にぐるぐると疑問が渦巻いて、目の前の光景が信じられない。
茫然とするウイネと、確かに目があったウルフェインは、険しい顔でその腕を降り下ろした。
――ドーンッドーンッ
一斉に大砲が放たれる。地面を揺らすいきなりの爆発音に、蟲は一気に大混乱に陥った。
狂ったように暴れる蟲達のせいで、そこはまさに阿鼻叫喚の地獄模様だ。蟲に吹っ飛ばされる者、踏みつけられる者、先程までなんとか保っていた状態は、一瞬にしてぶち壊された。そしていつの間にか開けた視界に、無遠慮に雪崩れ込む騎馬兵にはね飛ばされた戦乙女を見て、ウイネはもう、怒りの限界だった。
「飛竜を宥めよっ!今なら飛べる、負傷者を運び出せっ!撤退だっ」
あらんかぎりの声で叫ぶと途端に鳴り響く撤退の指笛に、ウイネも指笛を鳴らす。これ以上使い捨ての駒のようにされるのは、我慢ならなかった。
その気持ちはアウエルも同じだったようで、近くの負傷者を抱えながら、鬼の形相で叫ぶ。
「我らは都合の良い実験台かっ!この裏切り、決して許さん!辺境の少数民族など、取るに足らぬと言うことかっ!」
「違うっ!こうするしかなかった!全ては我々の責任だが、わかってくれっ!」
いつの間に近くまで来たのか、馬から降りたウルフェインが叫んだ。
「言い訳にしかならないが、先程は空砲だ!弾は撃っていない!風を起こす為に必要だったのだ!」
必死の形相で訴えるウルフェインに、周りを見渡すと確かに、それは事実のようだ。
「……そうですか」
ウイネは怒りをおさえ、静かに言った。やっと落ち着き始めた聴覚に反し、胸中は荒ぶる一方だ。そんなウイネに何か言い募ろうとしたウルフェインだが、それはアウエルに遮られ、叶わなかった。
「今更何を言う。そんな話聞くとでも?元々未完成の兵器を押し付けたのは貴様らだ。わたくし達は、引き上げさせていただく。負傷者も多いからね。もう一生涯関わることも無いでしょうけど、お元気で」
そう宣言し、ウルフェインに背を向けるアウエルに、右足を負傷したサエナに肩を貸しながら、ウイネも無言で続く。
「ウイネ……」
ウルフェインが絶望した様子で声をかけてくる。
「……我々は、あなた方に何かしただろうか?なぜここまでされなければならない?」
顔を見ることなくそう言って、徐に首に巻いていた襟巻きを外す。
「これはもっと早くに返すべきでしたね。まあ、貴方には必要ないでしょうが」
捨てて置いてください、と襟巻きをウルフェインに押し付け、前を通りすぎる。
サエナをユェドゥラに乗せ、ウイネもその後ろに跨がり空へ舞った。皮肉にも、雪崩れ込んできた騎馬兵達の獅子奮迅の働きで、他の者もあっさりと戦場を脱出できたようだった。
一目見るかぎり、死者や重傷者が居ない奇跡に感謝し、未だ荒れ狂う地上を尻目に高く高く東へ飛んだ。……どこからか聞こえる、サエナを必死で呼び止める叫びを背中に聞きながら。
「……なるほどなるほど、よくわかったよ。みんなご苦労様、この事は僕がちゃんと寄合で言ってくるから安心してね」
ほうほうの体で帰還した戦乙女達を、里の者は皆手厚く介抱した。手当てをおえたアウエルとウイネは、出迎えに顔を見せていた長の元へ今回の顛末を報告しに来ていた。――ちなみに、足の骨を折っていたサエナだが、今頃は怪我などそっちのけで宴に出て、どんちゃん騒ぎをしているはずだ。
「ちゃんっと報告してくださいませね、事と場合によっちゃ、報復も辞しませんわよ」
「もちろんだよ。あのねアウエル、見えないかもしれないけど、僕はこれでもかなり怒ってるんだ」
腰に手をあて詰め寄るアウエルに、あははと笑いながら長が言う。まだ若輩者と他の里長からからかわれがちのその人が、このように笑う時は激怒している事を知っていたウイネは、長が寄合で大暴れしないか心配になった。ウイネと同じく長をよく理解しているアウエルは、その長の様子に気が済んだのか一先ず落ち着いた。
「それにしても、嘗められたもんだねぇまったく。罪のない飛竜をいきなり襲った挙げ句、犯人の謝罪すらない。それに加え、都合の良い実験道具にされたとなりゃぁ、……こりゃぁ寄合が荒れるかもしれないな」
「あら、良いじゃないですか。ガツンとウルディルドに釘を指しといて貰わないと!特にあそこの男はしつこそうですもの」
シュッシュッと拳を繰り出し、殴る真似をするアウエルに笑いながら、首を傾げる。
「あぁ、騎士団長殿だったかな?」
「それもですが、他もです!」
サエナもしつこいのに付きまとわれてるんですの!と絶叫するアウエルに、今度はウイネが首を傾げる。サエナに纏わりついていたドゥーエはわかるが、ウルフェインはしつこくなどしていただろうか。むしろ、あっさりルリーナとまとまっていた気がするが。
「とにかくっ!騎士団長は特に叩いておいて頂かないとぉ、ウイネちゃんに未練たらたらなんですからっ!」
「……え、未練たらたらでしたか?」
「どう見ても未練たらたらよぉっ!」
「……他の人もそう感じたのでしょうか?……だからユェドゥラが襲われたんですか?」
ズーンと地面に沈むウイネに、慌て出すアウエル。
「ちょ、ちょっとぉ!ウイネちゃんは全然悪くないわよ!悪いのは全部あっちなんだから。勝手に逆恨みしてユェドゥラを襲ったのも、それを未然に防げなかったのも、できの悪い爆弾を持たせたのも、何も手だてが無くてあんな悪手を打ったのも!全部あっちが悪いじゃない!わたくし達は完璧に、振り回されただけよ!」
怒りが振り返したのか、絶叫するアウエルにたじろぎながらも、そう言われると確かにと思う。
「まぁそうとも言えますが……」
「僕も話を聞いた限りじゃ、アウエルが正しいと思うよ。特に、ユェドゥラが襲われたのは絶対に間違っている」
「そうでしょぉ長!だからっ寄合よろしくねっ!」
ぱちんとウインクするアウエルに、はいはいと苦笑する長。ウルディルドに行く前の日常でよく見た光景に、あぁ里に帰ってきたんだと実感が湧き、ウイネはようやくほっと安心する事が出来たのだった。




