大掃討の疫病神
「ついに見えてきたわねぇ、蟲の森!」
ウルディルドを飛び立ち、緩やかな速度で空を駆けるアウエルは非常に楽しそうだ。ウルディルド王国のすぐ横に面した蟲の森は、実はウルディルドの首都からそう遠くない距離にある。朝早くから馬を駆ければ、昼には到着する位の距離にあるのだ。
「まだ蟲香の匂いはしてきませんね」
ウイネが空気を嗅ぎながら首をかしげる。
蟲香とは、ある花を練って作られる香の事で、蟲はその匂いを非常に嫌う。普段は蟲を悪戯に混乱させると使用を禁止されているのだが、大掃討には積極的に用いられる。風上の東方大陸からこの香を焚き、蟲を森の中から炙り出すのだ。
「他の国はもう準備万端みたいねぇ」
「あ、ウイネ様!あそこに陣がみえます!」
様々な国が集まり陣を並べるその光景は、実に壮観だった。
その中にウルディルドの騎士団を見つけ、予定通りに進んでいることにほっとする。
実は城をでた後、ウイネ達戦乙女は騎士団と別れ、あるものを取りに行っていた。それはいま飛竜の脚に括りつけてあるのだが……これがなかなかに重たい。
「まったくもぅ!こんな重いものを運ばせるなんて、あいつらこきつかってくれちゃって!」
「ほんとですよ!これで役に立たなかったら、あの研究者どもを一発殴ってやります!」
鼻息荒く憤る二人に、飛竜達まで不満そうな鳴き声を上げる。まぁまぁと苦笑いしながら、ウイネはこの荷物の事を考える。実はこれ、今回初めて導入される殺蟲玉という兵器なのだ。
なんでもこれを地面に落とし、その衝撃で玉が割れると、そこから蟲を殺す作用がある粉塵が撒かれるという眉唾物だ。なるべく長い間粉塵が空中に留まるよう、改良に改良を重ねた最高傑作だと言う。だがその結果、人の視界が延々と遮られてしまい危険という、使えるのか使えないのかよく分からない逸品だった。
しかも現状では、大砲で打ち上げるとその衝撃に玉が耐えきれず、遠くへ飛ばすことが出来ないそうだ。……なんとも不安しかない話だった。
しかし必ず成果があるとの太鼓判で、ほぼ研究所からのごり押しでウイネ達に白羽の矢がたったのだ。なぜそこまで自信が持てるのか心底疑問に思ったのだが、ウルフェインからもその研究所は信頼できると言われ、しぶしぶ納得したのだった。
作戦としては、飛竜で殺蟲玉を抱えて飛び、誘きだした蟲に向かって落とす。そこで出来るだけ多くの蟲を殺し、生き残って粉塵を通り抜けてきた蟲を地上の騎士達が対応する。そうする事で、被害が減らせるのではと期待されていた。
「はいはい二人とも、文句言ってないで下に降りますよ」
未だに文句を垂れる二人に声をかけたウイネは、ウルディルドが陣を張る場所にむかった。
ドスンドスンと重い音を立てながら、飛竜が次々に地上に着地していく。早速脚にくくりつけた荷物を外しにかかる乙女らに、騎士達が手伝おうと駆け寄ってきた。
「この駄犬がっ!近寄るな阿呆!」
「そんなぁぁぁ、サエナぁぁ~」
罵声をあげるサエナと、涙目でにじり寄るドゥーエ。こんな状況にも関わらず相変わらずな二人に、ウイネは呆れた目を向ける。周りでも何ヵ所か同じような光景が見受けられ、ウルディルドの騎士は大丈夫かと、つい心配になってしまった。そんな賑やかな光景の後ろでは他の国の兵達が戦乙女を見に来ており、好奇心に溢れる視線にやれやれと溜め息をつく。
「ウイネちゃん、あと1時間後には作戦が開始されるそうよ」
本部に行って聞いてきたのか、アウエルが言った。
「えらく早いですね、何事も起こらなければ良いんですが」
不安そうに殺蟲玉を見つめるウイネに、アウエルはきっと大丈夫よぉ、と明るく笑った。
――果たしてウイネの不安は的中した。
「っあぁんの糞研究者共!今度見たらぶっ飛ばしてやるっ!」
サエナを始め彼方此方から上がる怒声に、ウイネは近頃自身に降りかかる度重なる不幸に、なんだか疫病神にでも取り付かれている気がしてきた。里に帰ったらまず最初にお祓いに行こうと考えながら、背後から近寄ってきた蟲を串刺しにする。
新しく試験的に導入された殺蟲玉、その威力は凄まじく、蟲達は次々に倒れ、試験は大成功かと思われた。
しかし、現場では思いもよらぬ事態が起こっていた。なんとこの殺蟲玉、蟲の外皮と反応を起こし、大爆発を起こすことが分かったのだ。殺蟲玉の実験は小型の蟲でしか実験してこなかったのだろう。爆発を起こすのは中型以上の蟲に限るようで、最初に出てきた小型の蟲は何事もなく死んでいった。
しかし、途中から一気に増えてきた中型以上の蟲達に、戦場は一気に炎の海と化した。しかも、中型以上の蟲には一切死滅させる効果が無かったのだ。
唯一の救いは、戦乙女以外の兵達が離れた場所に待機していたため、爆発に巻き込まれずに済んだ事だろう。しかし戦乙女にとって、状況は決して良くなかった。
舞い上がる砂塵と爆風によって他の兵とは完全に分断され、しかも一気に起こった大爆発により、視界の悪化と風圧によって上空に退避する事も間に合わなかった。ウイネ達は空にいる方が危険と、爆発が続く地上に降りるほか手段はなかったのだ。
地上は荒れ狂う蟲の巣窟で、そこに落ちたウイネ達は、さながら地獄に落とされた気分だった。度重なる爆発音に、森から蟲が波のように押し寄せ、ウイネ達の耳も可笑しくなっていく。
「こうもわたしくし達ばかりが不幸な目に遭うと!なんだか陰謀を疑いたくなっちゃうわぁ!」
「まったくです!もはやこれは陰謀ですよ!やっぱりあいつらぶっ殺す!」
「確かに、これだけ続けばそうなりますが!」
「ちょぉっとこれは!やさしぃく!問いただしても良いんじゃないかしらぁ!」
耳鳴りが治まらぬせいで音量がわからず、とりあえず大声で叫ぶように会話する。話ながらも動くことをやめないウイネ達に、周辺の蟲は数を減らしていく。
戦乙女の槍に貫かれ、飛竜の爪に切り裂かれ、その牙で噛み千切られる。瘴気を撒き散らせて死んでいく蟲達は、次々と山のように積み重なっていった。
「今のでごじゅーにぃ!」
「私は五十です!」
「流石お二人です!わたしは三十四です!」
叫びながらも屍を増やしていく三人を始め、他の戦乙女達も、なんとか誰一人欠けること無く戦っているようだ。
ユェドゥラの翼の下から躍り出て蟲を貫き、その背後から迫った蟲をユェドゥラの尾が凪ぎ払う。言葉がなくても息の合った戦闘に、まだまだいけると自分を鼓舞する。
「それにしても何時まで孤軍奮闘してればいいわけぇ?爆発は治まったけど、一向に視界も良くならないし!まったく、ろくなもん作らないわねぇ!」
動きにくい環境の中で戦い続けて、流石のアウエルも気が立ってきたらしい。他の者も、かなり集中力が途切れてきているようだ。
この状態はまずい、とウイネは内心焦った。これ以上長引けば確実に死人がでるのは分かりきっている。皆、殉死は覚悟の上だが、だからと言って死にたい訳ではない。
しかしこんな混沌とした状況では、空へ飛んで逃げようにも視界が悪いせいで離陸の際に危険があるし、上手く空に逃げれたとしても、逃げ遅れる者が出てくるのは確実だ。その者が生きて帰る確率は、かなり低くなるだろう。
飛竜達に風を起こさせて視界を確保するか?……その余裕も飛竜達が十分に翼を広げる場所もない。むしろ余計視界を悪くするだけだ。せめて、一方方向から風を起こせたらいいのだが。
このままぎりぎりまで援軍を待つか、それとも犠牲を覚悟で退避するか。
他の国の兵はどうした?いつになったらくる?終わりの見えない戦いに、ウイネの焦りは募る。
そんな時だった――ウイネはどこか遠くで、空が唸る声を聞いた気がした。そして頬に感じた久方ぶりの新鮮な風に、咄嗟に風が吹いた方を見る。
まだ視界は霞んでいるが、うっすらと向こうの景色が見えてきた。そこで目にしたのは、沢山の大砲が並ぶ前でフィラータに跨がる、ウルフェインの姿だった。




