任務は遂行する
ウルフェインが立ち去った後、ウイネはユェドゥラの手当てをしていた。薬草液に浸した布で優しく傷を拭う。酸か何は分からないが、薬品をかけられた部分の鱗は少し変色し、艶も無くどこかごわついている。
何の罪も無いユェドゥラに、なぜこんなことが出来るのか。あの侍女を心底憎く思うと同時に、そこまで自分が目障りかと彼女に問い正したくなる。
「ウイネ様、先程の侍女は確かルリーナ殿の……」
「あぁ、確かそうだ」
「あぁやっぱりぃ?この間突っかかってきた時に、後ろに居た子よねぇ」
そう、あの侍女は確かルリーナの侍女である筈なのだ。主を思っての行動か、それともルリーナの指示なのか……どちらかは分からないが、確かなのはユェドゥラがウイネの相棒だから狙われたと言うことだ。
別にどの飛竜でもよかったのなら、わざわざ一番奥に居たユェドラを狙わなくても、手前に幾らでも他の飛竜が居た。それをあえて襲ったと言うことは、つまりそういう事なのだろう。
ウイネはもうこの国から去るというのに、わざわざ事を荒立てるとは、余程ウイネが気に食わなかったかのか。もしこれがルリーナの指示だとしたら、ウイネはルリーナは勿論、その恋人のウルフェインですら恨んでしまいそうだった。
「まぁ、もし真相が分からなかったとしても、里からは断固抗議させるけどぉ」
「まったくです!それにどこまでまともに調べるやら」
ふんっと嘲るように笑うサエナに、それも確かにと納得する。ルリーナが黒幕と決まった訳ではないが、その可能性は十分にある。しかし果してウルフェインは、もう関わる事の無いウイネの為に、己の恋人を調べるだろうか?
それにもしルリーナがそうだったとしても、彼女の立場を省みると、真相が明らかにされる確率は低いだろう。そうなると、ユェドラの仇を取ってやれないことが悔しくて仕方ない。
「まぁ、帰ったらこの事は報告するから。長からもきっちり抗議させるわ。他の国にも連絡するから、ウルディルドの立場は悪くなるんじゃないかしら?」
確かにアウエルの言う通り、今回の件は他国からも非難が来るだろう。大昔に定められた約束において、この大掃討に参加する辺境国は、絶対的に保護されている。
それは普段一つの国として纏まらず、大きな力を持たない故か、それとも各々の一族の特質が突出していて、非常に貴重な存在であるが故か。理由は様々あるだろうが、辺境国の持つ影響力は、意外にも強いのだ。
辺境国は様々な一族が点在しており、各々強烈な個性を持つ。ウイネ達ユルフェルの民は言わずもがな、他の一族もなかなかに侮れない力をもっているのだ。世間には決して知られていないが、実は人ならざる力を操る一族だって存在する。
そして、そんな者達が力を合わせ一つに纏まると、それは非常に恐るべき脅威となるのだ。事実、大昔には辺境国を怒らせ滅んだ国がある。何より一番の問題は、なぜか殆どの一族が非常に好戦的であることだ。
過去の歴史をよく理解している他の国々は、辺境国に対し、非常に丁寧に接するよう努めてきた。それにも関わらず、今回の暴挙だ。今頃ウルディルドの上層部は青ざめているのではないだろうか。
しかし、だからといってルリーナまで調べが行くかは分からない。なぜなら、実行したのは侍女だからだ。侍女の独断と幾らでも切って捨てる事が出来る上、ウイネ達だって何の証拠もないルリーナを調べろとは言えない。
つまり結局、ルリーナが関わっていようがいまいが、王族の婚約者という地位にいるルリーナの真実を、ウイネ達他国の者が知ることはないだろうと言うことだ。
「ウルディルドがどうなろうと興味は無いですが、ユェドゥラの事だけは許せません。この手で報復できない事が口惜しい。でも、それより何より、もう早く里に帰りたい」
こんな信用ならないところにユェドゥラを居させたくなかった。静かに呟くウイネに、アウエルもサエナも頷く。
「ほんとにねぇ、明日とっとと終わらせて帰りましょ!国王にも言ってないけど、もういいでしょ。関わる価値なぁし!」
「そうです!せめて伝言位はと考えていましたが、先に信用を裏切ったのはあちらです。明日きっちりと働けば、文句もないでしょう。終わったら里に帰って、久しぶりに宴でもしましょう!」
はいはーいっと手を上げながら言ったサエナに、ウイネもアウエルもそれは良いと笑う。沈んでいた気持ちが、二人のお陰ですこし回復することができた。ユェドゥラも宴と聞いて嬉しそうに喉をならし、賛成しているようだ。ウイネは、はやく明日になれば良いと笑いながら思った。
翌朝、出陣を控え、壇上の前に整列する戦乙女とウルディルドの騎士達の間には、殺伐とした空気が漂っていた。いや、殺気まじりの鋭い視線を向けているのは戦乙女と飛竜だけで、騎士達は馬と一緒に居心地悪そうに佇んでいる。以前はあんなにも打ち解けた雰囲気だったのが、まるで嘘のようだ。ウイネは戦乙女達の前に並びながら苦笑する。
「まったく、いつまで待たせる気かしら?」
苛立たしげなアウエルは、きゅっきゅっと頭飾りを磨きながら言う。どうもこの間から機嫌の良くないアウエルに、ここは一発よいしょしておくかと打算的な事を考える。
「その角、いつ見ても美しいですね」
どや!と胸を張るウイネに、横に居たサエナは、流石にそんな分かりやすいお世辞はナイですよ、と生暖かい視線を送る。
だがしかし、アウエルとは実にチョロい人間だった。
「でっしょ~!やっぱりわたくしのルェドゥラよ。その角で作ったこれも、素晴らしい出来だわぁ!」
磨きあげた角を振り回すという危険極まりない行為に、しかし上機嫌になったのだから、何も言うまいと口をひきつらせる。
「ウイネちゃんの角も、なかなかよねぇ~!うんうん、やっぱり似合ってるわよぉ」
誉められて僅かに上気する頬を、自分の頭上にある角を触るフリをして隠す。いまウイネの頭につけられているのは、ユェドゥラの生え替わりの角をそのまま加工して作られた頭飾りだ。戦乙女達は大きな戦になると必ずその頭飾りを着ける。装着するとまるで本当に角が生えたかのように見えるそれは、決して折れる事の無い飛竜の角にちなんだ、お守りでもあるのだ。
それには、決して戦場でたおれる事なく、無事に帰るようにという願いが込められている。
「なんだか、早く弟に会いたくなってきました」
唐突に呟いかれた言葉に、一瞬キョトンとしたアウエルだが、次の瞬間には満面の笑顔で頷いた。
「ふふっ、そうね!早く帰りましょう!」
「そうですよ!あー、里の酒が懐かしいです」
「……ちょっと、サエナはお酒控えなさいよ?」
「ええっ!?そんなぁ~」
がくりと項垂れる姿に、くすくすと周囲から笑いが漏れる。いまこの時だけは、殺伐とした空気も薄れていた。
そこへ、ウルディルドの国王と王妃、王太子アウルストにマリーナエルが登場し壇上に登った。出陣前の激励に、王族関係者全員で出向いてきたのだ。居並ぶ面々に、例の二人が足りないなとぼんやり考えていると、その内の一人が姿を現した。
遅れて登場したウルフェインは、フィラータに跨がり戦乙女達の前を横切ってやってくる。どうやら騎士団長として、騎士達の前で挨拶を受けるらしい。ギラギラと光る乙女らの視線をものともせず、ウイネに近づいてくるウルフェイン。何事もなく目の前を通り過ぎるかと思った、その時だった。
「必ず、罰は償わせる。全て調べあげてな」
ウイネの目を見つめながら、真剣な顔でそう宣言するウルフェインに、自然と眉が寄る。この人は、それがどういう事か分かって言っているのか。それは、自分の恋人すら調べると言うことだと、覚悟を持っているのだろうか?
……それともやはり口だけか。
「……別に、期待しておりませんので」
「っなぜ」
眉を寄せ険しい顔をしたウルフェインだったが、ぐるぅとユェドゥラが威嚇する声にフィラータが戦き、それ以上その場に留まれず、悔しげに去っていった。
「皆の者、よく聞け!」
ウルフェインが去ったのを見届けて、国王ダーケンハイムが声を張る。
「昨日、非常に許しがたい事が起こった。これはウルディルドの非であることは明らか。誠に申し訳ない」
壇上の国王始め、王族が皆頭を下げる。よく見ると、隣に並んでいた騎士達もウイネ達に向かって頭を下げていた。その状況に、出陣を見送りに来ていた観衆からざわめきが起こる。
「この事に関しては、必ず真相を明らかにし、しかるべき罪を受けさせることを約束する。だから今日は力を合わせ、頑張ってほしい」
そう言ったダーケンハイムに返事したのはアウエルだった。
「あぁら、その言い方ですと、わたくし達が怒って足を引っ張るとでもお思いになったんですの?なぁんて失礼なのかしら。わたくし達、そんなに幼稚じゃありませんの。言われなくても約束は守りますわ」
己らの王に何という言い種かと、にわかに周りが騒ぎ立つ。ダーケンハイムはその観衆を手振りで静まらせ、アウエルに向き直った。
「そういうつもりは無かったが、そう聞こえたならすまなかった。貴女方が誇り高き戦士であることは理解している。そして貴女方の協力がとても心強い事もな。皆、よく聞け、此度の大掃討、誇り高き味方も勇敢な仲間も揃っている!必ずや、一人も欠けること無く帰ってくると信じる!」
――うぉぉーっ!!
大勢の人々の歓声に、地響きが広がる。ウルフェインが頭上に剣をかかげ、フィラータを駆るのに合わせ、他の騎士達も一斉に続いた。
「さぁ!わたくし達もいくわよぉ!」
――グルォォォォッッ!!
アウエルの呼び掛けに、飛竜が一斉に咆哮する。ウイネもユェドラに跨がり飛び立とうとしたその瞬間、ウルフェインと目が合い、小さく頷かれた。
それが何だったのかは分からない。しかし、覚悟を決めた顔をしていた彼に、ウイネは何も答える事なく背をそむけ、高く空に飛び立った。




