視線の中の敵意
「そぉれでわたくしの所まで、それを引きずって来たわけぇ?」
「まったく塵の分際で申し訳ありません筆頭、すぐ捨ててきますので」
ぎゃあぎゃあと喚くひっつき虫を無視し、さらりと貶しながら会話する二人。その二人の横で、自分達は周りからどのように見えるのだろうと現実から逃避するウイネ。結局、アウエルの所まで着いてきたドゥーエは、未だにサエナの足にすがり付いていた。
「だっでぇぇえ!わがれだぐないもんっ!ぅぐっぐぅ」
鼻水やら涙やら、ありとあらゆる液体を垂らす男に、女達は顔をひきつらせる。
「ぐす…すんっ。そ、それに、ウイネ殿にも言いたいことがっ……」
ようやく少し落ち着いてきたのか、先程よりははっきりとした声でウイネに向き直る。
「私に何か用があったのか?」
「……用というか、お願いがあったっす」
「お願い?」
「どうかウルフェイン様と話して欲しいんす。あの噂は誤解っす!ウルフェイン様はルリーナ様の事なんて、なんとも……っ」
――バキィッ
激しい音をたて、ドゥーエは横の壁に叩きつけられた。
「っウイネ様のお耳を汚すなこの駄犬がっ!」
サエナは怒りの形相で、ドゥーエを蹴りとばした右足を下ろす。
「サエナ、やりすぎだ」
流石に可愛そうになって、ウイネが嗜めた時だった。
「あら、何か揉め事ですの?」
殺気立つその場に、鈴のような声が響く。甘い花の香りを纏わせてそこに現れたのは、侍女を連れたルリーナだった。
「まぁ!ドゥーエ殿ではありませんか、大丈夫ですの?」
腹を押さえて床に座りこんでいたドゥーエに駆け寄ったルリーナは、優しく肩に手をそえ立ち上がらせる。ドゥーエを支えながら此方を向いたルリーナの顔には、紛れもなく敵意が浮かんでいた。
「何があったかは知りませんけれど、すぐに暴力にでるのは如何かと思います。女性ですのに、まったく野蛮ですわ」
なぜか蹴ったサエナではなく、その横に立つウイネに向かって言うルリーナ。それにサエナが黙っている筈がない。
「そいつは私が蹴ったのだ。ウイネ様は関係ない。それに、我々の事情も知らぬ方が、無遠慮に踏み込んで来ないで頂きたいのですがね。あぁ、なんです?頭の良い方は何でもかんでも首を突っ込まないと、気が済まないので?はっ、流石勤勉でいらっしゃる」
皮肉げに言い放つサエナに、ルリーナも負けじと言い返す。
「貴方はウイネ殿の部下でしょう?部下の不始末も面倒見きれないなんて、如何なものかしら?」
執拗にウイネを攻撃するルリーナに、とうとう青筋を浮かべたサエナ。今にも噛みつきそうな彼女を止めたのは、黙って聞いていたウイネだった。
「私が色々と力不足なのは認めます。ドゥーエ殿も、私の部下が申し訳ない」
「っいや、ウイネ様に謝って貰うことじゃないっす!俺も悪かったんですから」
頭を下げたウイネに、慌てて手をふる。そんなドゥーエの前に出てきたのは、またもやルリーナだった。
「貴女方の様に、女性と言えど暴力に慣れている方は、もっと力の使い方に気を付けるべきです。それに、少しは私達ウルディルドの女性を見習って、殿方を立てる事も覚えた方がよろしいんではなくて?そんな風では殿方に嫌煙されますわよ」
「ごもっともですが、私たちはずっとここに居るわけではありませんので。幸い里に帰れば私達のようなものばかりなので、特に問題ありませんし」
「あらあら、まぁそうですわね。この国にはフェインの率いる騎士団がおりますから、いつまでも戦乙女の方にお力をお借りしなくても、充分間に合っておりますもの。里に帰られて、お似合いの方をお探しなさったらいいと思いますわ」
ふふふと花のように笑うルリーナの言葉が、刃のようにウイネに突き刺さる。なによりフェインと親しげに呼ぶその姿に、思ったより衝撃を受けている事に驚く。
そして、ウイネだけを頻りに攻撃するルリーナの気持ちにも気がついた。きっと彼女はウルフェインと噂があったウイネが気に入らず、だから執拗に攻撃するのだろう。そんなにむきにならなくても、自分は役目が終われば帰るのに、と困った顔になる。
「ええ、大掃討はもう一週間後です。それが終われば我々は引き揚げますので、もう御目にかかることも無いでしょう」
そう穏やかに告げたウイネにむすっと拗ねる彼女をみて、この人は思ったより子供なのかもしれないと思う。人を傷付ける事に必死なような、懸命に毛を逆立てる子猫のような、そんな雰囲気を感じる。
「そうですわね。大掃討まであと少しですもの。私、フェインが大掃討に赴くのがとても不安ですの。もし怪我でもしたらかと思うと……でも、大掃討が終わったら私とフェインは結婚する事になっておりますのよ。今からそれがとても楽しみで」
勝ち誇ったように笑うルリーナに、ウイネはもう苦笑しか浮かばなかった……あとは諦めが少し。穏やかにおめでとうございますと言うウイネに、ありがとうと鮮やかに笑った彼女は、美しいドレスを翻して去っていった。
「なんっですかあれ!性悪がっ!騎士団長の趣味も最っ悪ですね!」
吠えるサエナに、ドゥーエも何も反論できぬようで、気まずげな目をウイネに向けていた。
「ほんとよねぇ、まったく、言われなくてもとっとと帰るわよ!怪我人がいたとしても、ぜっっったいにそのまま里に連れて帰るんだからっ!」
「まぁまぁ、あと少しの辛抱ですよ。ウルフェイン殿と噂になった私が居ては、ルリーナ殿も気が立ってしまうのでしょう」
「ちょっとウイネちゃん!ウイネちゃんは優しすぎよっ」
「そうです!もっと言い返してやればいいんです!」
鼻息荒く地団駄を踏む二人に、こんなにも親身になってくれる人が居ると知れただけで、充分お釣りが来ると微笑む。さぁ飛竜達の所へ行きますよ、と訓練で擦れてだいぶ汚れてきた襟巻きをそっと撫で、二人を促した。




