異物は自分の方
それからというもの、ウイネの日常はガラリと変わった。廊下を歩けばすれ違う人々に生暖かい視線を向けられ、顔見知りにはウルフェインの良いところを力説される。なにやら期待する周りをよそに、ウイネ自身は非常に気まずい日々を過ごしていた。
そしてなによりの変化と言えるのは、ウルフェインと話すことが無くなった事だろう。いや、普通逆だろうと思うのだが、ウイネと会うことが気まずいのか、早朝も会いに来なくなったし、遠くから目が合えばすぐに逃げ去る。訓練では一緒になるのだが、事務的な会話ばかりで、最低限の会話を終えるとすぐにどこかへ消えてしまう有り様だ。
告白される前に比べると、全くといっていいほど交流が無くなったことに、これからどう接しようと悩んでいたウイネは、なんだか肩透かしを食らった気分になる。
そんな現状に、ウルフェイン対して何やら複雑な思いが湧いてくるウイネだったが、避けられていてはどうしようもない。自分の気持ちもよくわからないのにこちらから呼び出すのも可笑しいだろうと、ある意味ウイネ自身も逃げに走るのだった。
今日も今日とて、ウルフェインに避けられ続け、何か釈然としない気持ちになりながら歩いていた時だった。
ふと見た視線の先、事の発端である恋人達の楽園に、その張本人を見つけた。いつもならそのまま通りすぎる所を、つい足を止めてしまったのは、ウルフェインの隣に見たことのない女性が寄り添っていたからだろう。
ウルフェインと密着して腕を組んだその女性は、まさに貴族のご令嬢といった雰囲気で、柔らかな微笑みをウルフェインに向けている。ウルフェインも最近は見ることのない笑みを浮かべており、その二人の間に漂う空気はとても親しげだ。
仲睦まじく中庭を散歩する二人を目にして、呆然と立ち竦むウイネに、これがあるべき姿だ、と何者かが囁く。その言葉が何故かストンと胸に嵌まり、じわじわと侵食し始める。
あぁ、やはりあるべき物は、あるべき所に納まる物なのだ。お似合いの二人を見てはっきり理解したウイネは、なぜか泣きそうになる己を叱咤して、中庭から背を向けた。
どうやらあの女性は、ウルフェインの従姉妹でルリーナというらしい。中庭で二人を見かけた次の日、アウルストに呼ばれたお茶会で紹介されたその女性は、明るい栗色の髪に水色の瞳をもつ美しい人だった。
幼い頃からアウルスト達兄弟と親しくしていたようで、所詮幼なじみの関係であるらしい。非常に学問が得意でここ三年ほど隣国に留学していたが、つい先日帰国し、城で文官として勤めているという。マリーナエルとは帰国してから初めて顔を会わせたようだが、お互い近い立場だ、親しくなるのも時間の問題だろう。今は慣れぬ王城勤務に、ウルフェインが名乗りを挙げて付きっきりで面倒を見ているそうだ。
アウルストやウルフェインと親しげに話ながら、同席していたマリーナエルやアウエル、それにウイネにも話題を振ってくるその人は、きっと優しい人なのだろう。
――己とは大違いよ
ウイネは普段の固い表情に小さく微笑みを張り付けながら、笑いの絶えぬ賑やかな様子を眺める。自分とは似ても似つかぬ、比べるのも烏滸がましい美しい女性に、どこか諦めにも似た思いが浮かぶ。到底敵わないと素直にそう思うと同時に、悔しささえ浮かんで来ないな、と考えたところで、ウルフェインに惹かれていた自分に漸く気づく。
今更気づいた所で何になるのか。例えもっと早くに気づいていたとしても、ルリーナの様な女性が側にいるウルフェインとは、きっと共にいることは出来なかっただろう。
ピタリと身を寄せながら、柔らかな笑顔で見つめ合うお似合いの二人に、始まらなかっただけで結末は同じなのだ。そう考えて、自嘲の笑みが浮かぶ。
「ウイネちゃん、どうしたの?」
様子のおかしいウイネに気がついたのか、アウエルが隣から小さな声で聞いてくる。その声は、ひどく心配そうだった。
「いえ、なんでもありませんよ。和やかでいいなぁと、思った、だけですよ」
楽しげに話すウルフェイン達の様子を、どこか遠くから一人眺めているような雰囲気に、アウエルは何も言えなくなる。
「……もうすぐ大掃討ですね、そろそろはきりした方が良いのかもしれません」
何かを諦めたように淡々と言うウイネに、アウエルははっとした。きっと、アウエルの考えは間違ってはいない。
ウイネはウルフェインを諦めるつもりなのだ。
「いいの?ウイネちゃん……」
諦めると言うことは、好きだと言うことだ。それを理解したアウエルは、なぜ、と思う。なぜ諦める必要があるのか……アウエルには、ウイネとウルフェインの二人はお似合いに見えた。
二人で中庭を散策していたときも、朝にユェドラと戯れていた時も、いつだって二人は穏やかな空気で、互いを大事に思っているのが伝わってきたのに……
「アウエル様、見てください。これがあるべき姿だと思いませんか」
じっと前を見たまま、小さな声で言うウイネに、アウエルも正面をみた。
賑やかに笑い会う華々しい人々。皆、高貴な雰囲気が滲み出ていて、それはさながら一枚の完成された絵画のようだった。
だけどアウエルは、その絵が良いとは思わなかった。完成されてはいるが、あるべき形と枠にはめられたそれは、きっと多くの人々が美しいと思うだろう。
しかし、アウエルはもっと斬新で、個性的で、それでいて幸せになる絵を知っている。自分はそっちの絵の方が何百倍も好きだと思ったが、どこか悲しげにしながらも心決めている様子のウイネには、何も言うことはできなかった。
そして、呑気にルリーナと笑いあっているウルフェインを、心底憎らしいと思った。……もう今後、ウイネに近づけさせやしない、とも。




