我慢出来ない人
「うふふふふふふっ!みぃたぁわぁよぉ!」
少ししんみりしていた空気を破壊したのは、やはりこの人だ。いきなり背後から聞こえる笑い声に、さては妖怪でも出たか!と飛び上がるウイネの前に現れたのは、異様にテンションの高いアウエルだ。
「うっふふー!でぇとね、でぇと!これが今でいう逢い引きってやつなのね!」
ウイネの腕に絡み付きながらにやにやとするアウエルに、もしやこの中庭に一人で来ていたのかと、別の意味で恐れを抱く。
「……どこをどう見たらそうなるんですか、ただ話していただけですよ。だいたい私が相手なんて、ウルフェイン殿に失礼ですから」
よそで言わないでくださいよ!と子供を諭すかのように注意すると、えー!と不満を露にする年上の上司。自分の母親程は離れていないが、十は年上のいい大人がする反応ではない……なぜか似合っているのが不思議だが。
「でも、なんだかとってもいい雰囲気だったわよぉ!そ、れ、に!二人の時は親しげな呼び方で呼んでるじゃなぁい。そのマフラーもウルフェイン殿に貰ったんでしょ?」
口を尖らせそう言われ、ウイネは困った顔になる。
「それとこれは別です。そもそも、私とウルフェイン殿では釣り合わないです。私は辺境の田舎者で、女ながらに武器をもつ粗雑な人間ですよ。辺境では珍しがられませんが、ここでは状況も違うでしょう。ウルフェイン殿のように、大国の地位ある方には、淑やかなお姫様がお似合いですから」
「あらあらっ!そんなこと有りませんわよ。我が国は恋愛結婚推奨で、身分にこだわりは有りませんもの!過去にはパン屋の娘が王妃になった例もありますのよ」
突如飛び込んできた第三者に驚き、慌てて二人で振り返る。先ほどから気配は感じていたのだが、悪意も感じない為ほっておいたのだが、まさかその正体は、ウルディルドの王妃キリエルだった。
王妃と思わず驚くウイネを、さらりと無視して話を続ける。
「それに我が国は一夫一妻制ですから、他の女性に夫を奪われる心配はありませんわ。それに我が息子ながらとっても一途のようだからお薦めなのだけど?」
仕事もできて将来有望よ、とウインクする王妃にもう驚きの余り言葉がでない。
「ほらね、本人のお母様のお墨付きよぉ!これで安心じゃないウイネちゃん!」
なにが安心かさっぱり分からないアウエルに、大切なのはウルフェイン殿の気持ちなのでは……と言うウイネは、この中で一番まともだろう。
「あら、それならウルフェインが嫁に来てくれと言ったら来てくれるのかしら!まぁまぁなんてこと、私は大歓迎ですわよ!是非お母様と呼んで頂戴」
ぐいぐい迫ってくるキリエルに、何故そんな方向に話が進んでるんだ、可笑しいだろうと頭を抱える。
そんな大混乱に陥ったウイネを救ったのは、先程連れ去られたはずのウルフェインだった。
「母上!何を変な話をしているのです!」
慌てた様子で飛び込んできたウルフェインは、キリエルの視界を遮るように、ウイネの前に立った。
「おやまぁ、どうしてバレたのかしら」
険しい顔をする息子を気にする事なく、なぜかしらねぇ、と口元を扇で隠しながら呟く。
「私の部下から母上が暴走していると聞き、慌てて走ってきたのです」
「あらそうだったの。でも私、そろそろ娘がほしくってついつい……」
おほほ、と言い訳をする母に、ウルフェインは頭を抱えて声を張る。
「娘なら義姉上がいるでしょう!!」
「だって、マリーちゃんは可愛いけど、美人で格好いい娘も欲しいんですもの……」
しくしくと声を出して泣き真似をするキリエルに、だからなぜそこで私、と思いながらやさしく語りかける。
「キリエル様、私などより美しく素晴らしい方は沢山いらっしゃいます。きっとウルフェイン殿が、キリエル様も気に入られるようなご令嬢を連れてこられますよ」
励ますように言うウイネに、何故かそこかしこよりウルフェインを責めるような視線が集まった。いつの間に集まったのか、周囲は野次馬に囲まれている。そしてあちこちから、もっとしっかりアピールしろ!やら、全然駄目じゃないかこのへたれ!なんて野次が聞こえてくる。そんな周囲の言葉に、ウルフェインは青筋を浮かべ、顔が般若になっていく。
「そうか、そうか」
美しい庭だったはずが、そこは突如として地獄に変わった。おどろおどろしい空気がウルフェインから流れ、地獄の鬼すら真っ青の彼の様子に、蜘蛛の子を散らすように野次馬達が逃げていく。
「ウ、ウルフェイン殿」
ウイネがたじたじと呼び掛ける。
「……ウイネ」
「は、はい」
「俺は今まで自分なりに、態度で伝えてきたつもりだった。だが、貴女にはあまり伝わっていなかったようだ。ならばもう直接伝えるしかないと思う」
「は、はい?」
いつになく真剣な顔で向き合ってくるウルフェインに、何か恐ろしい事が起こりそうな予感がして、心臓をフル稼働させ対峙する。
「俺は……好きなんだ。っウイネが好きなんだ!」
「はぁ!?」
いきなりの想像もしてなかった告白に、ウイネはつい叫んでしまった。つい先程までウルフェインとの別れについて感傷に浸っていたというのに、次の瞬間にはこれだ。
何が何やら怒涛の展開に、全く理解が追い付かないウイネは、ゆっくり考えてくれ、と言い逃げていくウルフェインを追いかけることもできず、ただ呆然と佇んでいた。
「あらぁ、とうとう言っちゃったわねぇ」
「まったく、我が息子ながら情けない。じれったいったらありませんでしたわ!ウイネちゃん、あんな情緒のない告白だったけど、許して頂戴ね」
事の元凶と己の上司がにこやかに話すのを聞きながら、あぁお茶会の話しはもしかしてこの事だったのかと、後れ馳せながらやっと理解したのだった。




