ただ見ていたい
先程までのお茶会は綺麗さっぱり忘れて、ウイネはひたすら上機嫌だった。よくよく考えれば、先日ウルフェインと城下に行った日からウイネは何かとツイていた。
ウルフェインと食堂に行ったら一品多く貰えたり、ウルフェインと訓練中に過去最高の飛行記録を出すことができたり、ウルフェインとお茶をしていたら好物の煎餅がでてきたり、他にも色々あるが、取り合えずとてもツイているのだ。
そして、今日はその中でも飛びきりツイている。なんせ、魔法の言葉、中庭だ。
すっきりと晴れた空に可憐で美しい花、丹精に作り込まれた植物の造形の数々、百花繚乱のそこはまさに天国のよう。そう、今まさにウイネは、来たい来たいと願ってきたウルディルド城の中庭に来ているのだ。
なかなか踏み込む事が出来なかったその中庭に、こうして来ることが出来たのは、すべては隣を歩くウルフェインのおかげである。あまりに恋人達の楽園すぎた中庭に、独り身故に二の足を踏んでいたウイネの元に、ウルフェインが颯爽と現れ、連れてきてくれたのだ。
いや実際は、マリーナエルの発案でウルフェインが呼ばれ、颯爽どころかぎゃぁぎゃぁと喚きながら侍女達に引き摺られてきたのだが、其処らへんの細かい所は置いておく。
「ウイネは、なにか好き花はがあるのか?」
やっと間近で見ることが出来て、密かに興奮しているウイネに、ズボンについた泥を払いながらウルフェインが問いかける。引き摺られた時についた泥が未だに落ちないらしい。それにしてもウルフェインを引き摺るとは、あの侍女達は中々の強者である。
「花は何でも好きですね。あぁ、でも私の腰帯が赤なので、しいて言うなら赤い花ですね」
「そ、そうか、赤か」
そういえば、つい先日も赤色に関して一悶着あったな、と今さら思い出す。そんな事もすぐに思い浮かばない程、浮かれているようだ。
「それにしても、連れてきていただけて本当によかったです。こんなに綺麗な庭を見れるなんて」
「そ、そうか、ここはまぁなんというか、庭師達も特に力を入れているからな」
「そうなんですか?確かここは、何代か前の王が王妃に贈った庭なんですよね?」
「あぁ、非常に愛妻家の王だったらしくてな。この庭も、その愛のエピソードの一つらしい。それにあやかって、ここにはその……こ、こ、恋人達が、よく訪れるそうだ」
顔を真っ赤にさせて吃るウルフェインに、なるほどだから恋人が多いのかと納得したウイネは、ふと思い至った。
――これはアウエル様が後からうるさいぞ
色恋の話が大好物な彼女だ、絶対に話を聞きに来るに決まっている。そんな面倒は嫌だ、と青ざめるウイネを尻目に、ウルフェインはベンチに座ろうと呑気に誘ってくる。
あそこにしようとウルフェインが向かった先は、よりによって中庭の特等席、密かに恋人席と呼ばれる人気の場所だった。
「フェイン!そこはうちの乙女らが噂していたのですが、確か、えーっと、こ、こ、こい……っとりあえず、他の所にしませんか!?」
「そうか?他のところはもう人が居るし、ここしか空いてないんだが……ここはだめか?」
照れて恋人という単語を出せなかった自分に、心の中で罵倒する。確かにそろそろ座りたいとは思っていた、思っていたのだが、そこは駄目じゃないか、と悩むウイネは、ふと周囲から生温い視線を向けられている事に気付く。
そしてベンチの前で揉める方が目立つのだと今さら気付いたウイネは、周りをギロリと睨み付けてから、ギクシャクとベンチに近寄る。ウルフェインの言う通り、なぜか今日に限って一番人気のベンチ以外が満席なのだ。ここで頑なに拒否しても変に思われる、と自分に言い聞かせ、ひたすら無心になる。
「……それでは失礼して」
「あぁ、少し疲れたな」
ぎこちなくベンチに座ったウイネに続き、ウルフェインも隣に座る。拳一つ分空けたその距離に、なぜか心臓が慌ただしく動くのを感じ、顔も火照ってきたような気がして俯く。
ウルフェインも今更この状況に気がついたのか、横に座るウイネを見て、あわあわと顔を赤く染めた。普段恋人達が甘い空気を出しているその場に、居たたまれない沈黙が流れる。暫く互いに顔を赤く染め、無言で地面と睨みあっていたのだが、その沈黙を破ったのはウルフェインの方だった。
「俺は最近思うんだが、いつまでも畏まった口調で話されると、なんというか……距離を感じて寂しいというか」
ぼそぼそと唐突に切り出したウルフェイン。確かに、一緒に買い物に行ったりとかなり親密な関係であるはずなのに、ウイネは敬語のままだ。
「……いえ、わたしは。あー、なんと言いますか、口が悪いと言われてまして」
正確には男口調なだけなのだが、それに関してあまり良い思い出がないウイネは、なんとかその話題を交わそうとする。しかし、ウルフェインも中々しぶとかった。
「いや、俺はそんな事は気にしない。どうかありのままのウイネを見せてくれないだろうか」
それでも尚食い下がられ、しぶしぶ観念する。
「……本当にいいのか?この口調になると里の男には嫌がられるのだが」
「っいや、そんなことはない!ウイネらしくて良いんじゃないか」
嬉しそうに笑ってくれるウルフェインに、ほっと心が温かくなる。里の男にこの口調を嫌がられた事があるウイネは、少しだけその事に劣等感を持っていたのだが、彼は良いと言ってくれた。
「……ありがとう」
「礼を言われる事じゃないだろ?今度からはそれで話してくれ」
「そうする。ふふっ、何だか照れるな」
「そ、そうか?」
「ああ。里では男と、こんな風に話したりしないからな」
「それはそれで良いと思うぞっ!」
「……何だそれは」
ふふっとつい笑いが溢れ、笑い合う二人の耳に、どこからかウルフェインを呼ぶ声が聞こえる。探しに来た部下にずるずると引きずられて行くウルフェインに手を降ったウイネは、そのまま庭に佇む。ウルフェインの髪と同じ赤い花を見つめながら、ぽつりぽつりと思いを巡らせた。
先程、口調の話しをした時に、ふと里の事を思い出したのだ。
この大掃討が終わったら、自分は故郷に帰るのだと。親しい人も出来て、思いがけず有意義な日々を過ごしていたが、この日々は期間限定である事をすっかり忘れていた。
そもそも里に帰る云々の前に、大掃討でどちらかが死んでしまう可能性だって、まったく無いとは言い切れない。本来の役目をすっかり忘れ浮かれきっていた自分を叱咤し、来るべき戦いに向けて気を引き締めた。
胸をよぎった寂しさに蓋をして。




