幸せそうな光景
「それにしても、賑わってますね!」
人の多さと煩さに、少し声を張り上げながら話しかける。ウイネは今、ウルディルドの城下に来ているのだ。
「ああ、ここは王都だからな。ウルディルドで一番栄えているんだ」
辺境では見ない人混みに、どう歩いていいのかすら分からない。まるで濁流のようだ、と思いながら流れに見を任せる。そんなウイネの手を掴んだのはウルフェインだった。
「おいっはぐれるぞ!」
「ちょ、この手は何ですっ!?」
「こ、これはっ!この人混みで迷ったら大変だからなっ」
顔を真っ赤にして怒鳴るウルフェインに、正論過ぎて何も言い返せない。何故か心臓がドキドキと音をたて、慌ただしく動き始める。
「何が見たい所があったら、言ってくれ」
そう言ってウルフェインは、ウイネの手を引く。その顔は、何故か鬼気迫る様子で非常に険しい。おかげで先程まではあんなに歩きにくかったのに、今は周りの方が必死で避けていく。まるで掠りでもしたら殺される、と言わんばかりの周囲の様子に少しだけ同情しながら、ふとある店に目を止める。
「あ……」
「どうしたっ!?何かあったかっ!?」
小さく呟いただけの声に、まるで通り魔にでも会ったかのような反応を示すウルフェインに苦笑いし、そろりとその後ろを指差す。
「あのお店が少し気になったので」
「……服屋か?」
「服というよりも、服飾小物系ですかね?」
「ふくしょくこもの……」
いいですか、と問いかけると、ギクシャクとしながらもその店に入ってくれた。店内には所狭しとアクセサリーや帽子等、様々な物が並んでいる。ぐるりと店内を見渡したウイネは、お目当ての物を見つけ近付いていく。
「……なんだ、マフラーが欲しいのか?」
「ま、マフ?まふらーですか。はぁ……何というか、今戦乙女の中で流行ってるんです。自分の腰帯と、お揃いの色の襟巻きや口当をするのが」
襟巻きが並べられた棚の前で、腰帯?と不思議そうに首をかしげるウルフェインに、自分の腰を示す。
「これです。戦乙女は、腰帯が階級証なんですよ」
戦乙女の腰に巻かれた腰帯は階級を表しており、筆頭のアウエルなら青と金、九人いる隊長達は青で、その下につく乙女らは赤をつける。
「そうだったのか!ウイネの腰帯は……赤、と銀か」
腰帯をじっと見つめ、何故か顔を赤らめるウルフェイン。確かにウイネの腰に巻かれているのは、赤と銀の腰帯だ。
「よしっ!俺が買うっ!」
「はっ!?いや、いいです!」
いきなり張り切り出しだウルフェインを、慌てて引き止める。しかしその制止も意味をなさず、ゴソゴソと襟巻きを物色し始めた。
「フェイン!いいですよ、自分で買います!」
慌てるウイネにお構いなしに、ゴソゴソしていたウルフェインは、とうとう何かを探り当てたようだ。戸惑うウイネの前に差し出されたのは、深紅に銀と緑の刺繍が入った、美しい襟巻きだった。
「……きれい」
思わず見とれてしまったウイネに、選んだウルフェインも満足そうだ。
「気に入ったか?よし、ならこれを買おう」
「ちょ、ちょっと待って!」
会計に向かおうとするウルフェインに必死でしがみつき、購入を阻止しようとする。わちゃわちゃと揉める二人に、突然店の奥から声がかかった。
「……嬢ちゃん。いいじゃないか、彼氏に買ってもらいな」
「かっ、彼氏っ!?」
慌てて振り向くと、店の奥から出てきたのは年齢不詳の女性だった。恰幅の良い体をギシリと音を立てながら椅子に落ち着け、やんわりと微笑みを浮かべる。
「見かけによらず可愛いじゃあないか。自分と同じ色を、恋人にあてがうなんてねぇ」
「はっ!?」
ほっほっと微笑ましげなその女性の言葉に、思わず耳を疑う。自分と同じ色?その言葉を租借し、はっとしたウイネは、襟巻きとウルフェインを見比べる。確かに、彼の髪と同じ深紅の生地に、その瞳と同じ翡翠色の刺繍が入っている。
「い、いや、違うぞ!これは偶々だっ!」
「そ、そうですよ、ね?」
「あぁ!偶々なんだっ!別に疚しい気持ちはないぞっ」
必死に否定する姿に、店主の考えすぎかと納得する。自分とウルフェインを恋人同士と勘違いするような店主だ、きっとそういう色恋に絡んだ話が好きなのだろう。
「っとりあえず店主!会計だっ!」
「はいよ~」
いつの間にか会計をしていたウルフェインに気付き、慌てて財布を出すが、店主にやんわりと止められてしまう。なんでも、男の甲斐性やら面子やら、ややこしい問題らしい。結局、抵抗も空しく、ウイネはお金を支払うことができなかったのだった。
まいどあり~と機嫌の良い店主の声を背に、店の外に出てきた二人。ウイネの首には、先程買ってもらった襟巻きが巻かれていた。ちらりと振り返った店先のガラスに写る自分の姿に、何だかんだ気分が上がる。横で満足そうに見ているウルフェインに照れ臭くなって、襟巻きに顔を埋めた。
「よく似合っている」
「そ、そうですか?あの、ありがとうございます。これ、大事にしますね」
「ああ、いつも身に付けていてくれ」
顔を赤くしながら礼をいったウイネに、ウルフェインも優しく微笑みかける。その表情は、笑っているはずなのに、なぜか凄みが滲み出てしまっていた。
「ひいっ!!」
そんな彼をたまたま見てしまった不運な通行人は、顔を真っ青にして悲鳴をあげて走り去っていった。
「ん?何かあったのか?」
「……いえ、たぶん大丈夫かと」
逃げ去った人の気持ちも分からないでもないが、見慣れた自分にはどこか愛着の湧く顔なんだがなぁ、と苦笑しながら、首をかしげているウルフェインに手を伸ばす。
「さあ、そろそろ帰りましょう?」
「て、手を繋ぐのかっ?」
「ええ、迷子になったら困りますからね。そうでしょう?」
さっきも繋いでいたのに、どぎまぎとするウルフェインに、つい笑いが漏れる。
「じゃあ帰るか」
「ええ、帰りましょう」
「また来るか」
「ええ、そうですね」
ポツポツと話ながら歩き始めた二人の後ろ姿に、店の中から様子を伺っていた店主は、ほっこり幸せそうに笑ったのだった。




