天下の親馬鹿達
「おはようございますフェイン、フィラータ」
「おはよう、ウイネ」
以前早朝に出会った時交わされた約束は、実はその次の日から一日も休む事なく続いている。そして合同訓練の翌日には、フィラータという新たな顔ぶれも増えていた。フィラータとはウルフェインの馬で、青鹿毛の立派な体躯を持つ美しい馬だ。
二人で過ごすこの時間のお陰で、ウイネの表情もかなり柔らかくなり、ウルフェインも打ち解けてきていた。……突然顔を真っ赤にさせて吃り出す事かあるが、もうこれは元からの性格なのだろう。
「今日もユェドゥラは美しいな」
ユェドゥラを撫でながらそう言うウルフェインに、顔を綻ばせる。
「今日は艶が一段と素晴らしいんです!昨日好物の兎をあげたので、調子が良いんだと思いますよ」
なぁユェドゥラ!と頬擦りすると、クルクルと嬉しそうに喉を鳴らす。仲の良い二人の様子に、ウルフェインも笑みがこぼれた。
「そうか、それはよかったな。フィラータも昨日は新しく鬣を編み込んでやったから、朝から機嫌が良いんだ」
「あっ、本当ですね!フィラータ、今日はえらく華やかだな」
フィラータの鬣は普段から綺麗に編み込まれているのだが、今日は特に複雑に編み込まれ、レースの編みようになっている。なんとこの鬣、ウルフェインが自ら編んでやっているのだ。
誰にも秘密だが、と最初に聞いた時には驚いたが、その手先の器用さと技術の素晴らしさに、今ではユェドゥラに毛があれば、と残念に思うほどだ。
「フィラータもその編み方を気に入っているようですね」
「あぁ、今回はかなり凝ってみたからな。自信作なんだ」
「ユェドゥラも編み込みが気になるみたいですよ。顔を近付けて観察してるっ!自分で出来る訳じゃないのに、かわいいなぁ」
何も知らない者からすれば、捕食者が獲物を狙う姿にしか見えない光景に、見てみて!と大はしゃぎするウイネは、ただの親馬鹿である。そして残念な事に、この場にはそれを諌めるような常識ある人間は居ないのだ。
「あぁ、まったくだ。フィラータとユェドゥラが並ぶと、まさに絶景だな。奇跡的な美しさだ!」
今この瞬間を絵に残したいっ!と意味不明な事を言いながら顔を綻ばせるウルフェイン。しかし、どんなにその顔を綻ばせても、迫力は和らぐどころか増すばかりだ。きっと世の中の子女はその姿をみて、卒倒するだろう。
「私に絵の才能があればよかったのですが……」
「俺も絵なんて物はさっぱりだな。今度王室画家をつれてこよう」
「それはいいですね!是非私にもその絵をください」
「もちろんだ!」
鼻息荒く興奮する二人に、ユェドゥラとフィラータはコッソリと距離をとる。馬鹿達の暴走に巻き込まれるのは御免である。そんな二頭を目敏く発見したウルフェインは、このこのっ!とユェドゥラにじゃれつく。それに抗議の鳴き声を上げ、逃げ回るユェドゥラ。そんな一人と一匹は、周りで寝ている飛竜達の安眠をとてつもなく妨害していた。
「それにしても、ユェドゥラがここまで気を許すなんて、本当に驚きです」
とうとうウルフェインに捕まり、わしゃわしゃと撫で回されているユェドゥラを見て、改めてそう思う。里でもウイネと弟のトラン、それに長とアウエルと数人の部下以外には牙を剥く程、警戒心が強く気難しい性格なのだ。
「もしかすると、最初にウイネの事を褒めたのが良かったのかもしれんな」
「は?私を褒めた?」
「あぁ、最初にユェドゥラに会ったときに。ユェドゥラがウイネの飛竜だという事は、すぐにわかったんだ。ウイネ達が最初にウルディルドに来た時の光景は、人生の中で一番印象的で、幻想的な光景だったからな」
ユェドゥラを優しく撫でながら語るウルフェインに、じわりと顔が熱くなる。顔を赤く染めるウイネに気付く事なく、ウルフェインは穏やかな表情で続けた。
「だからユェドゥラを演習場で見た時、俺は居ても立ってもいられなくなって近付いたんだ。最初はかなり威嚇されたがな……あの時見たウイネとユェドラがいかに美しかったか、ずっと語ってたら、いつのまにか威嚇しなくなっていた」
「ふふ、なんだか照れますね。ユェドゥラが美しいのは認めますが、私はそんな良いものじゃありませんよ」
苦笑いで自分の事については否定するが、そんな反応に驚いたのはウルフェインだ。数秒ぽかんとしていたが、すぐに慌てて喋り出す。
「っそんな事はない!ウイネは誰よりも美しいと思う。俺が人の事を綺麗だと思ったのは始めてだったのだから」
「……おやおや、意外です。フェインも女性を褒める事があるんですね。私は今まで、そんなこと言われた事ありませんよ」
真っ赤な顔で似合わないことを言うウルフェインに、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。こういった賛辞には慣れていないのだ。
「っいや、勘違いしないでくれ!俺は今まで他の女を褒めた事などないぞ。ウイネだけだっ」
他の女など興味もない!と焦るウルフェインに、自分の心臓が忙しなく動き始めるのがわかった。
「なんだか恥ずかしいですね。なぁユェドゥラ?フェインが私をおだてて来るんだが、どうしたらいいと思う?」
「ちょっとまて、そんなことないぞ!俺は本心を言っただけだ。フィラータ、お前もそう思うだろ?」
照れ隠しにユェドラに絡むと、ウルフェインも顔を真っ赤にさせながらフィラータに尋ねる。巻き込まれた二頭は、付き合っていられないとばかりに二人に背を向けた。
「お、おい、フィラータ!」
わたわたと手を振り回し、焦ってフィラータに詰め寄る姿に、自然と顔が綻び笑みが洩れる。それに気付いたウルフェインも、気まずそうに頭を掻きながら笑った。
仲良く笑い合う二人に、先程までそっぽを向いていたユェドゥラとフィラータがじゃれつき、そんな二頭にまたデレデレする。早朝に飛竜達の安眠妨害をしながらの交流は、実に和やかな時が流れていた。
「あっそういえば、確か今日は休みじゃなかったか?」
「よくご存じですね、今日は訓練が休みなんですよ。だから何をしようか迷ってる所です」
日頃訓練などに追われて自分の事を疎かにしがちだが、いざ何もする事が無いと、たちまちどうすればいいか困ってしまう。特に今回は知らない場所だし、いつもなら休日の相手をしてくれる弟もいない。しかたないので一日ごろごろするしかないか、と年頃の娘にあるまじき選択をしたウイネに、ウルフェインが思いがけない提案をしてきた。
「そっそれなら、俺と……その、でかけないか?城下でも案内しよう」
「城下ですか。……いいですね、行ったことありませんし、せっかくウルディルドに来ているんです、少し興味があります」
「本当かっ!?よしっ!じゃあ準備してくるっ」
そう言って走り去ったウルフェインに、そこまで慌てなくていいだろうにと思いながら、ふとある事に気がついた。
「フィラータ、お前置いていかれたな……」
「ブルルッ」
げしげしと足で土を掻きながら、気に入らないと言わんばかりの態度に、しかたがない、と厩舎へ向かう。
「お前の主のそそっかしさにも困ったものだな」
その言葉に小さく同意の嘶きを上げたフィラータは、その直後、慌てて戻ってきたウルフェインに思いきり噛みついたのだった。




