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僕の妹がこんなにヤンデレデレになるなんて〜Another story  作者: 虹の箸


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8/9

番外編 幼なじみの私たちだけが知っていること

放課後の教室に、夕日が差し込んでいた。

窓際の席で学園祭の資料をまとめていると、廊下から控えめな足音が聞こえてきた。

「……琴音ちゃん」

顔を上げると、教室の入り口に結衣が立っていた。

長い黒髪を揺らしながら、少し困ったような顔でこちらを見ている。

「結衣ちゃん? どうしたの?」

「……ちょっと、お話してもいい?」

「いいけど。綾人は?」

「今日は先に帰ってもらったの。お母さんに買い物を頼まれたって言って」

「ふうん。あんたが綾人を一人で帰すなんて、珍しいじゃない」

からかうつもりで言うと、結衣は頬を赤くして俯いた。

「……もう。琴音ちゃんまでそんなこと言う」

その反応がおかしくて、思わず笑ってしまう。

ついこの間まで、綾人の名前を出しただけで不機嫌になっていた子とは思えない。

「まあ、座りなさいよ」

私が隣の椅子を引くと、結衣は小さくお礼を言って腰を下ろした。

しばらく、二人とも何も言わなかった。

窓の外からは、運動部の掛け声が聞こえてくる。

先に口を開いたのは、結衣だった。

「……琴音ちゃん」

「ん?」

「私ね、お兄ちゃんと仲直りできて、すごく嬉しいんだ」

「……うん」

「三年間、ずっと意地張ってたから。今さら昔みたいにしてもらえるかなって、ちょっと怖かった」

結衣は膝の上で指を重ね、照れくさそうに笑った。

「でも、お兄ちゃん、全然怒ってなくて。昔みたいに頭を撫でてくれて……それが嬉しくて、つい甘えすぎちゃった」

「……そっか」

私は小さく頷いた。

正直、安心していた。

この三年間、綾人がどれほど結衣のことで悩んでいたか、私は知っている。

妹に話しかけても無視される。

一緒に帰ろうと誘っても断られる。

昔はあんなに懐いていたのに、どうして嫌われてしまったんだろう。

そんなことを、綾人は何度も私にこぼしていた。

そのたびに私は、思春期なんだから仕方ないでしょ、と慰めることしかできなかった。

だから、二人が仲直りできたことは、本当に嬉しい。

……嬉しい、はずなのに。

「……琴音ちゃん?」

「え?」

「なんか、難しい顔してる」

「べ、別に。ちょっと考え事してただけ」

結衣は私の顔をじっと見つめたあと、ふっと微笑んだ。

「……ありがとう」

「何がよ」

「お兄ちゃんのこと。私が冷たくしてた間も、ずっとそばにいてくれて」

思いがけない言葉に、胸の奥がくすぐったくなった。

「……何よ、急に」

「だって、本当のことだもん」

結衣は窓の外へ視線を向けた。

「私、琴音ちゃんがいてくれて、よかったって思ってる」

「……ばか。そんなの、今さら言わなくてもいいわよ」

私は慌てて顔を背けた。

夕日のせいにするには、頬が少し熱すぎた。

「……ねえ、覚えてる?」

気恥ずかしさをごまかすように、私は話題を変えた。

「小さい頃、三人で公園に行ったときのこと」

「公園?」

「ほら、結衣ちゃんがブランコから降りられなくなって、泣いちゃったとき」

「あっ! それ、言わないでよ!」

結衣が真っ赤になって抗議する。

「あのとき、綾人が必死になって助けようとしてたのよね。自分だって小さかったくせに」

「……うん」

「結局、私が近くにいた大人を呼んできたんだけど」

「覚えてる。お兄ちゃん、私より泣いてたよね」

「そうそう! 『結衣が怪我したらどうしよう』って!」

二人で顔を見合わせ、声を上げて笑った。

懐かしい。

あの頃は、三人でいるのが当たり前だった。

誰が誰を好きだとか、そんなことを考えもしなかった。

ただ一緒に遊んで、喧嘩して、仲直りして。

夕方になれば、綾人が結衣の手を引いて帰っていく。

私はその隣を歩きながら、明日は何をして遊ぼうかと考えていた。

……いつからだろう。

綾人の隣にいることが、当たり前ではなくなったのは。

「……琴音ちゃん」

結衣の声で、我に返った。

「ん?」

「琴音ちゃんって、昔からお兄ちゃんと仲良しだよね」

「そりゃ、幼なじみだし。同じクラスだしね」

「……いいなあ」

「え?」

「私、一年生だから。学校じゃ、お兄ちゃんとずっと一緒にいられないし……」

結衣は少しだけ唇を尖らせた。

「……ちょっと羨ましい」

私は思わず目を瞬かせた。

「な、何言ってるのよ。結衣ちゃんは家に帰れば、いつでも綾人と一緒なんだから」

「……あ」

結衣が小さく目を見開いた。

それから、いたずらっぽく微笑む。

「そっか。そうだよね」

「……何よ、その顔」

「えへへ。私、お兄ちゃんと一緒に暮らしてるんだった」

「わざわざ言い直さなくていいから!」

「朝も一緒だし、夜も一緒だし、ご飯も一緒だし……」

「分かった! 分かったってば!」

結衣は楽しそうに笑った。

……まったく、この子は。

昔からそうだった。

綾人のことになると、途端に得意げになる。

小学生の頃も、綾人からもらった髪飾りを何日も自慢していたっけ。

「……でもね」

結衣が、不意に声を落とした。

「私、琴音ちゃんのことも羨ましいんだよ」

「……え?」

「お兄ちゃん、琴音ちゃんと話してるとき、すごく楽しそうだから」

胸が、どきりと鳴った。

「そ、そんなことないでしょ。あいつ、いつも私にからかわれてるだけだし」

「ううん。違うよ」

結衣は静かに首を振った。

「私といるときは、優しいお兄ちゃんの顔なの。でも、琴音ちゃんといるときは……なんていうのかな。すごく自然に笑ってる」

「……っ」

「私、ああいう顔、あんまり見たことなかったから」

何も言えなかった。

結衣は責めているわけじゃない。

むしろ、少し寂しそうに笑っている。

それが分かるからこそ、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

「……結衣ちゃん」

「なあに?」

「私だって、羨ましいわよ」

言ってから、自分でも驚いた。

結衣が目を丸くする。

「……え?」

「だって、あんたたちは家族じゃない。小さい頃からずっと一緒で、帰る場所だって同じで……」

そこまで言って、慌てて口をつぐんだ。

……何を言ってるのよ、私。

これじゃまるで。

「……琴音ちゃん?」

「な、何でもない! 今の忘れて!」

「……ふふっ」

結衣が小さく笑った。

「何よ」

「ううん。琴音ちゃんも、昔から変わらないなって」

「……どういう意味よ」

「優しくて、ちょっと意地っ張り」

「それ、あんたにだけは言われたくないんだけど!」

「えへへ」

結衣は笑いながら、私の肩にそっと寄りかかった。

その仕草があまりにも昔のままで、私は思わず口を閉じた。

小さい頃、結衣はよくこうして私に甘えてきた。

綾人と喧嘩したときも、転んで膝を擦りむいたときも、泣きながら私のところへやってきた。

私はそのたびに、仕方ないわね、と言いながら頭を撫でていた。

「……ねえ、琴音ちゃん」

「ん?」

「私たち、これからも仲良しでいられるよね?」

その問いかけに、胸の奥が小さく疼いた。

どうして、そんなことを聞くのだろう。

結衣も、何かを感じ始めているのだろうか。

「……当たり前でしょ」

私はできるだけ普段どおりの声で答えた。

「何年の付き合いだと思ってるのよ」

「……うん」

「それに、あんたが綾人と仲直りできて、私も嬉しいんだから」

「……ありがとう」

結衣は私の肩から顔を上げた。

そして、少しだけ迷うような表情を浮かべたあと、ぽつりと尋ねた。

「……ねえ、琴音ちゃん」

「何?」

「琴音ちゃんも、お兄ちゃんのこと……大切?」

心臓が跳ねた。

結衣は真っ直ぐに私を見つめている。

その瞳には、さっきまでの無邪気な笑顔とは違う、真剣な光が宿っていた。

私はしばらく言葉を探した。

「……ばか」

ようやく出てきたのは、そんな一言だった。

「そんなの、あんたたち二人ともに決まってるでしょ」

「……そっか」

結衣は嬉しそうに微笑んだ。

けれど、その笑顔は、どこか少しだけ切なかった。

私も、きっと同じ顔をしていたと思う。

夕日がゆっくりと傾き、教室の床に伸びた影が重なっていく。

「……そろそろ帰ろっか」

私が立ち上がると、結衣も頷いた。

「うん。琴音ちゃん、一緒に帰ろ?」

「いいわよ。途中までね」

「えへへ。久しぶりだね、二人で帰るの」

「そうね」

廊下へ出ると、結衣が私の隣に並んだ。

昔と変わらない距離。

それなのに、何かが少しずつ変わり始めている気がした。

「……ねえ、琴音ちゃん」

「今度は何?」

「明日のお昼、お兄ちゃんにお弁当作ってあげようと思うんだけど」

「……また?」

「うんっ! 今度はハンバーグにしようかなって」

「綾人、ハンバーグ好きだもんね」

「そうなの! ……あれ?」

結衣が足を止めた。

「琴音ちゃん、よく知ってるね」

「……そりゃ、昔から一緒にいるんだから」

「……そっか」

結衣は少し考え込んだあと、ふっと笑った。

「じゃあ、今度は琴音ちゃんの分も作ってこようかな」

「……え?」

「だって、琴音ちゃんもお兄ちゃんの大切な人なんでしょ?」

思いがけない言葉に、私は目を見開いた。

「……いいの?」

「うんっ! でも、お兄ちゃんの分が一番大きいからね」

「……何よ、それ」

「えへへ。そこは譲れないもん」

思わず吹き出してしまった。

「分かったわよ。じゃあ、楽しみにしてる」

「うん!」

結衣は嬉しそうに笑った。

その笑顔を見ていると、私も自然と笑っていた。

……きっと、これから色々なことが変わっていく。

今まで当たり前だった距離も、何気ない会話も。

もしかしたら、いつか私たちは、同じことで泣いてしまう日が来るのかもしれない。

それでも。

今日、隣で笑っているこの子のことを、私はやっぱり嫌いになれそうになかった。

「……結衣ちゃん」

「なあに?」

「ハンバーグ、焦がさないでよね」

「もう! 私だってちゃんと料理できるもん!」

「はいはい。期待してるわ」

「琴音ちゃんの意地悪!」

夕暮れの廊下に、二人の笑い声が響いた。

昔と変わらない、幼なじみ同士の笑い声。

ただ一つだけ、あの頃と違うことがある。

私たちはもう、子供じゃない。

そして、たぶん。

二人とも、同じ男の子を好きになってしまったのだ。


お読みいただきありがとうございました。

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次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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