8話 「帰路の空」
よろしくお願いします。
ウェルダン街の賑わいの中。
レオは父、サイラスと並んで花屋の前に立っていた。
「お父さーん! この花見てよ!」
レオは店先に並んだ花を指差す。
「綺麗な色してるー!」
薄紫色の花が風に揺れていた。
サイラスも覗き込む。
「おぉ、これは綺麗だなぁ」
「だよね!」
レオが嬉しそうに笑ったその時。
「あんた達、いい花に目をつけたねぇ」
花屋のおばちゃんが声をかけてきた。
「どうだい? こいつはベロニカっていう花だよ」
そう言って花を一本持ち上げる。
「買っていかないかい?」
レオの目が輝いた。
「お父さん! 買おうよ!」
「ん?」
「お母さんとお姉ちゃん喜ぶよ!」
サイラスは腕を組む。
「うーん……」
少し考えてから苦笑した。
「仕方ねぇなぁ。買っていくか!」
「やったー!」
レオは飛び跳ねる。
「いっぱい買お!」
「いっぱいってそんなに持てないだろ?」
「持てるよ!」
「無理だろ」
「持てるって!」
二人のやり取りを見ていたおばちゃんが笑う。
「だったらこんな感じに花束にしたらどうだい?」
そう言って店の奥から花束を持ってきた。
レオは目を丸くする。
「わぁ……!」
色とりどりの花が綺麗に束ねられていた。
「お父さん! 花束にしようよ!」
「これならまぁ良いか」
サイラスは頷いた。
「おばちゃん頼む!」
「あいよ!」
おばちゃんは手際よく花を選び始める。
「お母さんとお姉ちゃんに送るんだってね?」
「うん!」
「それなら……」
おばちゃんは白い花を一本選んだ。
「まずはこれ」
花を丁寧に束へ添える。
「昔から『穏やかな日々』を願う花って言われてるんだ」
「へぇー!」
「穏やかな日々かぁ」
レオとサイラスが感心する。
次におばちゃんは青い花を選ぶ。
「こっちは『希望』」
白い花の隣へ重ねる。
「道に迷った人へ贈ると、また前を向けるようになるって言い伝えがあるんだよ」
「希望……」
レオはその言葉を繰り返した。
「なんかかっこいいね」
「確かにな」
サイラスも頷く。
さらにおばちゃんは柔らかな金色の花を取り出した。
「この花はねぇ」
優しく微笑む。
「『明るい未来』を意味するんだよ」
「明るい未来!」
「旅立ちや、新しい始まりの日によく選ばれる花さ」
レオは目を輝かせる。
「綺麗だね!」
「ああ、綺麗だな」
サイラスも思わず見入った。
最後に小ぶりで優しい色合いの花を添える。
くるりと麻紐で結び。
おばちゃんは花束を持ち上げた。
「ほら、できた」
「わぁぁ……」
レオは思わず声を漏らした。
色は違うのに不思議とまとまっている。
見ているだけで心が温かくなるような花束だった。
「ありがとう!」
レオは嬉しそうに受け取る。
おばちゃんはにこりと笑った。
「花ってのは不思議なもんでね」
そっと花束を撫でる。
「言葉にできない願いを、代わりに抱えてくれるんだよ」
「そうなの?」
レオが首を傾げる。
「そうさ」
おばちゃんは頷いた。
「だからこの組み合わせは昔から人気なんだ」
花束を見つめながら続ける。
「『希望』と『平和』、それに『明るい未来』を束ねた花束」
そしてレオへ差し出しながら優しく言った。
「大切な人に渡すなら、これ以上ない贈り物さ」
「へぇ……」
「『あなたの明日が、どうか幸せでありますように』っていう願いを、そのまま形にした花束だからねぇ」
レオはぎゅっと花束を抱きしめた。
「大事にするね!」
「そうしておくれ」
おばちゃんは満足そうに笑った。
そして。
「そいじゃ銀貨四枚ね!」
サイラスへ向かって手を出す。
「げっ」
サイラスが素で顔をしかめた。
「あんな良い感じ出してたのにしっかり取るもんは取るんだな……」
おばちゃんはニヤリと笑う。
「まぁ商売だから仕方ないよ」
「現実的だなぁ……」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
サイラスは苦笑しながら銀貨を渡した。
「はいよ、毎度」
「ありがとうね!」
おばちゃんは手を振る。
「またいつでも来ておくれ!」
「うん!」
レオも大きく手を振った。
「ばいばーい!」
「元気な子だねぇ」
おばちゃんの笑い声を背に、二人は歩き出した。
サイラスが空を見上げる。
「よし、そろそろダンとの集合時間だな」
「もう?」
「もうだ」
「えー」
「ほら厩舎へ向かうぞ」
「はーい」
厩舎へ向かうと、すでにダンが待っていた。
二人に気付くと大きく手を振る。
「おーい!」
「ダン!」
「レオ君!」
ダンは荷車にもたれながら笑った。
「良いもん買えたか?」
「うん!」
レオは嬉しそうに剣を見せる。
「剣買ってもらえた!」
「おっ」
ダンは目を細める。
「そいつは黒曜石の剣か」
「うん!」
「いいなぁ!」
「かっこいいでしょ!」
「かっこいいな!」
ダンは素直に褒めた。
そしてレオの持つ花束を見る。
「その花束は?」
レオは少し照れながら答える。
「お母さんとお姉ちゃんに渡そうと思って……」
「……」
ダンは数秒黙った。
そして。
「お前ほんと良い子だなぁ!」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。
「わっ!」
「いててて!」
「ははは!」
ダンはサイラスを見る。
「お前いい息子持ったじゃねーか」
「だろ?」
サイラスはどこか誇らしげだった。
「誰に似たんだろうな」
「絶対サラさんだな」
「おい」
三人は笑った。
やがて馬車へ乗り込む。
ダンが手綱を握った。
「よーし!」
勢いよく声を上げる。
「帰るぞぉ!」
「おー!」
レオも元気よく返事をした。
馬車が動き出す。
少しずつウェルダン街が遠ざかっていく。
レオは街並みを振り返った。
「はぁ……楽しかったなぁ」
初めて見る街。
初めての武器屋。
初めての真剣。
初めて会った剣聖。
思い出がいっぱいだった。
しばらく進むとお腹が空いてきた。
レオは袋からパンケーキを取り出す。
「いただきまーす」
ぱくり。
甘い香りが広がった。
「やっぱり美味しいなぁ」
「また食ってる」
サイラスが笑う。
「そんな好きなのか?」
「うん!」
「リアにも作ってやったもんな」
「お姉ちゃんすごく喜んでくれた!」
「そうだったな」
そんな会話をしていると。
空模様が変わり始めた。
向かう先の雲がどんよりとしている。
ダンが空を見る。
「こりゃ降りそうだな」
「ああ」
サイラスも頷く。
「少し急ぐか」
「だな!」
ダンは手綱を鳴らした。
馬車の速度が上がる。
その後。
ダンとサイラスは昔話を始めた。
若い頃の冒険。
依頼で失敗した話。
仲間たちの話。
レオは楽しそうに聞いていた。
その時だった。
「あれ?」
レオが遠くを見る。
「どうした?」
サイラスが聞く。
レオは前方を指差した。
「ねぇお父さん」
「ん?」
「あの煙なに?」
「煙?」
サイラスも顔を上げる。
ダンも目を細めた。
遠く。
オルセン村の方向。
空へ細い煙が昇っていた。
「あれは……」
ダンの表情が変わる。
サイラスも目を見開いた。
嫌な予感が胸をよぎる。
「サラ……」
そして。
「リア……」
無意識に名前が漏れた。
サイラスは強く拳を握る。
「ダン」
「ああ」
「悪いが急いでくれ」
ダンは真剣な顔で頷いた。
「任せろ」
手綱が大きく鳴る。
馬が駆け出した。
レオは父の横顔を見る。
その表情は、今まで見たことがないほど険しかった。
馬車は速度を上げ。
煙の上がる村へ向かって駆けていくのだった。
ありがとうございました。




