4話「村の外」
よろしくお願いします
リアの誕生日を迎えてから、しばらくの時が経っていた。
空気は少しずつ暖かくなり、村の周囲に広がる草原も青みを増している。
最近は、エリックがよく遊びに来るようになっていた。
「待ってよレオ君ーっ!」
村の外れを、二人の少年が駆け回る。
先頭を走るのはレオだ。
木刀を振り、走り込みを続けてきたレオは、同年代の子供より体力がある。
その後ろを、息を切らしたエリックが追いかけていた。
「はぁ……はぁ……レ、レオ君早すぎ……!」
レオは振り返りながら笑う。
「僕は最強の剣士になるからねー!」
「最強の剣士?」
エリックが肩で息をしながら聞き返す。
「うん!」
レオは胸を張った。
「お父さんみたいに強くなりたいんだ!」
「レオ君のお父さんって……サイラスさんだっけ?」
「そう!」
レオは嬉しそうに頷く。
「村に近づいてくる魔物を倒してくれてるって、オルセンおじいちゃんから聞いてるよ」
「そうなんだよ!」
レオは誇らしげだった。
「皆を守ってるんだ! カッコいいよねー!」
「確かに……」
エリックは素直に頷く。
「あれだけ強いってことは、聖律使えるの?」
「うん!」
レオは即答した。
「僕も使えるようになりたい!」
エリックは少し空を見上げる。
「僕も……使ってみたいかも」
「だよね……」
二人はそんな話をしながら、草原を歩いた。
夕方。
レオは父に素振りを見てもらっていた。
「はっ!」
木刀を振る。
風を切る音が以前より鋭い。
足の踏み込みも安定してきていた。
サイラスは腕を組みながら、その様子を見ている。
「……レオ」
「なに、お父さん!」
汗を拭いながらレオが振り返る。
サイラスは少し笑った。
「そろそろ剣技を覚えてみるか」
「剣技!?」
レオの顔が一気に明るくなる。
「やるやる!!」
「ははっ、元気だな」
サイラスはレオから木刀を受け取る。
「よーく父さんの動きを見るんだぞ」
そう言って構えた。
一瞬で空気が変わる。
普段の優しい父親ではなく、戦士の顔だった。
レオはごくりと唾を飲む。
サイラスは踏み込んだ。
ぶんっ――!!
鋭い音が響く。
ただ木刀を振っただけなのに、風圧のようなものが頬を撫でた。
「わ……」
レオは目を輝かせる。
さらにもう一撃。
流れるような動きだった。
無駄がない。
まるで身体の一部みたいに木刀が動いている。
サイラスは構えを解いた。
「とまぁ、一応戦うことになったらこういう感じに剣を振るわけだ」
木刀を肩に担ぐ。
「だから、そこを覚えておいた方がいいな」
「すごい……!」
レオは完全に見入っていた。
「剣技って、あんな風にやるんだ……!」
「剣技は父さんと一緒にやろう」
「うん!」
レオはわくわくした顔で頷いた。
それからの日々は、さらに濃くなった。
朝は走り込み。
昼はエリックと遊び。
夕方には父と剣技の練習。
「ほっ!」
「はっ!」
「てやぁっ!」
レオは汗だくになりながら木刀を振る。
サイラスはその動きを見ながら笑った。
「お! レオいいぞ!」
「ほんと!?」
「お前、やっぱりセンスあるな!」
「やったー!」
褒められたレオは嬉しくなって、さらに木刀を振った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜。
疲れ切ったレオはベッドに潜り込む。
隣ではリアが眠っていた。
しかし。
「……っ……やだ……」
小さな声が聞こえる。
レオは目を開けた。
リアが苦しそうにうなされている。
額には汗が浮かんでいた。
「お姉ちゃん?」
レオは身体を起こし、肩をゆする。
「お姉ちゃん」
ゆさゆさ。
リアがびくっと震えた。
「……っ、はっ!」
勢いよく目を開ける。
呼吸が乱れていた。
「すごい汗……」
レオは少し心配そうに言う。
「大丈夫?」
リアは呼吸を整えながら頷いた。
「う、うん……怖い夢見ちゃって……」
そう言いながら、リアはそっとレオへくっついてくる。
子供っぽいな、と少し思った。
でも、確かに怖い時は誰かとくっついていたくなる気持ちは分かる。
「どんな夢?」
レオが聞く。
リアはぼんやりした声で答えた。
「……誰かに追いかけられる夢」
「追いかけられる?」
「うん」
リアはレオの服をぎゅっと掴む。
「真っ暗な場所を走ってたの。後ろから足音が聞こえてきて……」
「誰だったの?」
「分からない」
リアは首を振る。
「けど…人じゃないみたいだった。それに、ずっと追いかけてくるの」
少し震えた声で続ける。
「逃げても逃げても近付いてきて……最後に肩を掴まれそうになったところで目が覚めたの」
「そっか……」
「うん……」
リアはレオの肩に額を預けた。
「レオ、あったかい……」
そのまま安心したのか、すぐに寝息を立て始める。
レオも目を閉じた。
気づけば、すぐ眠りについていた。
翌朝。
目を覚ますと、リアはもう起きていた。
昨日の様子が嘘みたいに元気そうだ。
レオも起き上がり、食卓へ向かう。
リアはすでに朝食を食べていた。
「おはよレオ」
「……おはよう」
いつも通りの朝。
レオは少し安心する。
そして今日も。
エリックと遊び。
素振りをして。
父から剣技を教わる。
そんな日々が続いていた。
夕方。
サイラスは腕を組みながら言う。
「最初はどうなるもんかと思ったけど」
レオを見る。
「お前、真面目に毎日続けてるから予想より成長してるな」
「ほんと!?」
「ああ」
サイラスは笑う。
「よし!」
そして言った。
「今度、レオの真剣を買いに行くか!」
一瞬、レオは固まった。
「……ほんと!?」
次の瞬間、飛び跳ねる。
「やったー!!」
ついに。
ついに真剣だ。
木刀じゃない。
本物の剣。
レオは興奮したまま家へ飛び込んだ。
「お母さん! お姉ちゃん!」
「ん?」
リアが顔を上げる。
「父さんが、真剣買ってくれるって!」
母のサラはぴたりと動きを止めた。
そしてじとっとサイラスを見る。
「ちょっと……」
嫌そうな目だった。
サイラスは苦笑する。
「まぁまぁ、いいじゃないか」
「怪我したらどうするのよ」
「ちゃんと見るって」
そんな父と母のやり取りを横で聞きながら、リアは感心したようにレオを見る。
「へぇー」
一瞬、素直に褒めてくれるのかと思った。
しかし。
「でもレオ、剣に振り回されそう」
「そんなことないし!」
「絶対転ぶよねー」
「転ばない!」
いつもの流れだった。
レオがムキになり、リアが笑い、母が止めに入り、父が笑う。
バレット家の日常だった。
そしてついに。
真剣を買いに行く日がやって来た。
目的地はウェルダン街。
馬車で片道半日ほどかかる場所にある街だ。
この村は周囲から離れている。
街は遠い。
だが、畑もあるし家畜もいる。
自給自足でなんとか成り立っていた。
「よし、レオ行くぞ!」
「うん!」
レオは嬉しそうに馬車へ向かう。
すると、先に馬車へ乗っていた男が声をかけてきた。
「初めまして。君がレオ君か」
大柄な男だった。
無精髭を生やし、どこか軽い雰囲気がある。
「俺はAランク冒険者で、お父さん……サイラスの友人のダンだ」
にっと笑う。
「よろしこ」
「え、あ、初めまして……!」
レオは慌てて頭を下げた。
サイラスは荷物を積みながら言う。
「じゃあサラ、明日の夜には帰ってくるから。リアを頼むぞ」
「ええ」
母が頷く。
そして自然にサイラスへ近づき――軽く口づけした。
レオは思わず視線を逸らす。
(うわ……)
なんだかむずむずする。
リアは「わっ……」と手で顔を覆いながら見ていた。
サイラスは笑う。
「よし、ダン頼むぞ!」
「あいよ!」
馬車がゆっくり動き出す。
「行ってらっしゃーい!」
サラとリアが手を振る。
レオも大きく振り返した。
そして。
馬車は村を出る。
途中、オルセン村長へ挨拶をして、さらに先へ進んだ。
レオは落ち着かなかった。
それもそのはず。
村の外へ出るのは、これが初めてだったからだ。
見るもの全てが新鮮だった。
森。
川。
遠くの山。
全部、いつもより大きく見える。
サイラスは隣のダンを親指で指した。
「こいつは俺がSランクになった後、一緒に連んでた友達だ」
「へぇー!」
レオは目を輝かせる。
ダンは大げさにため息を吐いた。
「サイラスはいいよなぁ。奥さんいて、子供いて」
空を見上げる。
「羨ましいぜぇ。俺なんかまだ独身なのによ」
するとサイラスが呆れたように言う。
「それはお前が色んな女にちょっかい出すからだろ?」
「違ぇって! 俺は平等に愛を振り撒いてるだけだ!」
「最低だな」
「ひでぇ!」
二人はケラケラ笑っていた。
レオはそんな父達を見て苦笑いする。
そして揺れる馬車の中。
初めて見る景色を、目いっぱい楽しむのだった。
ありがとうございました




