2話 「願いを焼く朝」
昨日と今日、連続でアップさせていただきます。
そろそろ、姉、リアの誕生日が近づいてきていた。
レオは村外れのひらけた場所で、木刀を振っている。
ぶん、と風を切る音が鳴る。
振り下ろしたあと、少しだけ息を吐いて、また構える。
何度も繰り返してきた動き。けれど今日は、どうにも集中しきれなかった。
(プレゼント、何にしよう……)
木刀を握る手に、じわりと汗がにじむ。
腰に巻いた手拭いで額を拭った。
(そういえば)
少しだけその手拭いを見つめる。
これは、前にリアからもらったものだ。
手作りの、少しだけ歪な縫い目のある手拭い。でも、今では剣の練習に欠かせないものになっていた。
自分もちゃんとしたものを渡したい。
「お姉ちゃん、何が良いんだろう……」
ぽつりと呟き、もう一度木刀を振る。
ぶん。
最近、リアは母、サラの隣に座っていることが多い。
机に向かって、真剣な顔で話を聞いている姿を何度も見た。
(聖律、か……)
聖律は、女神の祝福を受けて使える力。
怪我を治したり、魔物と戦ったりもできるらしい。
父のサイラスもまた、その力を使って戦っている。
強い剣士になる為にはそれを使えなければならない。
ぎゅっと木刀を握り直す。
(僕も欲しいな……)
そんなことを考えていると、
「やっほーレオ君!」
「うわっ!?」
突然の声に肩が跳ねる。
振りかけていた木刀を慌てて止めて振り返ると、そこにはエリックが立っていた。
「あ、エリック君か……びっくりした」
息を整えながら言う。
「もうすぐリアさんの誕生日でしょ?」
「うん」
レオは木刀を軽く地面に立てて答える。
「その日、リアさん家にいるかな……」
エリックは少しだけ目を逸らしながら聞いてきた。
「いると思うよ、多分」
「そっか!」
ぱっと顔を明るくする。
「ありがとう!」
そう言うと、エリックは軽く手を振ってそのまま走っていった。
その背中を見送りながら、レオは木刀を持ち直す。
レオはまた木刀を振る。
(本とかあげるのかな……)
なんとなく予想はつく。
(同じのは、やだなぁ)
少しだけ唇を尖らせながら、再び木刀を振る。
ぶん、と振る。
そのとき――
「レオ君、毎日偉いわねぇ」
声をかけられて振り向く。
「あ、マルタおばさんこんにちは!」
少し背筋を伸ばして挨拶する。
「やっぱりお父さんを目指してるの?」
「うん!」
迷わず答える。
「お父さんみたいな剣士になるんだ!」
木刀を握る手に力が入る。
「へぇ、リアちゃんも聖職者になるって言ってるし、二人ともすごい人になりそうね」
「……あ、そういえば」
レオは思い出したように言う。
「もうすぐお姉ちゃんの誕生日なんだけど、プレゼント思いつかなくて……」
マルタは少し考えてから、にこっと笑った。
「それならレオ君、良いものがあるわよ」
「なに?」
「パンケーキっていう食べ物知ってる?」
「えー知らないよ」
首を振る。
「甘くて女の子ならみんな大好き!最近、聖都で話題なのよ」
「へぇ……」
「レオ君、それを作ってあげたら?」
「えーでも作り方わからないよ」
即答する。
マルタはくすっと笑った。
「大丈夫!私が教えてあげる!」
「ほんと?」
「リアちゃんの誕生日の日の朝、うちに来なさい」
「うん!ありがとうマルタおばさん!」
嬉しそうに頷く。
マルタは手を振りながら去っていった。
レオはその場に立ったまま、大きく息を吐く。
(よし……!)
プレゼントが決まった。
その安心感で、体が軽くなる。
その後は何も考えず、ひたすら木刀を振り続けた。
帰宅してすぐ、母に伝える。
「お姉ちゃんの誕生日の日の朝、マルタおばさんちに行くから!」
サラはレオの顔を少し見て、何かを察したように微笑む。
「分かったわ。夕方には戻ってくるのよ」
「うん!」
元気よく答えた。
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それから数日後。
今日はリアの誕生日だ。
まだ外が薄暗い時間。
「レオ、起きなさい」
サラに小さく揺らされる。
「……むにゃ……」
眠そうに目をこすりながら起き上がる。
「マルタおばさんちに行くんでしょ」
「あ……うん」
ぼんやりしたまま着替える。
水を飲み、パンをかじりながら外へ出た。
朝の空気は冷たく、少しだけ目が覚める。
そのままマルタの家へ向かう。
扉をノックする。
すぐに開いた。
「来たね、ささ入って入って」
「おはようございます……」
中に入り、言われるがままに準備を始める。
粉を混ぜる。
卵を割る。
少しこぼして慌てる。
「ゆっくりでいいのよ」
「うん……」
焼き始めると、甘い匂いが広がった。
一方その頃。
リアはゆっくりと目を覚ました。
「ん、んぅ……レオ、おはよ……」
寝ぼけた声で呼びかける。
しかし返事はない。
目をこすりながら横を見る。
レオはいなかった。
「あれ……?」
少しだけ首をかしげる。
(いつも私より遅いのに……)
あくびをしながら部屋を出る。
食卓へ向かうと、母が朝食の準備をしていた。
「おかあさーん、レオは?」
「おはようリア。レオはもう出かけたから」
「そうなんだ……」
少しだけ意外そうにする。
「それに、お誕生日おめでとう」
その言葉に、ぱっと表情が明るくなる。
「ありがとう!」
顔を洗っていたサイラスも戻ってくる。
「お、起きたかリア。誕生日おめでとう!」
「お父さんありがとう!」
リアは朝食を食べ、顔を洗い、着替える。
サイラスは剣を持ちながら言った。
「じゃあ俺は今日も魔物を倒してくるからな!夕方には戻ってみんなで祝うぞ!」
「いってらっしゃい!」
見送ったあと、サラが小さな箱を差し出す。
「リアにはこれがいいと思ったの」
「これは……?」
箱を開ける。
「ロザリオよ」
「聖職者として聖律を扱うときに使うもの」
リアはそれをそっと手に取る。
少しひんやりとした感触。
指で珠をなぞる。
「すごい……!」
顔を輝かせる。
「お母さんありがとう!」
その後も、リアはしばらくロザリオを眺め続けていた。
「リアー?お友達よー」
サラに呼ばれる。
「はーい!」
外に出ると、エリックが立っていた。
「あの……ええと……リアさん誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
「それで渡したいものがあるんだけど……」
(ええと…名前なんだっけ…)
少し考える。
(ああ、エリック君か……)
転んで泣いていたところを助けた子だ。
「これ!」
カバンから取り出したのは一冊の本だった。
「リアさん本好きだって聞いたから!」
「ええ!知ってたんだ、ありがとう!」
受け取ってページをめくる。
紙の音が静かに鳴る。
「へぇ……昔話的な感じの本なんだね」
「ウェルダン街で見つけたのを買ってきたんだ!」
「面白そう!あとでゆっくり読むね!」
「うん!感想聞かせてね!」
「分かった!」
エリックは満足そうに帰っていった。
リアは家に入り、母に見せる。
「エリック君からも誕生日お祝いしてもらえたの!」
「良かったわねぇ。その本?」
「うん。千年紀っていうらしい」
サラは少し目を細める。
「なんて書いてあるか読めないけど……古代の文字っぽいわね」
「読めるよ?」
「え?」
サラは少し驚いた顔をする。
「リアは読めるの?」
「うん」
当然のように答える。
サラは優しく頭を撫でた。
「リアは天才かもしれないわね」
「えへへ」
少し照れたように笑う。
ふと、リアは周りを見回した。
(そういえば……)
朝からずっと見ていない。
「レオ……どこ行ったんだろ」
ぽつりと呟く。
弟の姿は、まだ戻ってきていなかった。
ありがとうございました




