13話 「君の声を探して」
よろしくお願いします。
「ギルバートさん!!」
レオは喉が裂けるほどの声で叫んだ。
煙の向こう。
白銀の装束をまとった男がゆっくりと振り返る。
「……お前は……レオ……」
ギルバートの目がわずかに見開かれる。
だが、その再会を遮るように。
「ンフフフ……」
不気味な笑い声が響いた。
ギルバートの視線がゆっくりとその方向へ向く。
エスタークだった。
灰色の雲の下で、魔族は楽しそうに微笑んでいる。
「まさか剣聖が現れるとは……」
エスタークは肩をすくめる。
「少々時間をかけすぎましたかね?」
ギルバートは無言で歩き始めた。
レオは思わず息を呑む。
(戦う……!)
しかし。
ギルバートはエスタークの横を通り過ぎ、そのままレオたちのところへ来た。
「この子は……?」
「え?あ、姉です……」
「そうか」
ギルバートは優しくリアを見る。
「ここに降ろしてもいいか?」
「……はい」
ギルバートはそっとリアを地面へ横たえた。
まるで壊れ物でも扱うような優しい手つきだった。
そしてレオを見る。
「少し待ってろ」
「……はい」
ゆっくりと立ち上がる。
腰の聖剣に手をかける。
シュッ――
白銀の刃が抜かれた瞬間。
空気が変わった。
白い光。
聖なるオーラ。
それはまるで夜の闇を押し返す朝日のようだった。
レオは思わず息を呑む。
エスタークも目を細めた。
「おぉ……」
心底感心したような声。
「素晴らしい……」
その瞳が細くなる。
「この力……私の記憶にある最上位……千年前の剣聖と同等の……」
ギルバートは眉をひそめる。
「お前……千年前から生きているのか?」
「ええ、何ならそれよりもっと前からですが…」
エスタークは笑う。
「私は魔族であり魔神の眷属ですから」
ギルバートの目がわずかに揺れた。
だがすぐに冷静さを取り戻す。
「……魔神の眷属がどうやってこの国へ侵入した?」
「許可がなければ結界を通れないはずだ」
「ふふふ」
エスタークは楽しそうに笑う。
「それは言えませんね」
すると。
エスタークの持っていた黒い剣がふっと消えた。
ギルバートは眉を上げる。
「おいおい」
聖剣を肩に担ぐ。
「武器を片付けちまっていいのか?」
エスタークは涼しい顔だった。
「ええ。すでにメインの目的は達成しましたので」
笑みを浮かべる。
「私は帰還するだけですよ」
「逃がさねぇよ」
ギルバートは聖剣を真上へ掲げた。
白い光が天へ伸びる。
「ほう?…」
エスタークは興味深そうにギルバートの姿を見る。
「聖誓天斬!!」
振り下ろした。
瞬間。
空を裂くような白い閃光。
ドッガアアアアアアン!!!
凄まじい爆音。
地面が揺れる。
木々が軋む。
レオは思わず耳を塞いだ。
「うわぁっ!!」
衝撃波が吹き抜ける。
土煙が舞う。
しばらくして。
ヒュウウ……
風だけが鳴った。
煙がゆっくりと晴れていく。
レオは目を凝らした。
(エスタークは……!?)
少しずつ見えてくる。
しかし。
「……いない……」
そこには誰もいなかった。
ギルバートは舌打ちする。
「チッ……」
聖剣を収める。
「逃げ足の早いやつめ……」
そしてレオの元へ歩いてきた。
「レオ……大丈夫か?」
その声を聞いた瞬間だった。
張り詰めていたものが切れた。
もう限界だった。
レオはその場へへたり込んだ。
「……あ……」
「お、おい」
ギルバートが慌てる。
「大丈夫かよ」
ぽつ。
雨粒が落ちた。
ぽつ。
ぽつ。
やがて雨が降り始める。
ギルバートは空を見上げた。
「こんな時に雨かよ……」
すると遠くから。
「ギルバートさぁーーん!!」
声が聞こえた。
白い鎧をまとった兵士たちが駆けてくる。
「ギルバートさん!! 一人で突っ込んで行ったら危ないですって!」
「そんなことはどうでもいい」
「お前ら! 村人の救助をしろ!!」
ギルバートは兵士に指示する。
「はっ!!」
兵士たちは敬礼し、すぐ村へ走っていった。
レオは小さく呟く。
「あの……ありがとうございます……」
ギルバートは笑った。
「なぁに。いいってことよ」
雨はさらに強くなる。
「とりあえずレオ」
「はい……」
「あそこの馬車まで歩けるか?」
「はい……あの……」
「ああ」
ギルバートはリアを抱き上げる。
「お前の姉は任せろ」
「……ありがとうございます」
馬車へ向かう。
荷台にリアを寝かせる。
レオも乗り込んだ。
ギルバートは村を見る。
「とりあえず状況を確認できてから出るか」
しばらく沈黙。
雨音だけが響く。
レオが小さく聞いた。
「あの……」
「村は……もう元に戻らないんですか?」
ギルバートは頭をかく。
「あー……」
困ったような顔。
「分からんな」
「……そうですか」
再び沈黙。
その時。
「……うぅ……」
リアが目を開けた。
「お姉ちゃん!」
レオが駆け寄る。
「レ、レオ……」
「うん!」
「どうなったの……?」
「ギルバートさんが助けてくれたんだよ!」
「レオ?」
「なに?」
「今どうなってるの?」
「あ、ええと……」
レオは説明する。
「ギルバートさんっていう剣聖って呼ばれてる強い人が助けてくれたんだ」
「レオ?」
「なに?」
「レオどこ?」
レオは固まった。
リアはまっすぐ前を見ている。
しかし。
目が合わない。
「お姉ちゃん……?」
「レオどこ?」
「僕はここだよ?」
「……どこ?」
「だからここに――」
リアの顔が青ざめる。
「真っ暗だよ……」
震え始める。
「ねぇ……レオ……」
涙が零れる。
「怖いよぉ……!」
「お姉ちゃん!?」
「しっかりして!!」
ギルバートも眉をひそめる。
「おいおい……どうなってるんだよ……」
リアは震える。
「レオ!!」
涙が溢れる。
「何も聞こえないよ!!」
レオは息を呑む。
「何も見えないの!!」
ギルバートも目を見開く。
「何も……ないの!!」
リアは叫んだ。
「私は今どうなってるの!?」
泣きながら空を探す。
「ねぇ!!」
「お父さん!!」
「お母さん!!」
「誰か!!」
「嫌だよぉ!!」
レオも叫ぶ。
「お姉ちゃん!!」
「僕はここだよ!!」
「どうしたの!?」
しかし。
リアの目はどこも見ていない。
「レオ!!」
「嫌だ!!」
「嫌だよ!!」
「一人にしないで!!」
暴れ始める。
ガツン!
「痛っ!!」
腕がレオに当たった。
ギルバートが立ち上がる。
「レオ!」
「一旦寝かせるぞ!」
トン。
首の後ろへ手刀。
リアの身体から力が抜ける。
そのまま再び眠りについた。
レオは頬を押さえる。
「いてて……」
そして静かにリアを見つめた。
「お姉ちゃん……」
「どうなってるの……」
返事はない。
ただ。
強い雨だけが降っていた。
まるで吐き出し切れなかった想いが、空に溢れてしまったかのように
ありがとうございました。




