↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

14話「喪われた村」

最近なぜか涼しいですね。

よろしくお願いします。


降り続く雨は、夜が明けても止まなかった。


 空は厚い灰色の雲に覆われ、朝になったというのに辺りは薄暗い。


 遠く、村の方角からは今もなお薄い煙が立ち上っている。


 レオは馬車の荷台の上で、眠ったままのリアの手を握っていた。


 冷たい。


 いつもなら、優しく握り返してくれるはずのその手は、今は力なくそこにあるだけだった。


 レオは何度も、その手を握り直す。


 まるで、そうしていればリアが目を覚ましてくれるような気がした。


 だが、リアは目を覚まさない。


 その隣では、白い法衣を纏った聖職者が静かにリアの身体を調べていた。


 何度かリアの額に手を当て、身体の状態を確認する。


 そして、しばらくすると。


 聖職者はゆっくりと顔を上げた。


「これは……」


 その声に、レオの喉が鳴る。


「お姉ちゃんは……?」


 聖職者はすぐには答えなかった。


 苦い表情を浮かべ、リアへ視線を戻す。


 そして、静かに口を開いた。


「何らかの魔法に侵されています」


「……え?」


 レオの顔から血の気が引いた。


 隣にいたギルバートも眉をひそめる。


「魔法に侵されてるって、どういうことだ?」


「私にも詳しいことまでは分かりません。しかし……」


 聖職者は言葉を選ぶように、一度間を置いた。


「身体そのものというより、感覚や精神に作用する類の魔法かと」


 聖職者は悔しそうに目を伏せる。


「ですので……私の上位聖律、『聖なる回復』では癒せません」


「お力になれず、申し訳ありません」


 その言葉を聞いた瞬間、レオは慌ててリアへ視線を向けた。


「お姉ちゃん…」


 リアは静かに眠っている。


 一見すれば、ただ眠っているだけにしか見えない。


 けれど。


 レオの脳裏からは、先ほどの光景が離れなかった。


 泣き叫び、怯え、取り乱していたリア。


 あの姿を思い出すだけで、胸が締めつけられる。


「お姉ちゃんは……」


 震える声が漏れる。


「どうやったら……助かりますか……?」


 聖職者は答えなかった。


 ただ、そっとギルバートへ視線を向ける。


 その視線を受けたギルバートは腕を組み、しばらく考え込んだ。


「うーむ……」


 頭を掻く。


「俺も魔法にはあまり詳しくねぇんだよな」


「ギルバートさんでも……?」


「ああ」


 ギルバートは少し視線を落とした。


 そして、悔しそうに口を開く。


「俺も……力になれそうにない」


「……すまない」


 その言葉に、レオは唇を噛みしめた。


 まただ。


 また何もできない。


 目の前で苦しんでいるリアを、助けることができない。


 それが悔しくて、拳を強く握りしめる。


 そんなレオを見て、ギルバートは静かに口を開いた。


「だがな、レオ」


「……?」


「この世界には、物知りな奴がたくさんいる」


 レオが顔を上げる。


「だから、どこかに知ってる奴がいるかもしれない」


「……!」


「だから聖都で聞くんだ、レオ」


 その言葉に、レオの瞳がわずかに揺れた。


 聖都。


 そこへ行けば。


 もしかしたら、リアを助ける方法を知っている人がいるかもしれない。


 今は、その可能性に賭けるしかなかった。


「だったら!」


 レオは勢いよく立ち上がった。


「早く聞きに行きたいです!」


「まぁ待て」


 ギルバートがレオの肩を押さえる。


「でも!」


「村を調査しに行った奴らが、もうすぐ戻ってくる」


 レオは唇を噛んだ。


 今すぐ動きたい。


 リアを助けたい。


 一刻も早く、助ける方法を見つけたい。


 だが。


 何も分からない。


 今は、待つしかなかった。


 そして、数刻後。


 遠くから、鎧の擦れる音が聞こえてきた。


 調査へ向かった兵士たちだった。


 だが。


 戻ってきた兵士たちの表情は、重く沈んでいた。


 それを見たギルバートは、胸の奥に嫌な予感を覚える。


「どうだった」


 ギルバートが尋ねる。


 兵士は言いづらそうに口を開いた。


「それが……」


「言え」


「村人が……いません」


「……何?」


 ギルバートの目が見開かれる。


「死体もありません」


「血痕も、ほとんどありません」


「……何だと?」


 その言葉に、レオも立ち上がった。


「え……?」


 声が震える。


「お父さんとお母さんは?」


 兵士は答えられない。


「ダンさんは?」


「マルタおばさんは?」


「エリック君は?」


「オルセン村長は……?」


 レオは次々と名前を口にする。


 だが、兵士は何も答えられない。


 そして。


 ゆっくりと首を横に振った。


「いや……誰も居なかった」


 その言葉に、場が静まり返る。


 雨音だけが、絶え間なく響いていた。


 ギルバートは腕を組み、考え込む。


(村人が……連れ去られた……?)


 ここ数ヶ月、エリュシオン全土で増えていた事件が脳裏をよぎる。


(依頼人不明の人身売買……)


(まさか……)


(あれの正体は……奴らか……?)


 ギルバートの表情が険しくなる。


 その横で、レオは拳を握りしめていた。


「全部……」


 震える声。


「全部……あいつ……エスタークのせいですか……?」


 その名前を聞いた瞬間。


 ギルバートの表情が変わった。


「待て……今、何と言った?」


「え……?」


「エスターク……?」


「はい……」


 ギルバートは黙り込んだ。


(おいおい……)


(世界理の十傑だと……?)


(そんな奴が、こんな辺境の村に……?)


 驚きはした。


 だが、それを表情には出さない。


「そうだな」


 ギルバートは空を見上げた。


 灰色の雲が、どこまでも広がっている。


「奴のせいではある」


「……」


 そして。


「その裏には、魔神がいる」


「魔神……」


 レオが呟く。


「今は力を失って、どこかに潜んでいると言われているが……」


 ギルバートは目を細める。


(魔神の眷属が動き出した)


(ということは……)


(魔神が何かを命じたのか……?)


 だが。


 もう一つ、引っかかることがある。


(何故この国へ侵入できた?)


(魔族が許可も無しに結界を潜り抜け、この国へ侵入する事などあり得ない……)


 嫌な予感が胸をよぎる。


 その一方で。


 レオは俯いていた。


 震える拳。


 強く握りしめた爪が、掌へ食い込んでいく。


 もっと強ければ。


 もっと早く、強くなれていたら。


 父の横に並んで、みんなを助けられたかもしれない。


 母を守れたかもしれない。


 リアを、こんな目に遭わせなかったかもしれない。


「くそっ……」


 ぽつりと漏れる。


「お父さん……」


 唇が震える。


「お母さん……」


「みんな……」


 拳が、さらに強く握られる。


 何もできなかった自分が。


 ただ、悔しかった。


 そして。


 レオはゆっくりと顔を上げた。


 その目には、もう涙はない。


「僕が……」


 静かな声で。


 レオは一度、言葉を止める。


「いや……」


 少年は剣の柄を握った。


「俺が……」


 誰に聞かせるわけでもない。


 自分自身へ誓うように。


「俺がみんなを見つけて……お姉ちゃんを助ける」


 その言葉を聞き、ギルバートは静かにレオを見つめた。


 つい昨日まで、村を駆け回っていた少年。


 父に褒められて、嬉しそうに笑っていた少年。


 その瞳の奥には、もう子供ではない決意が宿っていた。


 灰色の空の下。


 降り続く雨の中。


 レオ・バレットは、前へ進むことを決めたのだった。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。