14話「喪われた村」
最近なぜか涼しいですね。
よろしくお願いします。
降り続く雨は、夜が明けても止まなかった。
空は厚い灰色の雲に覆われ、朝になったというのに辺りは薄暗い。
遠く、村の方角からは今もなお薄い煙が立ち上っている。
レオは馬車の荷台の上で、眠ったままのリアの手を握っていた。
冷たい。
いつもなら、優しく握り返してくれるはずのその手は、今は力なくそこにあるだけだった。
レオは何度も、その手を握り直す。
まるで、そうしていればリアが目を覚ましてくれるような気がした。
だが、リアは目を覚まさない。
その隣では、白い法衣を纏った聖職者が静かにリアの身体を調べていた。
何度かリアの額に手を当て、身体の状態を確認する。
そして、しばらくすると。
聖職者はゆっくりと顔を上げた。
「これは……」
その声に、レオの喉が鳴る。
「お姉ちゃんは……?」
聖職者はすぐには答えなかった。
苦い表情を浮かべ、リアへ視線を戻す。
そして、静かに口を開いた。
「何らかの魔法に侵されています」
「……え?」
レオの顔から血の気が引いた。
隣にいたギルバートも眉をひそめる。
「魔法に侵されてるって、どういうことだ?」
「私にも詳しいことまでは分かりません。しかし……」
聖職者は言葉を選ぶように、一度間を置いた。
「身体そのものというより、感覚や精神に作用する類の魔法かと」
聖職者は悔しそうに目を伏せる。
「ですので……私の上位聖律、『聖なる回復』では癒せません」
「お力になれず、申し訳ありません」
その言葉を聞いた瞬間、レオは慌ててリアへ視線を向けた。
「お姉ちゃん…」
リアは静かに眠っている。
一見すれば、ただ眠っているだけにしか見えない。
けれど。
レオの脳裏からは、先ほどの光景が離れなかった。
泣き叫び、怯え、取り乱していたリア。
あの姿を思い出すだけで、胸が締めつけられる。
「お姉ちゃんは……」
震える声が漏れる。
「どうやったら……助かりますか……?」
聖職者は答えなかった。
ただ、そっとギルバートへ視線を向ける。
その視線を受けたギルバートは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「うーむ……」
頭を掻く。
「俺も魔法にはあまり詳しくねぇんだよな」
「ギルバートさんでも……?」
「ああ」
ギルバートは少し視線を落とした。
そして、悔しそうに口を開く。
「俺も……力になれそうにない」
「……すまない」
その言葉に、レオは唇を噛みしめた。
まただ。
また何もできない。
目の前で苦しんでいるリアを、助けることができない。
それが悔しくて、拳を強く握りしめる。
そんなレオを見て、ギルバートは静かに口を開いた。
「だがな、レオ」
「……?」
「この世界には、物知りな奴がたくさんいる」
レオが顔を上げる。
「だから、どこかに知ってる奴がいるかもしれない」
「……!」
「だから聖都で聞くんだ、レオ」
その言葉に、レオの瞳がわずかに揺れた。
聖都。
そこへ行けば。
もしかしたら、リアを助ける方法を知っている人がいるかもしれない。
今は、その可能性に賭けるしかなかった。
「だったら!」
レオは勢いよく立ち上がった。
「早く聞きに行きたいです!」
「まぁ待て」
ギルバートがレオの肩を押さえる。
「でも!」
「村を調査しに行った奴らが、もうすぐ戻ってくる」
レオは唇を噛んだ。
今すぐ動きたい。
リアを助けたい。
一刻も早く、助ける方法を見つけたい。
だが。
何も分からない。
今は、待つしかなかった。
そして、数刻後。
遠くから、鎧の擦れる音が聞こえてきた。
調査へ向かった兵士たちだった。
だが。
戻ってきた兵士たちの表情は、重く沈んでいた。
それを見たギルバートは、胸の奥に嫌な予感を覚える。
「どうだった」
ギルバートが尋ねる。
兵士は言いづらそうに口を開いた。
「それが……」
「言え」
「村人が……いません」
「……何?」
ギルバートの目が見開かれる。
「死体もありません」
「血痕も、ほとんどありません」
「……何だと?」
その言葉に、レオも立ち上がった。
「え……?」
声が震える。
「お父さんとお母さんは?」
兵士は答えられない。
「ダンさんは?」
「マルタおばさんは?」
「エリック君は?」
「オルセン村長は……?」
レオは次々と名前を口にする。
だが、兵士は何も答えられない。
そして。
ゆっくりと首を横に振った。
「いや……誰も居なかった」
その言葉に、場が静まり返る。
雨音だけが、絶え間なく響いていた。
ギルバートは腕を組み、考え込む。
(村人が……連れ去られた……?)
ここ数ヶ月、エリュシオン全土で増えていた事件が脳裏をよぎる。
(依頼人不明の人身売買……)
(まさか……)
(あれの正体は……奴らか……?)
ギルバートの表情が険しくなる。
その横で、レオは拳を握りしめていた。
「全部……」
震える声。
「全部……あいつ……エスタークのせいですか……?」
その名前を聞いた瞬間。
ギルバートの表情が変わった。
「待て……今、何と言った?」
「え……?」
「エスターク……?」
「はい……」
ギルバートは黙り込んだ。
(おいおい……)
(世界理の十傑だと……?)
(そんな奴が、こんな辺境の村に……?)
驚きはした。
だが、それを表情には出さない。
「そうだな」
ギルバートは空を見上げた。
灰色の雲が、どこまでも広がっている。
「奴のせいではある」
「……」
そして。
「その裏には、魔神がいる」
「魔神……」
レオが呟く。
「今は力を失って、どこかに潜んでいると言われているが……」
ギルバートは目を細める。
(魔神の眷属が動き出した)
(ということは……)
(魔神が何かを命じたのか……?)
だが。
もう一つ、引っかかることがある。
(何故この国へ侵入できた?)
(魔族が許可も無しに結界を潜り抜け、この国へ侵入する事などあり得ない……)
嫌な予感が胸をよぎる。
その一方で。
レオは俯いていた。
震える拳。
強く握りしめた爪が、掌へ食い込んでいく。
もっと強ければ。
もっと早く、強くなれていたら。
父の横に並んで、みんなを助けられたかもしれない。
母を守れたかもしれない。
リアを、こんな目に遭わせなかったかもしれない。
「くそっ……」
ぽつりと漏れる。
「お父さん……」
唇が震える。
「お母さん……」
「みんな……」
拳が、さらに強く握られる。
何もできなかった自分が。
ただ、悔しかった。
そして。
レオはゆっくりと顔を上げた。
その目には、もう涙はない。
「僕が……」
静かな声で。
レオは一度、言葉を止める。
「いや……」
少年は剣の柄を握った。
「俺が……」
誰に聞かせるわけでもない。
自分自身へ誓うように。
「俺がみんなを見つけて……お姉ちゃんを助ける」
その言葉を聞き、ギルバートは静かにレオを見つめた。
つい昨日まで、村を駆け回っていた少年。
父に褒められて、嬉しそうに笑っていた少年。
その瞳の奥には、もう子供ではない決意が宿っていた。
灰色の空の下。
降り続く雨の中。
レオ・バレットは、前へ進むことを決めたのだった。
ありがとうございました。




