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送者  作者: 桜刄
1章 生き残った少女
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3


 窓掛けの隙間から差し込む柔らかな陽光とともに、淡い風が少女の亜麻色の髪を優しく撫でていく。傭兵はこの時間の暖かさに負け、肘置きに頬杖をついたまま灰色の髪を揺らしていたが、深く落ちる一歩手前で意識を現実へ戻した。寝ている少女をぼんやりしたまま見やると、傭兵の眠気は完全に消え失せる。

「きれい……」

 傭兵を見つめる、薄い青緑の大きな瞳。そっと口ずさまれた少女のかすれた声。

 視線が合う。少女ははっとして口を手で覆い隠す。右手を動かしたせいか、顔を少しゆがめた。

「動かさない方がいい。怪我をしている」

 少女は自分の右の手首に包帯が巻かれていることに気づく。そっと触れてみたり、忠告を無視して動かしてみたりした結果は当然。

「いたい……」

「……」

 思ったよりもひどく痛んだのか、布団に顔を埋めてしまった少女を黙って見下ろした後、寝台のそばまで椅子を寄せた。

 おそるおそる顔をのぞかせて出てきた少女の額を触る。熱もしっかり下がっていそうだ。

「君、名前は」

 額から手が離れ、固く閉じられた目が開く。

「ソルナ、です」

 傭兵はその名前が手記に記された名前と一致したことを密かに安堵する。

「私は傭兵だ。君が倒れてしまったから、ここに連れてきた」

「倒れて……」

 少女はまばたきを数回した後、短く声を漏らした。

「あのとき、助けてくれた、人?」

「そうなる」

 傭兵が首を縦に振ると、少女の口元が柔らかく緩んだ。

「ありがとうございます、助けてくれて」

 弧を描く瞳から目をそらし、小さく「あぁ」と口先でつぶやく。

「しばらくは安静だ。怪我もだが、熱も出ていたから」

「はい」

 少女がうなずいた途端、窓から入る風が一等強くなった。傭兵が振り向こうとする直前で頭に手を置かれ、唐突に現れる気配に体がかすかにひくつく。甘くすっとした葉煙草の匂いがふわりと漂う。

「よォ、起きたかお嬢さん」

 にやりと口角をつり上げる男の横顔は見るからに悪人面で、少女の瞳をさらに丸くするのに十分だった。

「エヴァーツ」

 傭兵は男の瞳を手で覆いながら、たしなめるように男の名前を呼んだ。目を隠したはずだが、男の視線が傭兵の方を向いたのを感じる。

「あ? 誰が悪人面だ」

「何も言っていないだろう」

 ため息をついて、未だに体を引いたままの少女へ口を開く。

「驚かせた。この目つきの悪い男はこの家の主だ。悪人面だが悪いやつ……だ」

「否定する流れだったよなァ、今」

「嘘はよくない」

 エヴァーツは舌打ちをして傭兵の腕をひっつかみ、視界を遮る手をどけようとする。どかせまいと力を入れつつ、小声で反発する。

「怖がっていたのを見なかったのか」

「目隠しして過ごせって? 俺の住処だぞここ」

「なら目つきと笑い方をどうにかしてくれ」

「無表情のお前が言えたことじゃねェだろうがよ」

 少女を余所に言い合っていると、寝台の方からくすくすと笑う声が聞こえる。

「ふたりとも、なかよしなんですね」

「「え」」

 傭兵とエヴァーツは動きをぴたりと止めて少女を見る。少女は傭兵の手の隙間からのぞく銀色の目をしっかりと捉えていた。

「お兄さん、ごめんなさい。急に出てきたように見えてびっくりしただけで」

「んや、俺も悪かった。昔からの癖でな」

 固まったままの傭兵の腕を軽々と押し下げ、寝ている少女と目の高さをそろえるように寝台の横にしゃがんだ。

「俺はエヴァーツってんだ。お兄さんっていう年齢じゃねェし、名前で頼む」

「わたし、ソルナです。よろしくお願いします、エヴァーツ……さん」

 エヴァーツは少女が付け足した言葉を聞いた後、目尻にしわを寄せて軽やかに笑った。

「俺たちとは楽にしゃべってくれていい。誰も気にしねェし」

 な?と傭兵に話しかける。急に振られた傭兵がたどたどしくうなずくと、少女は二人の顔を交互に見て、顔を布団の端に少し埋める。

「……うん、わかった」

 小さくくぐもった声。エヴァーツは少女の髪を優しく撫でた。

「さて。目が覚めてすぐだが、お腹は空いているか。ソルナ」

「たぶん?」

「良し。じゃあ作ってくるからよ。ちょっとこの〈名無……傭兵さん借りていいか?」

「うん」

 少女がにこやかにうなずくのを確認したエヴァーツは、傭兵の方へ向き直る。

 先ほどまで少女に向けていた優しい目つきは、どうやら寝台の上に転がってしまったらしかった。


 部屋の扉を閉めると、即座に酒場中へ魔法が張り巡らされた。エヴァーツが内密な話をするときに使う常套手段だ。

「妙に落ち着いてんな、あのガキ」

 声を抑えることなく話し始めたエヴァーツは、緩く結われた黒髪を乱すように掻く。

「お前、あれどこで拾ってきたんだっけ」

「村はずれの森の中だ」

「じゃあ村が滅んでんのは知らねェかもなァ」

「おそらくは」

 あの小屋があった場所は村からはかなり離れていた。どういう経緯であそこに少女だけがいたのかは傭兵の知るところではなかったが、あの辺りには少女と巨漢以外いなかった。知る機会があるなら巨漢から聞くしかない。

 エヴァーツは自分で乱した髪を結い直しながら、酒場の仕切りの奥に入っていった。

「まァ熱も高かったし、記憶が混濁しているってのもあり得るからなんともか。……しばらく様子見だな。交互で見られそうか」

「私が見るからいい」

「頼むから少しは寝てくれ」

 げんなりとした声が耳に入る。傭兵は少女のいる部屋を一瞥し、ゆるく息をついた。



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