果てに、その先へ
断章 果てに、その先へ
テラは病床に伏していた。窓際のベッドに身を預け、その紫の瞳で衛生的な白い壁をボーッと眺めていた。
その身は制服ではなく、水色の病衣に包まれている。
傷ついた箇所には痛々しく包帯が巻かれ、抜けた羽根は再び生え変わるのを待っていた。満身創痍ではあったが、肌の気色は悪くなさそうだった。
そんな彼女の横のテーブルには見舞いの花々や沢山の果実、手紙が並べられていた。そこから多くの見舞客が来訪したことがわかる。
コンコンコン。聞き慣れた三回のノックが響く。テラはそれだけで誰が来たかわかった。静かに扉が開き、ひとりの背が高い女性が入ってくる。
アヴィスだった。彼女は細腕に黄色やオレンジ、ピンクなどの花で彩られた見舞いの花束を抱えている。入院中にアヴィスが訪れたのは初めてだった。
「やぁやぁテラ君。改めて、おかえり。酷くやられたねぇ」
「アヴィスさん……ただいまです」
「ふむ。何か言いたげだねテラ君」
「はい……全て『ドミヌス陛下』と『鳥の魔女』から聞きました。アヴィスさんがお父さんお母さんを繋いで、私に翼を与えてくださったんですね」
「おや、随分と口が軽い女帝と魔女だこと。秘密にして、墓場まで持って行こうと思っていたのに」
「そんな大事なこと秘密にしないでくださいよ……もっと早く知りたかったです」
テラは少しばかりの怒りをアヴィスに向けた。対し、アヴィスはのらりくらりとした態度を取った。
アヴィスはテラの横にあった丸椅子に腰を下ろす。それから手を組んで、物寂し気な口調で言う。
「私は人の『想い』を運ぶのが大好きだった。配達員として、あちこちに手紙を運んだよ。依頼されたものは全部ね。だから君のお父さんから受け取った手紙も、貴族だった君のお母さんの元に運んだんだ。帝国では違法だと知りながらね。最初は城に不法侵入して、お母さんの寝室にまで入り込んだものだよ。悲鳴をあげられたときは死を確信したがね」
「……意外とワルなんですね、アヴィスさんって」
「そうとも。悪いことはひとしきりやったからねぇ。ときには衛兵と格闘戦まで繰り広げて手紙を渡しに行ったり。まぁ、昔はそこまでしてでも『想い』に執着していたから」
「……そしてその『想い』は、私に引き継がれている、と」
アヴィスは目を細めてふと笑った。
「そうさ。だから君に翼を託した。そうすれば、テラ君が私の『想い』を引き継いでくれるだろうと勝手に思ってたんだ」
「それで、私を選んでくれたんですね」
「そうとも。生まれたばかりのテラ君に翼がないことを偶然知って、しかも刑に処されて翼を切られたから、授けることにした。鳥の魔女に頼んでね。でも君はこうして私の願いを叶えてくれている。まるで私自身が飛んでいるようだよ。その事実だけでも私は満足さ。悔恨はないよ」
「アヴィスさん……本当にありがとうございました。私は、アヴィスさんがいなければ生まれてこなかったし、一生空を飛ぶことを知らなかったと思います」
「うん。これからもその翼で沢山の『想い』を運んでくれたまえよ」
アヴィスはそう言うとようやく喜色を見せて微笑んだ。その目尻には涙が溜まっていた。
テラはそんな彼女に顔を綻ばせて微笑み返した。涙を、浮かべながら。




