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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第十章 天空の宮殿を越えて、王都へ
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朝焼けの帰郷

 テラは飛んだ。脇目もふらずに、ウルドを目指して。


 しかし、すぐに強烈な突風に煽られて地面に激突した。岩場に顔から叩きつけられて、額が割れた。

 数秒動かなくなったが、むくりと体を起こすと、再び羽ばたき始める。

 だがやっとの思いで飛んでも、乱気流に阻害されて錐揉みしながら再び落下する。

 岩稜に打ちつけられたテラは荒く呼吸をしていた。羽根も血も飛び散る。口端から血潮を流した。

 気持ちばかりが先行して、体がついてこない。


「あ、はは……」


 そんな自分の姿を見てテラは自嘲する。自分はアストラのように華麗に飛ぶことなんてできない。泥臭く、地面に這いつくばってでも進むしかないのだ。

 浮かんだ涙を袖で拭って、テラは力を振り絞って立ち上がる。カエルムが作り出してくれた時間を無駄にはできない。

 そう思っては体を起こして、また空へと戻る。

 今度は、下降流のせいで再び乱暴に岩肌に叩きつけられた。失神寸前だったが、血痰(けったん)を吐き、ただ『想い』に導かれるようにしてテラは不屈の精神で起き上がる。そして山脈を越えるためにまた飛躍した。

 それでも。テラは自分の体に鞭を打って飛び続けた。


 ――もう、どれくらい飛んだかわからない。


 制服は破け、肌の至るところから血が流れ、羽根の大部分を失った状態で羽ばたき、針路が定まっていないかのようにふらふらと飛んでいた。

 逆立った羽根が逆に抵抗となって重い。ひゅうひゅうと不満そうな音を奏でている。

 歪な軌跡を描きながらもテラは飛ぶ。

 だが、テラの紫色の瞳に灯った意志は消えていなかった。彼女は色んな人の『想い』を届けるために、必死になっていた。

 

 星々が瞬く暗黒の夜空が、徐々に明らみ始める。昇り始めた太陽光に照らされて、静かに色鮮やかなテラの故郷、ウルドが姿を現した。


「ウルド、だ……帰ってきたんだ……」


 テラは輝きを取り戻した瞳でウルドを目指して飛ぶ。飛んでいること自体が奇跡なほど、もう全身はボロボロだった。

 彼女は本能的な何かに引きずられるようにして、地上を目がけて滑り落ちていく。王都の城壁が近づきつつあった。 

 着地はあまりにも不格好だった。半ば墜落するように落ち、前転するように転がり、大の字になって地面に倒れ込む。彼女は虚ろな目で天球を見上げる。


「私、生き抜いたよ……」


 テラの双眸(そうぼう)から涙が零れ落ちる。情景が走馬灯のように脳裏を流れる。

 旅の喜びも、旅の辛さも、旅の生き甲斐も、旅の悲しさも。テラは全てを知った。

 翼人として、何より人間として。彼女はこの旅で成長を遂げることができたのだった。

 だから泣いた。これまでの自分に別れを告げて、涙した。仲間との別れと、自分の出自に哀哭(あいこく)した。涙はとめどなく流れ落ち、彼女の頬を伝って大地を濡らした。

 しかし、テラは歯を食いしばって、真剣な顔でもう一度立ち上がる。

 

 ――まだやることが残っていた。

 

 心配した通行人や衛兵たちの視線を避けながら、テラは足を引きずりながら徒歩で正門通りへと向かう。

 そして、母親のフォルマと仲違いしてしまった占い師、エリカの家へとたどり着いた。エリカは家の前の花壇に水を撒いているところだった。

 テラの顔を見るやいなやギョッとした顔をする。血みどろの少女が立っていたからだ。


「て、テラ!? その怪我、どうしたの!?」

「ちょっと、色々とありまして……それより、エリカさんのお母さん・フォルマさんからお手紙を預かってます。どうぞ!」

「あんた、帝都からわざわざ……そんな怪我を負ってまで……」


 なぜかエリカは泣きそうな顔になりながら、手紙を受け取る。そして片手でテラの獣耳を撫で、魔法で止血をしてくれた。テラを温かいものが包み、彼女は気持ちよさそうに目を閉じる。


「……フォルマさん、エリカさんのこと心配していましたよ」

「あー。だよね……手紙にも書いてあるわ。謝罪っぽいことも書いてあるけど、ほとんどお説教だね。さすがお母さん。ははは!」

「凄く、気に病んでいたみたいで……」

「うん、そうみたいね。でも、やっぱりお母さんはお母さんだ。どこにいても、真面目に生きていきなさいって」

「真面目に生きる……大事ですね。私も今回の旅でそれを思いました」

「テラ、ありがとう。私とお母さんの『想い』を繋いでくれて!」

「――はい!」


 テラは満面の笑みを浮かべると、目を閉じてエリカの元を後にする。


 その後テラは、少年プエルの彼女・シトラスのところへと向かった。


「まあ、そんなにボロボロになりながら……私たちの『想い』を運んでくださったんですね」

「実はこのブレスレット、途中で盗まれて一悶着あったんですよ」

「そんなことまで解決してくれたんですね……ああ、本当に綺麗なブレスレットだわ……」

「プエルさんも仕事を頑張って、手に入れたみたいです」

「……私、本当に彼のことを愛してるんです。だから、近いうちに、結婚を申し込みたいと思ってるんです。もしそのときは、テラさんに手紙を託してもいいですか?」

「そんな……願ってもいないお話です! ぜひ私に橋渡し役をさせてください!」

「ええ! お願いします!」


 テラはアヴィスと両親の関係を重ねて、嬉しく思った。

 自分も誰かの恋慕(れんぼ)を紡ぐことになるなんて、ウルドを立つまでは一切思わなかったからだ。


 それからテラは、脚を引きずりながらウルドを渡り歩いた。

 弟を喪ったニックスの手紙を孫に届け、大衆酒場のインディに姉ヘレナの手紙を届けた。彼はまた泣いていた。やっぱり姉が結婚することが相当嬉しかったらしい。

 次に、テラは親書を王城に届けた。本来なら『使者』として丁重にもてなされるようだったが、余りにも汚い見た目なので王との謁見と、もてなしは辞退した。

 だが、その親書は確かに王の手に届いたようである。女帝ドミヌスとの約束はきちんと果たした。


「はぁ、はぁ、はぁ……血が、足りなくなってるのかな……苦しい……」

 テラは荒く呼吸し、壁に寄りかかりながら中央市場を目指す。視界はぼやけ、足元がおぼつかない。激しい頭痛と、翼のつけ根を刺す鋭い痛みに苦悶の表情を浮かべた。

 それでも、『想い』を届けるために一生懸命に歩いた。市場に向けて。


 ――いた。セミタが。八百屋の屋台の向こうに。


「セミタさん……ギオン村のサリアさんから、お手紙です」

「テラちゃん!? どうしたのよその怪我! 早く病院に……」

「いえ、大丈夫です! あとで行きますから。今は、この手紙を受け取ってください! サリアさんの『想い』を!」


 いつもはないテラの凄味に、セミタは思わず思いとどまる。そして、震える手で白い封筒を受け取った。ペーパーナイフを滑らせ、中の便箋を取り出す。

 そしてそれを――サリアの遺書を――読んで大粒の涙を流し、声を震わせた。そして声をあげて悲しみを暴露した。


「ああ、なんてバカな姉だこと……! 『ここで朽ち果てても悔いはない』だなんて、そんなの自分勝手よ! 残された私たちはどうなるのよ!」

「……サリアさんは、『生き残る』のではなくて『生き抜く』ことを選びました」

「テラちゃんは、姉の最期に立ち会ったの?」

「……恐らくは。ゴブリンが攻めてきたときにサリアさんが逃がしてくれたので、最後まで見届けることはできなかったんですけど」

「そう……最後にテラちゃんみたいな『いい子』が傍にいてくれたのなら、少しは心が安らいだかしら……」

「……はい。サリアさんにも最後に『いい子』に出会えてよかったと言われました」

「そう、よね。テラちゃんは本当に偉い子だもの。こんなにボロボロになっても、手紙を届けてくれるんだもの」

「……でもこう見えて私、結構やんちゃしてるかもしれませんよ? 『悪い子』かもしれません」

「こんなになるまで一生懸命に配達する子が、『悪い子』のはずないわよ! でも、本当にありがとうテラちゃん。『想い』を届けてくれて! さ、早く病院に行きなさい!」

「はい! ……でも悪い子の私は、病院行く前にもう一ヵ所寄り道していくんですけど!」


 テラはそこで、最後の力を振り絞って空へと飛び上がった。

 翼は金属のように重たく、羽ばたきバランスを保つたびに体が痛む。もう制御不能寸前だった。旋回はおろか、真っ直ぐ飛ぶことすら叶わない。

 それでも、あと少しだけ。あと少しだけは、飛ぶことを許して欲しいと彼女は願った。

 青空を背に飛んでいたテラは、目的の場所を見つける。見慣れた赤レンガの建屋、鉄柵に囲まれたその屋上。テラの実家だった。


 ――そして、そこに立つ三つの影が見え始める。


 テラはその影たちに向かって、半ば墜落するように、屋上へと落ちる。着地する際に足がよれてバランスを崩し、レンガに倒れ込んだ。

 三人の影は、そんな彼女を強く、強く抱きとめてくれた。


「テラ! テラぁっ! 本当に、本当に良かったですわ!」

「よく帰ってきたね、テラ! 生きててくれて、ありがとう!」

「君ならやり遂げてくれると思っていたよ、テラ君!」


 両親とアヴィスの三人が、傷つき困憊(こんぱい)したテラを出迎えてくれた。きっとアヴィスの能力で彼女の帰郷を悟り、迎えに出てくれたのだろう。

 テラは血まみれの顔をみんなの胸元にうずめて、ようやくそこで、自分が無事にウルドへ帰ってきたことを理解した。

 そして荒く息をしながら、全てを吐露するように、かすれた声で言う。


「……ただいま。お父さん、お母さん、アヴィスさん。みんなのことは、全部『ドミヌス陛下』と『鳥の魔女』から聞いたよ」


 三人はテラを抱いたまま、少しばかり神妙な顔をする。

 でも、次のテラの言葉を聞いて、救われた顔をした。


「――私を生んでくれて、私を育ててくれて、私に『想い』を託してくれて、本当にありがとう!」


 テラは、最後に自分自身の『想い』を運んだ。両親と、アヴィスに。

 そこで、堰を切ったようにテラの双眸から真珠色の涙が零れ落ちる。

 誰が傍にいても構わない。様々な『想い』の波に耐えられなくなって、彼女は泣き叫んだ。深く、慟哭した。


 ――少女テラの冒険譚は、ここで幕を閉じたのだった。

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