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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第十章 天空の宮殿を越えて、王都へ
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もう一つの離別

 もうじき夜が来る。これから迫るのは文字通り『山場』。疲れ切った状態では高山を超えるのが辛かった。なので二人は今日中の越境を諦めて、イザヴェル山脈の根元にある岩場で英気を養うことにした。


「やっぱ山は寒いなぁ」


 そんなことをぼやきながら、カエルムは石をどかしたりして岩陰に陣取った。

 テラも岩陰に隠れるように座る。ここなら竜が来ても目視で二人を捉えることはできないだろう。

 とは言え、油断はできない。往路と先刻の逃亡劇とで竜の恐ろしさは身に染みていた。


「……もうじき、旅が終わるね。ウルドに着いたらカエルムちゃんはどうするの?」

「テラの姉妹として生活しよっかな?」

「何それ! でも私のお父さんお母さんとアヴィスさんなら、普通に受け入れちゃいそうだなぁ」

「受け入れちゃうのかよ!」


 カエルムはしばらくの間、黙していた。どこか考えあぐねているようにも見えた。


「……そうだな。もし王都に着いたら、『自分の人生』を歩みたいと思ってる」

「新たな人生を歩むんだね?」

「そうだ。自分の好きなことをして、自分の道を歩きてーと思ってんだ。『離魂の森』では孤独だったから、沢山の人と関わりたい。テラみたいに、『想い』を運びたいぜ」

「郵便配達員になるの?」

「それはまだわからねぇかな? でも、まあ。なんつーか……お前には感謝してる。凄く」

 カエルムは人差し指で頬を擦りながらそう言った。テラの目が喜色に輝いた。

「お前に出会わなければ、アタシは一生『離魂の森』を出て、こんな風に旅をすることもなかっただろうしさ」


 カエルムは笑った。この旅がテラだけでなくカエルムの心をも変えたのだ。

 テラは微笑む。薄々そんな気はしていた。『離魂の森』で出会ったときから、カエルムは目に見えて変わってきたのだ。今ではよき友になっていた。


「さて、そろそろ寝るか。明日はウルドに帰るんだろ?」

「そうだね。帰ってからもやること沢山あるし、早く寝ようか。寝込みを襲わないでよ?」

「襲わねーよ! 襲って欲しいなら別だがな!」

「やめて! 寝る!」


 二人は身を寄せて横になる。広大な場所なのに、互いの吐息が感じられるくらいまで近寄り、両手を組んで見合う。

 しばらくして、どちらともなく寝息を立て始めた。そんな様子を星空だけが見ている――はずだった。

 だが見ていたのは夜空だけではなかった。

 突如。大雪崩のような爆音が響き渡り、二人は反射的に目を覚ました。


「なっ!?」


 その瞬間、テラとカエルムの姿を隠していた岩が吹き飛び、赤い瞳と鋭い嘴が目に入る。


「ど、どうしてっ!?」

  

 ――漆黒の竜だった。

 

 竜の急襲に二人は思考と対応が追いつかない。怖気を抱くことすら許されなかった。

 起伏の激しい岩場に転び、臓腑(ぞうふ)は引っくり返り、テラは竜の爪に捉えられて飛ぶ瞬間を完全に喪失してしまう。

 強烈な束縛が彼女を襲った。


「あぐっ!」


 二人の姿は、岩陰に隠れていて視認できないはずだった。

 つまり竜は二人が岩陰に隠れたのを遠くから見ており、虎視眈々と、確実に狩れるタイミングで襲撃したのだ。他の生物にはない知能の高さと、どこまでも深い執着心が伺えた。


「くそっ、テラを離せ!」


 カエルムは力いっぱい岩を投擲する。が、岩は鱗の前に容易く割れた。

 竜は吠えてから体を転回し、カエルムを尻尾で叩く。彼女は吹き飛ばされ、血飛沫を上げて岩場に転がった。即死したようにも見えた。


「か、カエルムちゃんっ!」


 黒い鎌のような爪がテラの体に刺さり、血が噴き出す。何とか爪の拘束から逃れようと藻掻く。

 が、竜の強靭な力の前では無力で、一方的に蹂躙(じゅうりん)され戦々恐々とする。


「う、ぐっ!」


 桁外れな膂力(りょりょく)にテラは抗えない。血を吐きながら、翼を乱暴に振って飛ぶ機会を得ようとする。

 それを鬱陶しく思ったのか、竜はテラの体を、荒々しく、岩場に叩きつけて解放した。

 叩きつけられたテラの頭から血が溢れる。衝撃波で羽根が爆ぜて飛び散った。

 彼女は痛覚を刺されて動けない。乱れた呼吸のまま、顔を横にして竜の鋭い瞳孔を見るしかできない。


「おらぁっ!」


 すると、生きていたカエルムが、竜の眼前に飛び込んできてテラを庇った。顔半分が血濡れていたが、青い瞳に燃える闘志は消えていなかった。

 彼女は竜の柔らかい瞳に飛び蹴りを食らわせ、気を引く。竜は鬱陶しそうに前脚を振るい、カエルムを叩き落とす。血が飛び散ったが、カエルムは間髪入れずに立ち上がり、再び竜の気を引こうと立ち向かう。


「飛ぶんだテラ! ウルドへ、行けっ!」


 とカエルムは絶叫。血と汗を滴らせながら飛ぶ。

 竜は本格的にカエルムに苛立ったらしく、粉塵を巻き上げながら飛び上がって、茶色の翼を追い始める。

 カエルムは翼と体を左右に傾け、竜の攻撃を躱して飛ぶ。敢えて低速で、失速しそうな遅さで飛び回った。竜の巨体は逆にその動きに追従することが難しい。


「飛べ、テラっ! アタシを置いていけっ!」


 衝撃で呆然としていたテラの瞳に、微かな光が映り込む。

 彼女は痛みを押し殺しながら、血が吹き出るほど唇を噛んで、よろよろと立ち上がる。


「カエルムちゃん……」


 ――それでも、テラは決断できなかった。カエルムを置いて逃げることはできなかった。

 カエルムは立ち並ぶ巨岩を避けながら、後方を見やる。竜は追従していた。

 今度は追い風に乗ってグンと加速して、竜を引き離そうとする。だが、竜も強烈に加速すると、強引にカエルムの翼に噛みついた。竜は高速域の戦闘の方が得意だった。


「っ!」


 カエルムの視界が回転する。茶色の羽根が散り、翼が傷んだ。

 それでも辛うじて墜落寸前で翼を広げて立ち直り、埃を上げながら地表すれすれを飛行する。


(テラは……!?)


 逃避しながら仰向けになり、後方を見る。竜の向こう、テラが呆然と立っているのが見えた。

 自分もいつまでこの逃走劇を続けられるかわからない。彼女が竜に負けたら、共倒れになってしまう。


(……お前は優しいからな。置いて逃げろって言われてもなかなかできねーか……もっと『背中を押して』やらないとダメみてぇだな!)


 カエルムは、ポーチに忍ばせてあった円筒状の金属を取り出す。


 これはイモータリスを立つ直前に、「お、これも買おうぜ! 面白そうだ!」と言ってアストラと店で買った代物だった。――閃光弾、というらしい。起爆すると強烈な閃光を放ち敵の目を眩ませるものらしかった。まさかこんな風に役立つとは思わなかった。


「ほらよっ!」


 カエルムはピンを抜き、後方を飛ぶ竜に閃光弾を放り投げる。

 爆音と共に強烈な閃光が闇を暴き、一瞬だけ障害物の影を生み出す。

 竜は爆音と共に勢いそのままに墜落した。どうやら気絶したらしい。砂埃を巻き上げて地面に横たわり、脚と翼、それから首を動かして藻掻いている。

 ――ここから先は時間との勝負だ。


(今だっ!)


 その隙にカエルムは旋回し、テラの元へ。

 そして着地すると同時に、状況を飲み込めない彼女を強引に抱き寄せた

 二人とも血と泥で汚れていた。二人は血がついた頬と服をすり合わせて、互いの感触を確かめる。


「お前と出会えて本当によかった。楽しかった!」

「カエルムちゃん……」

「だから頼む。行ってくれ! アタシが、囮をやれるうちに!」

「い、一緒に逃げるのは……?」

「竜の素早さはお前の方がよく知ってるだろ? もう時間がない。お前にはまだやるべきことがある。『想い』を届けるってことが。アヴィスから引き継いだ『想い』が!」


 カエルムの熱い心中を聞いたテラは、血が流れるほど拳を握る。そして、それでも悲しそうに目を伏せて、テラは口を開いた。


「……私も、カエルムちゃんに会えてよかった。本当に!」


 カエルムは強くうなずき、テラの元を離れる。

 竜が起き上がり、怒りに咆哮を上げた。その瞳は閃光から復活し、明らかに先ほどよりも獰猛に二人を狙っていた。カエルムは竜に向かって、歩いていく。


「さあ、竜さんよ。もう一勝負やろうぜ……!」


 テラはたくましいカエルムの背中を見て、地面に置いてあった配達鞄を掴むと、背筋から生えた翼に力を籠める。牙を剥き出し、それから思いきり踏ん張った。

 そして一気に飛び上がった。その背にカエルムの叫びを背負って。



「生き抜け、テラ――! 『想い』を届けるんだっ!」

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