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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第十章 天空の宮殿を越えて、王都へ
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離別

「……今日はここで泊まろっか? 骸骨さん以外に敵もいなさそうだし」

「賛成! 腹減ったし、疲れたわ!」

「……いいね」


 三人は宮殿の入り口辺りに陣取り、それぞれ荷物を下ろして休息の用意を整える。テラは三人分の缶詰を取り出して各々に渡した。

 テラは腰かけ、空を見る。夕焼けと夜空のグラデーションが広がっていた。夜の帳が下りている場所には無数の天体が瞬いている。

 そんな星空を見ているとウルドが恋しく思えてきた。ただ帰りたい、お父さんお母さん、それからアヴィスに会いたい。そして感謝を伝えたい。そんな気持ちが巡った。


「……アヴィスさんって、私が小さい頃からうちにいたんだ」


 テラは誰にでもなくそう小さく口籠る。


「居候って自分ではよく言ってたけど、きっとお母さんお父さんが『罪滅ぼし』としてうちに招いてたんだろうね」

「……家族みたいなもの?」

「うん、もう家族だね。大事な大事な家族」

「なんつーか、悩んでないか?」

「ううん。むしろ感謝の念しかないかな? こうやって私が生まれて、翼で冒険できているのはアヴィスさんのお陰な訳だし」


 テラの表情は意外にも朗らかなものだった。彼女は日が落ちる水平線を見つめながら、そう汚れた横顔で言った。


「大丈夫。もう少しで帰れるから。そしたらアヴィスさんに沢山お話してもらうんだ。明日にはもうイザヴェル山脈に着くだろうし。……ところで、アストラちゃんは帝国が恋しいって感じたことある?」

「……もちろん。軍務で長期間イモ―タリスを離れると、寂しいと感じるよ。早くお母さんお父さんに会いたいなって」

「へぇ、意外だな。クールぶってるから心の中まで冷徹なのかと思った」

「……カエルムには遠く及ばないよ。貴女は冷酷非道だもんね。牛串くれないし」

「心外な! あれはアタシの食い物だっただろ!」

 三人は他愛ない話に笑い合った。 

 

 いつの間にか、星月夜(ほしづきよ)になっていた。銀色の月が古代の神殿を明るく照らしている。

 テラの紫水晶の瞳も、カエルムの空色の瞳も、アストラの灰色の瞳も、月光に照らされて輝いて見えた。


「……あ、そういえば」


 テラは帝都でアストラにオススメされた干し肉を取り出す。それをナイフで三等分に切って二人に手渡した。


「アストラちゃんオススメの乾燥肉!」

「これが美味しいんだよ。長距離遠征のときの必需品」

「旨そうだな。どれどれ……」

「え、辛っ!」「うお、辛いっ!」


 口に入れた途端、強烈な辛みが口内を駆け抜けた。舌を針で刺すような唐辛子辛みだ。

 テラとカエルムは同時にむせ返り、唇と喉に猛烈な痛みを感じた。アストラはどこ吹く風、といった感じで肉にかじりついている。


「……そう? そんなに辛いと思ったことないけど」

「これ、辛すぎるよアストラちゃん……うぐぅ」

「うえ。もう食えねぇよ。あとはあげる」

「そうやって唾液がついた肉を無理矢理ボクの口に押し込むんだ……」

「汚ぇ言葉で言うんじゃねぇ! 辛すぎて食べれないだけだ!」


 アストラはテラとカエルムから受け取った肉をモグモグしている。辛味は平気なタチらしい。表情一つ変えずに咀嚼している。


 テラは水筒の水で辛さを流し、涙目になりながら空を見上げる。

 天球は星の桶をひっくり返したように星が散らばっていた。時折流れ星が流れる。澄んだ空気の向こう、星はいつもよりくっきりと写っていた。

 三人は雨具を敷き布団にして、ピッタリとくっついて、並んで横になる。浮島は広大な面積があるにも関わらず、互いの温もりが感じられる距離間しか置かない。

 しばらく横になってぼんやりと夜空を見上げていたテラだったが、いつしか眠気に襲われ、眠りに落ちた。

 それを追ってアストラは丸まって床に寝て、カエルムは大の字になっていびきをかいて眠りに落ちた。



 翌日。朝食を終えた三人は雁行(がんこう)しながら雲の中にあった。

 飛び上がった彼女たちは近づきつつあるイザヴェル山脈を目指し、西に針路を取る。

 雲はあるが天候は良好で、風向きも気温も特に問題ない。このまま順調にいけば、今日中にはイザヴェル山脈の麓に到達できそうだった。


 ――突発的にアストラがテラの背中を軍靴で蹴り飛ばした。テラは強烈な反動で落下する。いつかテラがカエルムにやったのと同じことだった。


「痛っ! えっ!?」

 テラが飛んでいた空間を、巨大な影が爆風を伴って駆け抜けた。圧倒的な力。黒い翼。



 ――竜だ。往路でテラを追い回した『あの』竜だ。



 テラとカエルムは一気に血の気が引き、戦慄した。呆然自失する二人に、竜を睥睨(へいげい)するアストラが短く指示を出す。


「テラ、カエルム。ボクが囮をやるから、できる限り遠くに逃げて」

「そ、それじゃアストラちゃんは……」

「ボクは帝国軍人。今は護衛が仕事」


 アストラはそう言うと宙を蹴って滑空して二人から離れていく。空中戦が口火を切った。

 灰色の瞳と表情は真剣そのものだった。竜は、群れからはぐれた獲物を第一目標に定める。竜とアストラの軌道が交錯した。


「とっ、とにかく逃げるしかねぇ! 行くぞテラ!」

「う、うん!」


 アストラは翼を畳んで急降下し、山肌を舐めるようにして飛ぶ。竜の黒い巨体がそれを追った。

 彼女は俊敏に左右にひらひらと身を躱し、竜の攻撃をいなす。

 滑空と羽ばたきを交互に繰り返しながら、アストラは高速で大気を切り裂いた。竜が気流を生みながら赤い口を開き、突っ込んでくる。それに対しアストラは急上昇。雲を引き裂き天に昇った。

 彼女は昇れるところまで駆け上がり、一気に暴落していく。

 そんな鮮やかな逃走劇を見て、テラは憧れを抱く。自分もあんな風に飛べれば……そう願わずにはいられない。でもこのアヴィスの翼を持ってすれば可能かもしれない。


「す、すげぇ……アストラ滅茶苦茶飛ぶの巧いな!」

「本当にね……言われた通りに今のうちに逃げよう!」

「ああ!」


 アストラの巧みな飛行に竜は苛立っていた。幾度も攻撃を仕かけても命中することがないのだ。

 アストラは縦横無尽に空を駆け抜け、虚空を裂き、激しく羽ばたいて速度を増す。

 それから突然脱力して重力に任せて竜に向けて落下。予想できない動きに竜の目は追従すらできない。

 擦れ違い際、アストラは抜刀して竜の腹に剣先を滑らせる。彼女は返り血を浴びながら自由落下する。真紅の軍服にどす黒い赤が付着した。

 浅い傷だが、竜は咆哮して激昂した。アストラは納刀して数度羽ばたき水面飛行に。まさしく獅子奮迅だった。

 竜はなおもアストラを追う。彼女は左に急旋回して、同時に宙返りをした。その軽やかな動きに、やはり竜は追いつけない。

 竜を弄ぶようにして、アストラは転回していく。そして上昇気流に乗って獰猛な目線を見せる竜の頭上へと飛び上がった。

 

 ――その間に、テラとカエルムは並行して距離を置くことに成功していた。

 竜はアストラを追うか逡巡(しゅんじゅん)したようだが、捕らえられるという確証を得られなかったのだろう。

 これ以上の追跡は無意味と諦めると、遠くの山脈へと去っていった。その様子を確認したアストラは、銀髪を靡かせながら二人の元へと戻って来た。


「アストラちゃん、凄いね! カッコよかった!」

「すげーなアストラ! あんなに飛ぶの巧いとは思わなかったぜ!」

「はぁはぁ……一応護衛って名目で来てるから、ね?」


 アストラは息を整えながら二人に並ぶ。とは言え、さすがにその額には汗が浮かんでいた。彼女は袖でそれを拭い、乾いた口内を水筒の水で潤した。


 それから何時間飛んだだろうか。早くも夕刻が迫っていた。

 いつの間にか眼前にイザヴェル山脈が近づいていた。蜃気楼(しんきろう)の向こうで山肌は茜色に染められ、ごつごつした岩肌はわずかに穏やかに見える

 雲が被ったり、日陰になっているところは雪渓が残っており、青色の岩場が見て取れた。

 三人は上昇気流に乗って高高度を飛んでいた。連山に接近するほど気温が見る見るうちに低下していき、呼吸する鼻先と肺がわずかに痛い。


「……ボクがついていけるのはここまで」 


 不意に、アストラがぽつりとそう述べた。明らかに寂しそうな声音だった。

 それは彼女の本心を映したものなのだろう。言葉は溶けるように空気へと消えていく。


「一緒に旅ができてよかった、テラとカエルム。またイモータリスに来ることがあれば、ぜひ会いに来て」

「うん、もちろん! アストラちゃん。ここまで一緒に旅してくれて、本当にありがとう!」


 テラとアストラは飛びながら手を組み合わせて強く抱擁する。柔肌で頬ずりしながら、二人は笑い合って互いの存在感と温かみをしばらく感じ合った。そして名残惜しそうに、ゆっくり離別していく。

 アストラはカエルムに向けて同じように手を広げたが、彼女は気恥ずかしいのか、頬に朱を散らして、白い掌を重ねるだけに留めた。


「テラを手伝ってあげて、カエルム」

「……わーってるよ。お前もせいぜい気をつけて帰れよ」


 気恥ずかしそうなカエルムの手前、アストラは静かに笑う。全てを見切ったように灰色の瞳は澄み渡っていた。


「アストラちゃん、ほんとにありがとう!」

「じゃあな、アストラ!」

「……こちらこそ。二人といられて本当に楽しかった……それじゃ、バイバイ」


 アストラは二人に小さく手を振り、敬礼してから一気に背面飛びで滑空していく。銀色の翼が宝石のように夕陽に光る。

 テラとカエルムは飛びながらその姿が山脈を超えて見えなくなるまで見送った。


「……行っちゃったね」

「ああ……」

 仄かな寂しさが二人を包む。テラの心中には望郷の想いがあった。

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