翼、再び
数ヶ月後。王都ウルドは初夏を迎えていた。
街には強い日差しが降り注ぎ、屋根を、岩壁を、行き交う人を煌々と照らしている。所々で日傘が咲いていた。
山脈から来る豊富な雪解け水が水路を潤し、人々に少しばかりの清涼感を与えていた。
そんな朱夏の空を、元気に飛ぶひとりの少女がいた。
それは、少し大人びた表情をしたテラだった。純白の翼は以前と同じく綺麗に生え揃い、眩く陽光を跳ね返していた。
彼女はおろしたての制服と装具をまとって家々の間を滑るように飛んでいく。肌を日差しが刺すが気にしている様子はない。
かつては羽ばたくたびにバサバサという音を立てていたが、もうそれもなかった。
テラが透き通った水面を擦り、橋脚を避けながら川べりを進む。それから一気に上昇して広場に出て、時計塔で一息入れることにする。静かに、銅板屋根の上に着地した。
すると上から聞き慣れた声がかかる。
「――テラ、すっかり成長したね」
「アイリスちゃん!」
声の主はアイリスだった。彼女の黒翼もまた綺麗に生え揃い、真新しい制服を着ていた。
彼女はあのあとしばらく昏睡状態に陥っていたが、少し前に意識を取り戻し、しばらくのリハビリ期間を経て職場に復帰したのだった。
だがまだ本調子ではないので、その分の肩代わりをテラと副所長、それからテラの後輩になる新人がこなしていた。
「本当? それなら嬉しいな! 後輩ちゃんもできたし、もう前の私じゃダメかなって」
「いや、本当にたくましくなったよ。復帰してそこに一番驚いたね」
二人は思い出の時計塔の屋根に並ぶ。テラは紫色の瞳でアイリスの横顔を見た。彼女は金色の優しげな横目でテラを見返した。
「テラにとって、この旅はいい成長材料になったわけだ?」
「そう、だね……」
テラは空を見上げて追想し、懐かしむように独り言ちる。
「――間違いなく、あの旅で私は成長したかな!」
それからテラは無垢な笑顔でアイリスを見た。アイリスもふと笑う。
「うん。成長したな、私!」
そのとき。
眼下の道から男の怒鳴り声が響いた。声の主は大衆酒場『トラットリア』のコック兼店主・インディだった。
「おいテラ! 小娘! お前また誤配達してんぞ! 飯屋に馬糞はいらねぇ!」
「うぇ!? 私、また誤配送しちゃった!?」
「そこで待ってろ! 今日こそ手羽先にしてやる!」
「そ、それは勘弁してください!」
インディは屈強な肉体で時計塔の梯子を昇り始める。
テラは紫水晶の目を丸くして、生唾を呑み、逃げるように屋根を飛び立った。そんな彼女を見てアイリスは肩をすくめた。
「やれやれ。成長したと思ったらこれか……」
「――ごめんなさーい!」
ウルドに、今日もテラの声が響く。
おわり




