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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第九章 無翼病
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無翼病

 朝旦(ちょうたん)。テラは自分の荒い吐息で目が覚めた。

 夢のせいか、或いはヴィヌムの酔いのせいかと思ったが、様子が違う。

 激しい頭痛と眩暈(めまい)、それから重力を倍にしたときのような無気力。体は火照ってるのに寒気がした。

 気の迷いかとも思い、熱を帯びた体を起こして羽ばたこうとする。


「あ、れ……?」


 羽ばたけなかった。翼の根元に一切の力が入らない。試しに色んな力のかけ方をしてみるが、翼が動くことはなかった。


 ――『翼を失ったらどうする?』昨日のアヴィスの夢と、リベロの問いかけを思い出してゾクリと寒気が走る。


「お、おかしいな……」


 必死に力を込めるが、それでも地上を離れることは叶わない。例の言葉のせいで、泣きそうになる。

 ――ここで、私の旅は終わりなのか。

 そんな彼女の動きに、アストラとカエルムは目覚めて起き上がる。


「……何かあった?」「どうした?」

「あ、あの……私、飛べなくなっちゃった……」


 二人はテラの言葉に当惑しているようだった。

 だがテラの異変に気づいたのか、ようやく事態を飲み込めたようで、アストラがテラに尋ねながらその翼に触れた。


「……翼に力入らない?」

「う、うん」

「熱っぽい? 頭痛ある? 体に脱力感ある?」

「全部、あるよ……」

「……『無翼病』っぽいね」

「むよく、びょう?」

「……『無翼病』は、突然翼人が飛べなくなる病気。帝都で流行してて、翼人たちから恐れられてるの。今のところ予防策がない」


 アストラは鞄の中から琥珀色の液体が入った小瓶を取り出し、振ってからコルクの蓋を取ってテラの口に運ぶ。


「気つけ薬。これ飲んで」

「ありがとう……」

「そっ、それじゃ、テラは一生飛べなくなるのか!?」

「カエルム、落ち着いて。一生飛べなくなるわけじゃない。ボクも以前になったことあるから。煎じた『ブラックロータス』に何種類かの薬品を入れたものを飲ませればすぐ治る」

「んじゃ、とっととそれ飲ませて……」

「薬品はあるけど、肝心の『ブラックロータス』がない」


 アストラは鞄を漁って薬品瓶を取り出し、鞄の奥底まで覗き見ている。だが目的の品が見つからなかったようで首を横に振った。


「……『ブラックロータス』は貴重な薬草。この辺に群生地があるはずだけど。非常に高価だから帝都でも流通がなくて」

「だったら、その『ブラックロータス』ってやつを探せばいいんだな?」


 アストラはこくんと頷いた。

 それから胸ポケットから『帝国軍人携行手帳』と書かれた使い古された手帳を開き、『ブラックロータス』の植物絵を見せた。


「今、丁度開花時期だから黒い花が咲いてると思う。群生しているから目立つはず」

「んじゃ、探してくる!」

 情報を集めたカエルムは靴底で目一杯地面を蹴り、慌てて飛び上がっていく。

 その姿を見送ったアストラは、残されたテラの肩に手を載せて言った。


「……テラ。辛いと思うけど待ってて」

「うん、ありがとう……」

 アストラはテラの装具を外して楽にしてやる。そして彼女を静かに横たえてから飛び立った。



 カエルムは飛びながら、光ない両目で地上に集中していた。朝方の草原は冷寒だ。

 向かい風がひゅうひゅうと寒さを運んでくる。それでも気にすることなく飛んだ。


「どこだ、どこだ……っ!」


 闇雲に探しても見つからないかもしれない。草原と言っても、広大無辺のこの世界で小さな花を見つけるのは難しいだろう。


 ――それでも。自分にできる可能性が『わずかに』でも残されているのら、カエルムの脳裏に諦めるという文字はない。それがテラへの『借り』の返し方でもあった。離魂の森から外の世界に引っ張り出してくれたお礼でもあった。


 下を見ながら飛んでいると、上昇気流を利用して飛んできたアストラが追いつく。さすが翼人の兵士。風を活かすのも巧みだった。


「カエルムはそのままこっちの捜索をお願い。ボクは東の麓を探す」

「わかった!」

「……それと、夢中になって現在地を見失わないように。遠くを探すのはボクに任せて。常に帰路を意識して、すぐに帰られる範囲で捜索して」

「わかったよ!」

「んじゃ」


 アストラは腹を見せて滑るように東へと舵を取った。努力すればあの飛行技術に及ぶだろうか? カエルムはそんなことを思った。


 ――小一時間くらいは捜索しただろうか。カエルムは未だに『ブラックロータス』に辿りつけていなかった。


「ちくしょう。早く見つけてやらないと、テラが……」


 カエルムの顔にさすがに焦りがにじむ。彼女は歯を食いしばって、袖で汗を拭いながら飛び回っていた。

 アストラの忠告通り帰路を見失わないため、イモータリスへつながる街道沿いを中心に探していた。それは街道と呼ぶには大げさで、むしろ獣道に近いものだった。


「ん?」


 ふと、街道沿いを歩く人影を発見する。共和国の出だろうか。独特な帽子をかぶり、縞模様の上着にダボッとしたズボンを履いている。日に焼けていて齢は不明瞭だが、若そうだ。背中にはこれでもかと詰め込まれた巨大なキスリングを背負っていた。

 カエルムは一瞬考え、行商人と思しき男の前に着陸する。


「ちょっとそこの兄さん?」

「おわっ!?」


 行商人の男は、誰もいないであろう平原でいきなり声をかけられて仰天した様子だった。


「アタシ、『ブラックロータス』の花を探してるんだけどよ、覚えない?」

「『ブラックロータス』、はて……?」


 カエルムは男がしらばっくれていることなどお見通しだった。


「アタシ『ブラックロータス』の花が欲しくてさ……何か教えてくれたら、それ相応の『お礼』してやんだけどなぁ……」

「例えば?」

「そうだな! おっぱい見せてやんよ!」

 カエルムは大げさに胸を叩いて、豊かな胸を揺らした。しかし、それに対して男の反応は冷ややかだった。


「ああごめん。俺、貧乳主義者だから」

「……は?」


 その一言で、ブチン、とカエルムの血管が切れる音がする。

 彼女はその瞬間、なにかに弾かれるようにして男の腕を掴むと地面に向けて投げ飛ばした。


「ぐわあっ!?」

「ちっ。剣闘士(グラディエーター)ごっこがお好みか? え? 大人しくゲロってれば、いいものを……」

 彼女はカエルム。喧嘩っ早さと、暴力沙汰において、右に出るものはいなかった。

 彼女は指の骨を鳴らしながら、フラフラと立ち上がろうとする男に向かっていく。



 テラは苦しんでいた。体のだるさだけが原因ではない。

 翼を失ったことによる強烈な喪失感に苛まれていた。茫然自失に近かった。

 飛ぶことで自然に立ち向かっていたが、翼なき今、自分の存在はあまりにもちっぽけだった。

 横たわって空を見ていると、無性に飛び立ちたくなる。手をかざしてみる。

 たまらなく歯がゆい。そして悔しい。


 ――これが、アヴィスが味わった屈辱なのだ。翼を失った翼人の末路など、苦痛以外のなにものでもない。

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