滅びの村
アストラの先導で、テラとカエルムは昼間の曇り空を飛んでいた。
道のりは、ひたすら西に飛んでイモータリスよりイザヴェル山脈を目指すというもので、往路とはだいぶ違う趣になりそうだった。
この航路は山岳地帯が多い。テラは新しいものを見られることに少し興奮するが、同時に今までに刻まれた恐怖感も思い出しそうで、複雑な心境になっていた。
旅は決して楽しいだけのものではないのだ。
「カエルムちゃんは『浮島ふとう』って知ってる?」
「ふとー? なんだそりゃ」
「空に浮いてる古代の神殿なんだって! 丁度この辺に漂ってるらしいよ!」
「……もしかしたら、見つかるかもね。帝国軍もいくつか浮島発見してるから」
「へえ! いいな、古代の神殿見てみたいぜ!」
そんな他愛のない会話をしながら、三人は王都を目指して飛んだ。
――何時間山脈を飛び続けただろうか。飛ぶことに集中してほとんど会話もなかった三人は、夕刻を迎えたので高度を下げて休息を選択する。
「……この辺に廃村があるから、そこで一晩を明かそう」
アストラは山間を飛びながら高度を落として村へと近づいていく。
見つかった。確かにそれは滅んだ村だった。焼失した跡。だいぶ前に廃墟と化したようだが、未だにどこか焦げ臭さを漂わせている気がした。
建物の多くは崩れ、炭化してひび割れて、大黒柱や太い建材だけが煙突のように突き出している。底を這うような火炎に巻かれたのは明らかだった。
テラは旅の最初に会ったギオン村のサリアを思い出した。胸が痛む。彼女がいなくなれば、ギオン村もこんな風に廃墟の一途を辿って自然へ還るのだろう。あの魔法のかがり火だけを残して。
「アストラちゃん、この村は?」
「……少し前に戦争で滅んだ村」
アストラはそこで初めて悲しそうな表情を見せた。眉根を下げ、灰色の瞳を地面に眇め、口を強くつぐむ。これまで見せたどの表情とも違うものだった。
「共和国との戦争で滅んだ。悪く言えば、前皇帝陛下はこの村を見殺しにしたんだ」
「そんな……」
「帝国と共和国は緊張状態が続いているから、いつまた戦争が始まるかわからない。戦争が始まれば、ボクも兵士として参戦しなければならない」
「怖くないの?」
「……怖いよ。ほんとは」
アストラはしゃがみ込み、葉陰に止まった天道虫を眺めながら小さな声で漏らした。
「ボクにもお母さんとお父さんがいる。死ねば二人を悲しませることになるから」
テラは自分の両親を思い出し、急に胸が絞めつけられる。
自分にとってはこの旅は冒険かもしれないが、痛みを伴って生み、育てた両親とアヴィスにとっては断腸の思いだろう。今すぐにでも三人に会いたいと素直に思った。
カエルムは沈痛になる二人に対して「アタシにはよくわからないけど」と前置きしてから、
「でもよ。まだ起きてない未来のこと考えるより、全力で今を楽しく生きる方がよっぽどいいんじゃねーの?」
と、そう快活に言った。後先考えず。彼女らしい言葉だった。
「それによ、戦争だって起こるのが決まったわけじゃないんだろ?」
その言葉を噛みしめてから、アストラは確かに頷いた。
「それもそうだね。ボクは、この旅を楽しみたい」
「そうだね。私も二人との出会いに感謝して、乾杯!」
「お前、いつの間にスキットルにヴィヌム忍ばせてるんだよ!?」
「やっぱり旅のお供はこれに限るね! ヴィヌム!」
「……テラって、結構酒豪なところある?」
「典型的な酒が入るとダル絡みしてくるタイプだぞこいつは! 気をつけろ!」
――暮夜ぼや。焚火を中心にテラとアストラは座っていた。カエルムは早々に寝てしまい、大の字になって腹を出し、いびきをたてている。
不意にアストラの手がテラの頭に伸びた。白く細い手が獣耳にそっと触れる。
「どうしたの?」
「……ふさふさだね。ずっと触ってみたかった」
「えへ」
「王国では獣人は貧民の象徴、翼人は高貴の象徴って聞くけど、テラはその混血なんだね。実際のところ、差別とかされるの?」
「んー、確かに獣人は元被差別民族だから差別されるし、翼人は崇高とされてるね。私はそのハイブリッドだから、どっちつかずって感じだけど。お父さんなんかは奴隷というより小間使いだし」
「そんな中、ご両親は結婚したんだ?」
「そうそう! ドミヌス陛下も言ってたけど、いわゆる『身分を超えた結婚』ってやつなんだよね。でも、これを語り始めると二人とも熱くなって、ラブロマンスについて延々と話を聞かされるんだよねぇ」
テラは両親の馴れ初めを思い出して苦笑いした。耳にタコができるほど聞かされたものだった。でも今となってはそれすらも恋しく思えた。
「……王都に行ったら、テラのご両親ともお話してみたいな」
「うん、おいでよ! 陛下が言ってた元翼人のアヴィスさんの話も面白いよ! でも、恋愛話について聞くのはオススメしないかな? 本が丸々一冊できる『濃い』内容だから!」
アストラは目を細めてわずかに口角をあげた。
その後、二人は静かにぽつりぽつりと会話していたが、やがてどちらかとも言わずに眠りにつくのだった。
再び夢の中にアヴィスが出てきた。彼女の背に漆黒の双翼を背負っていた。悩ましげな顔をしている。
「翼人にとっての翼は、命に等しい」
「だが私は、それを失うことに後悔はない。なかったはずなのに……」
「どうして、涙が止まらないのだろう」
アヴィスは突然、顔を歪めて垂泣すいきゅうした。深緑の瞳からとめどなく真珠の涙が落ちる。桃色の口を震わせて、何かを伝えようとしているようだった。
テラは初めて見るアヴィスの泣き顔を見て、とても驚いた。彼女は大声で泣いている。
それでいても立ってもいられなくて、テラはアヴィスを抱き寄せた。
するとアヴィスの翼はゆっくりと、消えていく。
――これは夢だ。夢のはずだ。だからアヴィスがどうやって翼を失ったかなんて、わかる訳がない。
でも、アヴィスは啜り泣きながらテラに問うた。
「テラ君は、翼を失う覚悟があるかい?」
「私には……」
夢はそこで途切れた。




