表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第九章 無翼病
41/51

滅びの村

 アストラの先導で、テラとカエルムは昼間の曇り空を飛んでいた。


 道のりは、ひたすら西に飛んでイモータリスよりイザヴェル山脈を目指すというもので、往路とはだいぶ違う趣になりそうだった。


 この航路は山岳地帯が多い。テラは新しいものを見られることに少し興奮するが、同時に今までに刻まれた恐怖感も思い出しそうで、複雑な心境になっていた。


 旅は決して楽しいだけのものではないのだ。




「カエルムちゃんは『浮島ふとう』って知ってる?」


「ふとー? なんだそりゃ」


「空に浮いてる古代の神殿なんだって! 丁度この辺に漂ってるらしいよ!」


「……もしかしたら、見つかるかもね。帝国軍もいくつか浮島発見してるから」


「へえ! いいな、古代の神殿見てみたいぜ!」




 そんな他愛のない会話をしながら、三人は王都を目指して飛んだ。




 ――何時間山脈を飛び続けただろうか。飛ぶことに集中してほとんど会話もなかった三人は、夕刻を迎えたので高度を下げて休息を選択する。




「……この辺に廃村があるから、そこで一晩を明かそう」




 アストラは山間を飛びながら高度を落として村へと近づいていく。




 見つかった。確かにそれは滅んだ村だった。焼失した跡。だいぶ前に廃墟と化したようだが、未だにどこか焦げ臭さを漂わせている気がした。


 建物の多くは崩れ、炭化してひび割れて、大黒柱や太い建材だけが煙突のように突き出している。底を這うような火炎に巻かれたのは明らかだった。


 テラは旅の最初に会ったギオン村のサリアを思い出した。胸が痛む。彼女がいなくなれば、ギオン村もこんな風に廃墟の一途を辿って自然へ還るのだろう。あの魔法のかがり火だけを残して。




「アストラちゃん、この村は?」


「……少し前に戦争で滅んだ村」




 アストラはそこで初めて悲しそうな表情を見せた。眉根を下げ、灰色の瞳を地面に眇め、口を強くつぐむ。これまで見せたどの表情とも違うものだった。




「共和国との戦争で滅んだ。悪く言えば、前皇帝陛下はこの村を見殺しにしたんだ」


「そんな……」


「帝国と共和国は緊張状態が続いているから、いつまた戦争が始まるかわからない。戦争が始まれば、ボクも兵士として参戦しなければならない」


「怖くないの?」


「……怖いよ。ほんとは」




 アストラはしゃがみ込み、葉陰に止まった天道虫を眺めながら小さな声で漏らした。




「ボクにもお母さんとお父さんがいる。死ねば二人を悲しませることになるから」




 テラは自分の両親を思い出し、急に胸が絞めつけられる。


 自分にとってはこの旅は冒険かもしれないが、痛みを伴って生み、育てた両親とアヴィスにとっては断腸の思いだろう。今すぐにでも三人に会いたいと素直に思った。


 カエルムは沈痛になる二人に対して「アタシにはよくわからないけど」と前置きしてから、


「でもよ。まだ起きてない未来のこと考えるより、全力で今を楽しく生きる方がよっぽどいいんじゃねーの?」


 と、そう快活に言った。後先考えず。彼女らしい言葉だった。




「それによ、戦争だって起こるのが決まったわけじゃないんだろ?」


 その言葉を噛みしめてから、アストラは確かに頷いた。


「それもそうだね。ボクは、この旅を楽しみたい」


「そうだね。私も二人との出会いに感謝して、乾杯!」


「お前、いつの間にスキットルにヴィヌム忍ばせてるんだよ!?」


「やっぱり旅のお供はこれに限るね! ヴィヌム!」


「……テラって、結構酒豪なところある?」


「典型的な酒が入るとダル絡みしてくるタイプだぞこいつは! 気をつけろ!」




 ――暮夜ぼや。焚火を中心にテラとアストラは座っていた。カエルムは早々に寝てしまい、大の字になって腹を出し、いびきをたてている。


 不意にアストラの手がテラの頭に伸びた。白く細い手が獣耳にそっと触れる。




「どうしたの?」


「……ふさふさだね。ずっと触ってみたかった」


「えへ」


「王国では獣人は貧民の象徴、翼人は高貴の象徴って聞くけど、テラはその混血なんだね。実際のところ、差別とかされるの?」


「んー、確かに獣人は元被差別民族だから差別されるし、翼人は崇高とされてるね。私はそのハイブリッドだから、どっちつかずって感じだけど。お父さんなんかは奴隷というより小間使いだし」


「そんな中、ご両親は結婚したんだ?」


「そうそう! ドミヌス陛下も言ってたけど、いわゆる『身分を超えた結婚』ってやつなんだよね。でも、これを語り始めると二人とも熱くなって、ラブロマンスについて延々と話を聞かされるんだよねぇ」




 テラは両親の馴れ初めを思い出して苦笑いした。耳にタコができるほど聞かされたものだった。でも今となってはそれすらも恋しく思えた。




「……王都に行ったら、テラのご両親ともお話してみたいな」


「うん、おいでよ! 陛下が言ってた元翼人のアヴィスさんの話も面白いよ! でも、恋愛話について聞くのはオススメしないかな? 本が丸々一冊できる『濃い』内容だから!」




 アストラは目を細めてわずかに口角をあげた。


 その後、二人は静かにぽつりぽつりと会話していたが、やがてどちらかとも言わずに眠りにつくのだった。






 再び夢の中にアヴィスが出てきた。彼女の背に漆黒の双翼を背負っていた。悩ましげな顔をしている。




「翼人にとっての翼は、命に等しい」


「だが私は、それを失うことに後悔はない。なかったはずなのに……」


「どうして、涙が止まらないのだろう」




 アヴィスは突然、顔を歪めて垂泣すいきゅうした。深緑の瞳からとめどなく真珠の涙が落ちる。桃色の口を震わせて、何かを伝えようとしているようだった。


 テラは初めて見るアヴィスの泣き顔を見て、とても驚いた。彼女は大声で泣いている。


 それでいても立ってもいられなくて、テラはアヴィスを抱き寄せた。


 するとアヴィスの翼はゆっくりと、消えていく。




 ――これは夢だ。夢のはずだ。だからアヴィスがどうやって翼を失ったかなんて、わかる訳がない。




 でも、アヴィスは啜り泣きながらテラに問うた。




「テラ君は、翼を失う覚悟があるかい?」




「私には……」


 夢はそこで途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ