火樹銀花
こうして三人は、イモータリスで一番美味しいと評判のゴブリン料理店にやってきた。
少し洒落た酒場、と言ったところか。カウンター席と、テーブル席が六つほど並んでいる。壁は灰色の石で、暖色をした魔法式の照明が料理を旨そうに演出していた。
テラとアストラは横に座り、カエルムは正面に座って食事を囲んでいた。
スープ、ソテー、パスタ……どれも鮮やかな料理ばかりで、全てにふんだんにゴブリンの肉が使われていた。
どうしても、ゴブリンと聞くとテラは闘争していたサリアと、その肉が好物だったアヴィスを交互に思い出して複雑な心境になった。そう、両親を結んでくれたアヴィスを。
「♪おお、愛しき友よ。その翼を失ってでも、紡ぎたい生命があるのか」
すると、もうすっかり聞き慣れた歌声とリュートのポロロンという音が酒場に響いた。声の主を見なくてもわかる。テラはその人物の名を呼んだ。
「リベロさんこんばんは」
「出たな吟遊詩人!」
「……だれ?」
「――私は『愛と翼』の吟遊詩人兼旅人、リベロさ! 今日は『翼人が翼を失ったら』をテーマに歌ってみたよ!」
リベロは大仰に片手を広げると、カエルムの横に座る。カエルムは横槍に少し不快そうに眉根を曲げた。
「……ふむ、反応が薄いね? じゃ、お題を出そう。三人は三人とも翼人なわけだけど、『もし翼を失ったら』どうする?」
「まーたなにを聞くかと思えば……アタシは別に、なければないで普通に暮らすかな。歩けりゃ歩くし、這えれば這うし」
「ふぅむ。カエルムならそう答えると思ったよ!」
「あ? ほんとにか? おめーがアタシの何を知ってんだよ?」
「まぁまぁ、そんなにつんけんしないでくれたまえよ」
リベロ長い前髪を払いながら、翡翠色の視線をテラとアストラに向ける。
二人はいきなりの話題にも関わらず、少し冗談っぽい問いかけにも関わらず、真剣に考え込んでいた。
「……ボクは、そもそも『翼を失わない』」
「ほう? というと?」
「なにがなんでも、翼を守り抜く。僕の力と鍛錬は、そのためにあると言っても過言じゃない。絶対に、この翼は失わない」
「素晴らしい解答だ! 帝国軍人らしくてカッコいいね! ……そして、テラは?」
テラは深く悩んでいた。真面目な顔で考え込んでいる。
さっき、ドミヌスから聞いた話のせいもあるだろう。アヴィスが両親を繋ぎ、その代償として翼を失った話を。その話を聞けば、軽々しく返答などできるわけがない。
「テラ、こんな胡散臭い吟遊詩人の話なんて流していいぞ」「ボクもそう思う」
「失敬な! 私は至って真剣だぞ!」
「――私は、翼を失ったら、死ぬと思います」
「えっ?」
リベロはいつも浮かべているキザっぽい表情を失せて、目を丸くした。驚きに小さな口を閉じるのを忘れていた。
テラは静かに、言葉を確かめるように続ける。
「この翼は、私にとって命よりも大切なものなんです。あ、自殺するとかじゃなくて。きっと翼を失ったとき、私は私じゃなくなる――その瞬間に『テラ』は死ぬんです」
「……そうか、君にとって、その翼は『生命』なんだね」
「はい!」
テラは真顔を崩して笑う。それに、なぜかリベロは救われたような顔をする。
カエルムとアストラがその話を遮った。
「さて、こんな吟遊詩人は放っておいて、冷めないうちに飯食おうぜ」「うんうん」
「だから失敬な! そんなことをいうやつは、こうだ!」
リベロは、今まさにカエルムが口に運ぼうとしていたゴブリンの肉ソテーを口で奪い取った。
「馬鹿野郎! 何しやがる!?」
「ソテーうまー!」
「じゃ、ボクはソーセージをいただくね」
「ざけんなアストラ! それもアタシの分だぞ! 自分の分を食え!」
「はは……あははは!」
みんなのやり取りを見て、テラは深刻な思考を忘れて思い切り笑う。
一瞬は、両親とアヴィスのことを思い出してこんな風に笑っていいものかと迷った。
だが、いいのだろう。こんなに楽しい光景と、旅の友人たちを目の前にして、笑わないなんてことはできないのだから。
「あ、そうだ。テラにプレゼントがあるんだ」
「え? なんですか?」
リベロはポケットから小瓶を取り出す。コルクの蓋がされ、中には水色の液体が入っていた。
「これはちょっとした『お薬』さ。これを飲めば、早く羽根が成長するよ」
「え。胡散臭すぎる……」
「やめとけテラ。コイツのことだから毒とかだぞ。それで死んだお前の翼を売り払って、荒稼ぎするつもりだ」「ボクもそう思う」
「だっから失敬な! 人が善意であげようとしているのに! ならなんだ、私がこの薬を少し飲んで毒見すればいいだろ!?」
そう言うとリベロはくいっと小瓶を傾け、中の液体を少し飲む。苦みに思わず「おえー」と舌を出すが、平気そうだ。
「生憎私に翼はないから効果は確認できないがね。どうだい? テラのことを思って大枚はたいて買ったんだが、飲んでくれるかい?」
「あ、あはは……そこまで言うなら」
テラはリベロから小瓶を受け取り、一気に呷る。苦みは少しあるが、毒にも薬にもならなそうな味がした。
「即効性はないから、効果が出るのは数日後くらいかな?」
「即効性ないんですか……」「即効性ねぇのかよ」「それ、本当にきく?」
「だが、効果は折り紙つきだぞ!」
「効くんですか?」「どーだかねぇ?」「うさんくさい」
――なんて話をしていたら、あっという間に夜が更けていく。
食事を終えた一行はリベロと別れ、安宿を探して帝都を歩き回った。そして帝都の中でも特に安い宿に来ていたのだが。
「大変申し訳ございません。只今予約が一杯で、三人部屋をご用意できなくて……」
「ん、ひとり分の部屋は?」
「一室だけございますが、それですと……」
「じゃ、それで。三人で一部屋に泊まる」
アストラは二人に有無を言わさず即断即決して、なぜか二人と手を繋いで部屋へと向かう。テラとカエルムは口を開けるが、反論する余地は与えられなかった。
部屋の扉を開けると、さすがにひとり部屋だけあって手狭だった。狭いベッドが一つ、机と椅子がセットになっている。オマケに仄暗い燭台が一つしかなくて陰気だ。
「ふう……」
さすがに色々とありすぎた。テラはさすがに疲れた様子でベッドに腰かける。顔に影が差していた。そんなテラの様子を汲んでか、アストラは「早く寝よう」と提案してくれた。
――そして、三人は、ひとり用のベッドにぎゅうぎゅうになって横になる。互いの吐息と体温が伝わった。三人分の大きな翼がかさ張って睡眠を邪魔する。カエルムは悪態をついた。
「何でこうなるんだよ! 他の宿屋探せばいいだろ! というか、アストラは自分の家があるだろうが!」
「ボクの目的は二人の護衛だし。寝込みを襲われたら困る。ここが一番」
「私は二人の温かさを感じられていいけどね!」
「お前適応力ありすぎんだろ、テラ」
カエルムは居心地悪そうにもぞもぞと動く。向かい合っていたテラは「ん」と言って手を伸ばして彼女を抱き寄せる。
意外にもカエルムはテラを拒絶しなかった。そのまま抱きしめられて、細目になった。気恥ずかしさはあるのか、少しばかり頬を赤らめていたが。
アストラは反対側で、テラの翼を手で羽繕いしていた。
「テラの羽根、白くて綺麗だね……あ、抜けた」
「えっ? また抜けたの? 抜けすぎて、もう、丸裸になっちゃうよ」
「でもほら、こうやって月光に照らすと、凄く綺麗」
「ほんとだな。アタシの翼なんて地味な茶色だし、羨ましいぜ」
「そ、そうかな? えへ……」
そのまま、三人は川の字になって夜を明かすのだった。月影が揺り籠になっていた。




