帝宮へ
――帝宮は無数の巨大な柱に支えらていた。ウルドの元老院を彷彿とさせる古代イザヴェル文明の遺構だった。
床と天井一面にモザイク画が施され、壁を始めとして多くの箇所に純金が使われていた。翼人が飛んで回れるほど広い空間。そしてまさしく厳粛な佇まいだった。
冷厳かつ豪奢な造りにテラとさすがのカエルムも委縮してしまう。そんな二人を先導するのは侍女でも執事でも衛兵でもなく、なぜかアストラだった。
「……ここが謁見の間。女帝は案外絡みやすいから、そんなに緊張しなくていいよ」
謁見の間の両扉が重い音をたててゆっくり開く。
テラは切迫した表情で中に入ると玉座に座る女帝の前に跪いた。さすがのカエルムも表情がこわばっている。
一方のアストラは飄々としていて、一人だけ突っ立って楽な姿勢でいた。顔なんて傾いで天井を見ている。そこまでくると逆にテラの方が怖くなってきた。
「……言われた通り、連れてきたよ」
「アストラよ、何も品行方正にしろとは言わん。だが、妾の前では多少敬意ある振る舞いをせんか。これでは客人の前で示しがつかぬではないか」
女帝・ドミヌスはやれやれと首を横に振ってから、純金をふんだんにあしらった豪奢な玉座に座って、組んでいた足を解き、二人に向けて前のめりになった。
「良く来たな、王国の翼人郵便屋よ」
「はっ! 皇帝陛下に拝謁できて、誠に光栄でございます」
「して、そう改まるな。頭を上げて楽にせい」
畏れ多くも、テラとカエルムはゆっくりと顔を上げる。
ドミヌスは絶世の美女だった。透き通る金糸の髪の毛、少し吊り上がった真紅の瞳。スラッとした鼻立ちと、自信に満ち満ちた口元。どこか妖艶な匂いを漂わせていた。
彼女は高貴なドレスではなく、アストラが着ているような紅い軍服を着用していた。だがそれと違って豪勢な粉飾が施されており、胸元には様々な勲章が輝いている。
彼女はどちらかというと政治の頂点というよりかは、軍事の頂点でありたいのだろう。
「そなた達は初めての旅だったそうだな? どうじゃった?」
「えと、見るもの見るものが新鮮で……」
「そうではない。妾は苦労話が聞きたいのじゃ。お主の翼は、まるで使い古した羽根ペンの羽根先のようになってるではないか。そこに至るまでの経緯を知りたい」
「まず、竜に遭遇しました。蹴り飛ばされて……ゴブリンの矢が刺さったり、それから竜巻に巻き上げられたり、『竜の鼻息』では気流の中で溺れたりしました。でも、アストラちゃ……さんのお陰でどうにか助かりました」
「……えっへん」
「なるほどな。名誉の傷、ということか。よくぞ頑張ったな」
「はい。でも、なんとか人の力を借りながら、前へ前へと進んでいます」
「そうか。お主一人の力だけではない、のだな? 謙虚な姿勢、気に入ったぞ」
「は、はい! ありがとうございます!」
ドミヌスは表情を崩して優しく笑った。それから改めてテラに向かい合った。
「ふむ。その話を聞いて決めたぞ。そなた達なら任せられそうだ。なにせ高い能力と豪運の持ち主と見た」
「す、全ては仰せのままに……」
「……そんな迂闊なこと言うと、ドミヌスとベッドで『熱い一晩』を過ごすことになるよ。この人変態だから」
「あ、熱い一晩……? 陛下と……?」
「マジかよ!? 土人のアタシもか!?」
「……この人、根っからの変態だから」
「妾は神の生まれ変わりとして崇め祀られてる存在だぞ!? そんな帝を二度も『変態』呼びするとは、何と不敬な輩だ! アストラ!」
ドミヌスは犬歯を剥き出しにして怒鳴った。だが、アストラはどこ吹く風と言った感じで臆することがない。
どういう接点があるかはわからないが、二人は軽口を言える間柄なのだろう。
しかし一国の皇帝に軽口を挟めるとは、一体どういう立場だろうか? テラは疑問を抱かずにはいられなかった。
「こほん。そなた達は言ってみれば『使者』と同じじゃ。折り入って頼みがあるのだが――イザヴェルの王子に『親書』を届けてくれまいか?」
「親書、ですか?」
「王都の郵便屋が来ると聞いて、折角の機会であるから、親書を送ろうと思ってのう。王子の戴冠式以来、我が国と王国は疎遠になってしまっていたのだ」
――テラは重圧を感じる。親書、それは国交の要だ。失敗したら国家の安全を揺るがしかねないもの。今度は所長の脅し(訓練)とは違う。
しかしそんなテラのこわばった表情を汲んでか、ドミヌスは少し穏やかな顔で言った。
「親書と言ってもそこまで重要な物ではない。挨拶程度、と言った所か。だからそんなに気負う必要はないぞ」
「わ、わかりました! 全身全霊で運ばせて頂きます!」
テラと皇帝の会話に割って入ったのはアストラだった。
「……二人には護衛が必要だよね」「待て。妾の」
「……護衛は大事」「だから妾の」
「……ボクが護衛しよう」「だから」
「……親書を守るにはボクが」「――ええい! 戯け! 妾の御言葉を聞かんか愚か者!」
ドミヌスは拳を振り上げて金細工の腕かけを叩き、白目で怒声をあげたが、アストラは全く怯えた表情をしない。
むしろドミヌスの叫びにテラとカエルムの方が吃驚して震えた。二人の髪の隙間から汗が零れ、頬を伝う。
「そんなについて行きたいのなら、勝手に同伴するが良い。だが、イザヴェル山脈を超えてはならぬぞ。お主に王都の空は飛ばせられぬ。軍人を隣国に派遣するなど、政治的問題に繋がりかねないからな」
「……わかった。イザヴェル山脈まで二人を送り届ける」
「うむ。その後は速やかに帰途し、軍務に戻れ」
「わかった。そうする……あと、お金ちょうだい。旅費」
「さりげなく金をせびるな馬鹿者。『使者』の面前だぞ。まあ、お前のせいですっかり面目丸潰れだが。女帝の権威も地に落ちたものよ。妾の失脚も決まったようなものじゃ」
「じゃ、ボクが女帝になるね」
「まずは帝王学を学ぶところからじゃな。さて、何十年かかることやら……」
アストラの冗談にドミヌスは笑いながら首を振った。客人であるテラとカエルムの前で顔が立たなかったが、落ちるところまで落ちたので開き直っているようである。それが素なのか、テラとカエルムにはわからなかった。
かと思えば、目を開いたら一瞬で、鋭い眼光に戻っていた。まるで心の内を見透かすような視線だった。
「――そう言えば、そなた達の中で『アヴィス』という元翼人を見た者はおらぬか?」
テラは吃驚する。思いもしない人物の名前が皇帝陛下の口から出たからだ。焦りながら口を開く。
「え、あっ! アヴィスさんなら、ウルドの私の実家におります!」
「ウルドの……? まさかそなたの親は、母親が高潔な翼人貴族で、父親が下賤なスラム民の亜人かえ?」
「そ、そうです……よくお分かりで」
「ふふふ……はははははっ! 何と、何と数奇な!」
ドミヌスは豹変して笑った。まるで、なにかを嘲笑うかのような不気味な笑顔だった。
「なるほどな。そなたの両親は、アヴィスを庇ったんだな」
「え、えっと……仰ることがよくわからないんですが……」
「アヴィスはそなたに、翼を失った理由を『何と』伝えている?」
「事故、と聞いてます……正確には、はぐらかされてますけど」
「――ふふふ。なにを隠そう。アヴィスの翼を切り落としたのは、この妾じゃ」




