透明なブレスレット
カエルムは茶色のおさげを揺らしながら、同色の翼を背負い、匂いが消えない内に小走りで痕跡を辿る。石垣の立ち並ぶ小道に入り、群衆を手でどかしながら、一歩一歩進んでいく。
そんな自分の姿を見て、カエルムは嘲笑した。
まさか自分が誰かのために働くなんて想像していなかったからだ。テラの言動を見て触発されたのだろうか……。
「この辺だな」
匂いが一層強まった。盗品はこの近くにあるはずだ。鼻を利かせて、慎重に探る。
すると一軒の怪しげな雰囲気の宝飾店に辿りついた。そこから強い臭気を感じる。看板の類はなく、そこが営業しているかすら怪しい。だが通りに面したショーケースには、確かに宝石が陳列してあった。全て値札はなく、いかにも怪しい。
「邪魔するぜ」
カエルムは乱暴に扉を開ける。中には二人の人物がいた。
ひとりは禿頭の店主らしき人間で、もうひとりはいかにも悪党、盗人といった感じのフードを被った人間だ。二人ともカエルムの突然の登場に駭然としていた。
「な、何だお前は?」
「アタシはカエルム。透明なダイヤのブレスレットを探してるんだが……それだな」
盗人の手には件の透明ダイヤをあしらったブレスレットが。口述通り金糸に通してある。今まさに売買の取引をしているところだったらしい。
「な、何ですか急に押しかけて! これは弊社が買い取ったものです!」
「生憎それは盗品だ。返してもらおう」
「ふざけんな! これは俺が持っていたものだ! 誰が渡すもんか! これを売って今日は豪華な帝国料理フルコースを堪能するんだよ!」
盗人にも三分の理があるらしい。或いは、盗人猛々しいとも言う。カエルムは目を閉じて降参するように手を挙げた。
「そのブレスレット、『シトラス』って刻んであるだろ? それは彼氏が必死に稼いだ金で、彼女に買った贈り物だ。一生懸命に働いて、な。それ聞くと罪悪感を感じないか?」
「「感じない」」
二人は即答した。その言葉にカエルムは発作的にぶち切れた。返答次第では穏便にことを済まそうとしたが……そんな気はとうに失せた。
思わず裏拳でショーケースを殴り、ガラスを割った。さすがに悪党二人もたじろぐ。
「ろ、狼藉者め!」
が、店主はいきなりいきり立って、宝石の原石らしきものをカエルムに投石する。
「おわっ!」
そのうち一つがカエルムの肩に命中し、彼女はよろける。
それを好機と見た盗人がカエルムに肉迫した。顔面に向けて繰り出される拳。
彼女は首を横に倒しそれを躱し、相手の腹部に蹴りをかます。
それから思いきり盗人の足を踏み抜き、お返しと言わんばかりにその顔面に肘鉄を食らわす。怯む男に隙を作らず背負い投げをかます。
投げられた盗人は、棚に陳列してあった宝飾品を散らかしながら背中から倒れこんだ。追い打ちに茶色の翼を回転させて強烈なビンタを喰らわせてやる。
「あああああああ私の売り物が!」
「悪いな。アタシはテラみたいに優しくないぞ!」
店主はカウンターを乗り越え、カエルムに殴りかかる。カエルムは一歩後退し、右手で拳をいなし、左手で店主の右顔を平手打ち。
それから額に向けて頭突きを繰り出し、思いきり局部を蹴り上げた。店主は痛みで呻き、そのまま崩れ落ちて床を舐めた。
一仕事終えたカエルムは、口笛を吹きながらカウンターに置いてあったブレスレットを手に取る。間違いない。『シトラス』の刻印も見て取れる。
「よし、と」
そう呟くとカエルムは堂々と、悪びれもなく宝飾店を後にするのだった。
……男二人は、まあ、放っておいてもしばらくしたら勝手に立ち上がるだろう。
彼女は帰り道もプエルの匂いを辿って元来た場所へと向かう。大雑把な道のりはわかっていたので茶色い翼を広げてゆっくりと通路を飛翔した。
フィデス通りに戻ると、玄関先に心配そうに立つテラとプエル、それから手がかりなしと言った感じのアストラが立っていた。
「やーやー。取り返してきたぜ」
「うわぁ、カエルムちゃん本当に取り返してきたんだ。凄い! ありがとね!」
「ああ、何と……本当にありがとうございました!」
喜ぶ二人を見て、カエルムの表情も少しばかり綻んだ。が、それは一瞬で、気恥ずかしいようで頬に朱を散らしてそっぽを向く。
アストラがその頬をつついて挑発し、カエルムは歯をむき出した。
プエルはブレスレットを綺麗にしてから木箱に収めて、鮮やかな赤色の包装しで包み、リボンを添える。それからそれと手紙と駄賃をテラに手渡した。
「本当に助かったよ。ありがとうございました!」
「いえいえ! こちらこそ『想い』に応えられてよかったです!」
テラはそう言うと引き下がり、プエルの家を後にする。彼は三人の姿が見えなくなるまで見送りした。
「なぁテラ。腹減った。頑張りに見合うものを食べたいぜ」
「そうだね。路銀がないけど、少しばかりのへそくりはあるからそれで何か食べようか」
テラは胸ポケットを漁り銀貨を取り出す。大陸間で締結された協定で通貨は統一されているので、王国の通貨でも帝国で使うことができた。逆もまた然りだ。
三人は帝都の中心にほど近い商店街に向かう。周囲には露店がいくつもあり、どこからも香ばしくて食欲を掻き立てる匂いが漂っている。
カエルムは思わず垂涎した。二人は露店で牛串を買って、近くにあった塔の上で軽い休憩にすることにした。安い牛串二本しか買えず、文字通り無一文になってしまった。
「この牛串ってやつ旨いな! 岩塩の味わいと、仄かな香味、それから肉汁が零れ落ちて最高だ……ってアストラ。おい、これはアタシの牛串だぞ!」
「……一口くらいご相伴に預かっても。ボク、今お金ないんだよ」
「やらんぞ! やらんからな! やめろ無理矢理食おうとすんな!」
「あ、一個落ちた……」
「ねぇカエルムちゃん、落ちたものを犬食いしないでよ! ……アストラちゃん、私の牛串食べな?」
「いいの? 遠慮なくもらうよ」
「どうぞ!」
テラの牛串をもらったアストラは、もぐもぐ咀嚼しながら思い出したように語り始めた。
「……そう言えばさっき詰所に帰ったときに伝令が来て、二人に帝宮に来るよう勅令が届いたんだ」
アストラは何気なく言ったつもりだろうが、その言葉は瞬時に二人を怖気をつかせ、狼狽させるのに十分だった。二人の顔から血色が消失し、手から串を落とす。
「ち、勅令……? 私たち何かやっちゃった!?」
「アタシたち殺されるんだ……牛串を落とした罪で、断頭台で首切られて……」
「……もぐもぐ。別に、何かお咎めするためとか、処刑するためじゃないよ。女帝は何か用事があって呼んでるだけみたい。へいき、へいき」
血の気が引く二人を前にアストラは弁明する。
すると二人は安心したのか、次第に顔に血色が戻ってきた。
「とにかく宮殿に行ってみよう。宮殿は街の頂にあるよ」




