煩雑な帝都の道に
「と、とにかく! まずはパックス通りを目指すよ!」
「……パックス通りはこっちだね」
アストラの案内を受けて無事にパックス通りまでは来られた。あとは占い師・エリカの母親の家を探すのみとなった。
だが家を特定するのに難航した。手紙に記載されている住所の多くは、部屋番号や建物名を書かれていないのだ。
テラたちは根気強くフォルマのことを聞いて回り、小さな情報を頼りに宝石店に入る。初老を迎えた男店主が出迎えてくれた。
「すみません。人探しをしてまして、フォルマさんっていう方で、娘さんはエリカさんって言うんですけど」
「おお、エリカの母親か。知ってるとも。小さい頃はいたずらっ子で、売り物の宝石を盗んだり、水晶玉を割ったり、店の看板を破壊したり――」
「あー、思い出にふけっているところ悪いが、先を急いでるんだ」
「おお、すまんすまん。フォルマの家ならここの三軒先だ」
「遮って悪いな。助かる」
カエルムはテラとアストラに頷いてから店を出る。三軒隣りに小ぢんまりとした石造りの集合住宅が立っていた。表札はフォルマ&エリカとある。
「こんこん! お届けものです!」
しばらく間を置いたあと扉が軋みながら開き、中から痩せた初老の女性が現れる。彼女はエリカと同じエルフ族だった。金髪で背が高く、耳は長く尖っている。
「あら、郵便屋さん?」
「王都のエリカさんから荷物を預かっております!」
「まぁ、エリカから……遠路はるばるご苦労様です。エリカは元気にしてますか?」
「はい! 王国でも有数の占い師として活躍されていますよ! 私も占ってもらって、『このあと悲劇に見舞われる』って言われたあと、塔にぶつかって墜落しましたから。すごい的中率です!」
「ふふふ。そう……それならよかったわ」
テラから小包と手紙を受け取ったエリカの母親は、中を検めた。中から出てきたのは便箋と水晶。水晶石は帝国において『病気が早く治りますように』という意味があるとフォルマは説明してくれた。
「……実は、エリカとは喧嘩別れみたいな感じになってしまったの。あの子向こう見ずな性格じゃない? それでいきなり海外に行きたいって言い出して、喧嘩になったの。それから勝手に出て行ってしまったのよ。それで、私の方も少し気に病んでしまって……」
「伺ってます。でも、エリカさんもフォルマさんのことを凄く気にかけていましたよ」
「そう……ありがとうね。返事を書くから少し待っててもらえるかしら?」
「はい! もちろんです!」
フォルマが家の中に消えて手紙をしたためる間、カエルムは退屈そうに腰に手を当てた。だが表情は至って真面目で、テラの一挙手一投足を見ているようだった。アストラはボーッと屋根の隙間から空を見ている。
しばらくするとフォルマが出てきて、封筒に入った手紙をテラに渡してきた。
「あの子に……エリカに届けてくださる? 謝罪の言葉も添えたのだけれど、少しは本心が伝わるかしら?」
「かしこまりました。責任を持って届けさせていただきますね。――大丈夫だと思います、エリカさんもフォルマさんのこと気にかけてましたし。私が直接会ってお話いたしますね」
「そう……ありがとう。お願いね」
『想い』の込められた手紙を大事そうに配達鞄に入れたテラは、フォルマに挨拶してから二人と一緒に中央広場に向かう。
そして早速次の配達先を探した。次の配達先はフィデス通りに住まうプエルという人物らしい。
「すみません。プエルさんってご存知ないですか?」
「うっす。プエルってやつを知らねぇか?」
「……突然ごめん。プエルって人知らない?」
テラたちは先ほど同様に人々に道を聞いて回り、目的地を絞り込んでいく。
フィデス通りは少し暗い場所で、家々の間隔は狭く、洗濯物を干してもなかなか乾きそうもないほど日当たりが悪い。
そんな通りの一角に、プエルという青年は住んでいた。
「こんにちは! 『スペス郵便局』のテラと申します。手紙を配達に参りました!」
「やあこんにちは。僕の彼女からかな?」
テラはお洒落な薔薇の装飾が入った手紙を手渡した。綺麗で繊細な宛名書きだ。
「ああ、やっぱり……うう……」
突然、青年はよよよと泣き崩れた。焦ったのはテラだった。カエルムも目を丸くしている。アストラは動じない。
「ど、どうしましたか!? まさかフラれたとか!?」
「……うう。実は彼女に渡す高価なダイヤのブレスレットを買ったんだが、さっき盗まれてしまったんだ……ずっと彼女に似合うと思ってて、毎日必死に働いて、ようやく買えたものなのに……」
「そ、そうだったんですね……」
テラは何とか青年プエルを励まそうとするが、なかなか慰めの言葉が浮かばなかった。
するとその間に声を発したのは、意外にもカエルムだった。
「そのブレスレットていうのはさっき盗まれたんだな? どんなやつだ?」
「ああ、今し方盗まれたんだ。透明なダイヤをあしらってあって、中の糸は金色をしてる。あとダイヤの一個に彼女の名前『シトラス』って刻んであるんだ」
「なるほどな。了解した……悪いが少しお前さんの匂いを嗅がせてくれ」
「えっ?」
カエルムは混迷するプエルの手を取ると、鼻を近づけて匂いを確かめる。それから「うん」うなずいた。
「テラ、アタシとアストラはブレスレットを探してくるから、その間に手紙を受け取ってくれ」
「いいけど、何か『当て』があるの?」
「まあな! アストラ、お前は空から怪しい連中を探してくれ!」
「……わかった」
カエルムはそう言い残し、テラを置いて、勢いよく通りを駆けていった。
(うちの民族は鼻が利く。ばあちゃんが言ってた。元々は森でトリュフを探し当てるために発達した機能
らしいが、こんな風に役立つとはな)
青年プエルの匂いを辿っていけば、必然的にブレスレットに辿り着くはずだ。
濁った空色の両目に微かな光が灯る。人間の一万倍ほどある嗅覚を持ってすれば、通路に矢印がつくほど分かりやすく進むことができた。




