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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第七章 姉妹と呼ばれて
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ビムス村

 明け方。ビムス平原は天気に恵まれていたが、地上は朝霧に包まれていた。

 天日が差し込み、霧に反射してキラキラと輝いている。朝の気配にテラは静かに瞼を開けた。空気はひやりとするくらいに澄んでいる。

 目の前ではカエルムが横向きになって寝息をたてていた。

 テラは翼と獣耳についた朝露をふるい落としてから、立ち上がって腕を伸ばし、新鮮な空気を肺に取り入れた。


「んー!」


 昨晩、カエルムは怪しい動きを一切しなかった。疲労もあったようで、眠りは深かった。テラに対して、敵意を感じさせるような素振りは見せなかった。


「……今日にはビムス村に寄って、帝都は明日から目指そうかな」


 マップケースに挟んだ地図を見下ろしながら、テラは次の進行を決める。羅針盤での確認も怠らない。ビムス村はもう直前。

 だがそこから帝都に向かうには、二つの道があった

 一つは数十キロの海を超える道と、もう一つは陸伝いに数百キロ行く道だ。どちらを選択するかで旅路が変わりそうだった。

 アヴィスや母親、それにアイリスだったらどの道を選ぶだろうか。


「ん……」

 カエルムがテラの動きを察知して、寝ぼけまなこで半身を起こす。

「眠い……」

「おはよ! 昨日はぐっすりだったね?」

「ああ……腹減った」


 カエルムはのっそりと立ち上がり、いきなりピンク色の下着を脱いでから、立ったままチェック柄のスカートをたくし上げた。


「ちょ、ちょっと待って何するつもり!?」

「何って、小便だが」

「ねぇ、女の子なのにそんな下品なことしないでくれる!? せめて恥じらいを持ってよ!」

「誰も見てねーからいいじゃんか」

「私とお天道様が見てるっ! それに私の精神衛生上よくない!」


 テラは慌てて柱の影にカエルムを隠し、座って用を足すように指導する。

 カエルムの容体は問題なさそうだった。痛みもないらしい。

 二人は忘れ物がないことを確認してから廃宮殿を飛び立ち、残り数十キロに迫ったビムス村を目指すのだった。

「着いたらまずはごはん屋に行こ!」

「賛成だ!」



 ――そして二人は帝国領・ビムス村にたどり着く。村の景観には目もくれず、食堂へと駆け込んだ。


「二人は姉妹か? 顔は似てねぇが、雰囲気が似てるな」

「姉妹……みたいなものですね……私が姉で、こっちが妹です」

「は? アタシが姉で、お前が妹だろうがよ」

「絶対違う! 私がお姉さんだ!」

「何だと!? ここで勝負つけるか!?」

「まぁまぁ、落ちつけよ」


 まさに腹が減っては戦はできぬ。

 昨日の昼と夜、それから今日の朝食を抜かした二人は飢えた猛獣だった。


「親父さん! 地竜のステーキください! レアで! 二キログラム!」

「アタシにも肉寄越せ! テラの奢りで!」

「なんで私の奢りなのよ!? 自分で払いなさい!」

「あ? ここでお前の翼引っこ抜いて売るぞ!?」

「まぁまぁ、落ちつけって!」


 二人は食事を前に、分別(ふんべつ)のつかない子供のようになっていた。

 カエルムは出され二キログラムの肉にかじりつき、テラはナイフで肉を切っては口に放り込むのを素早くやってのけた。口に入れた途端肉汁が溢れ、口内で肉は溶けていく。バターの風味も旨さに貢献していた。


「昔、黒い翼をした配達員の女の子が、同じようによい食いっぷりでゴブリンの肉を食ってたな……」

 強面(こわもて)の店主もその食べっぷりに驚いていた。


「なんて名前の人ですか?」

「確か、アヴィスと言ったか」

「アヴィスさん、ここにも来てたんだ……」


 ふいに、知った名前が。

 その名前を口にすると、会いたい気持ちが沸いてくる。もちろん両親とも会いたかった。

 それを忘れようとして、テラは食事に戻る。


「カエルムちゃん、犬食いしないでっ! 見てるだけで恥ずかしい! ちゃんとフォークとナイフを使う!」

「うるせぇ! こっちの方がアタシのスタイルに適ってるんだ!」

「な、何なんだこのお嬢ちゃんたち……」


 髭面の料理人の親父は明らかに困惑していた。朝からステーキ(それも厚切りで重量もある)を平らげんとしている姉妹が二人。その小柄な体のどこにそんな胃袋があるのか、二人は半ば喧嘩しながら食事を小さな口に運んでいた。あっという間に肉塊が消えていく。


「ところで、お嬢ちゃんたちは見たところ郵便屋みたいだけど、帝都から来たのか?」

「いえ。私はイザヴェル王国の王都ウルドから来ました」

「ほう、イザヴェルからか! 遠路はるばる来たんだなぁ」


 店主の親父は感心したようにうなずいた。

 その後は特に会話も続かず、テラとカエルムは黙ったまま分厚い肉の塊に集中して、それを平らげるのだった。

「ふぅ……お腹いっぱい。けぷ」「あー食った食った。げぷっ」

「んじゃ、勘定をお願いしてもいいか?」

「もちろんです! ご馳走さまでした!」


 テラは支払うべく路銀が入ったポーチを探す。だが、何本のベルトとポーチを手繰り寄せでも見当たらない。次第にテラの表情が曇り始める。


「あ、あれ……? コインケースが見当たらない……」


 ふとテラの記憶に昨日のハヤブサとの交戦がよぎる。確かあのとき、隼の脚にぶつかって何かポーチが弾け飛んだような――丸い、ミノタウロスの胃袋で作られたポーチが――

「あっ、あのときお財布落としたんだ……!」

「……あぁ? お嬢ちゃん?」

「えと、ごめんなさい……カエルムちゃん。お金持ってない?」

「ねぇよ。ずっと森の中で生活してたんだから」

「ほう? お嬢ちゃんたち、食い逃げはよくねぇよなぁ……?」


 親父の表情が見る見るうちに豹変していく。鼻息が荒くなり、白目を剥き、嫌に上がった口角が恐ろしい。

 そして大きな手でテラとカエルムの翼を乱暴に掴んだ。テラとカエルムはなすすべなく、二人で手を合わせ、向かい合って震えあがる。


「翼人の手羽先は美味いって聞くし、翼は高額で売れるっていう。しかも、翼をもいで傷物になっても、娼館では特殊なやつらの需要を満たすって言うしな……?」

「あ、ああ……あぅう……」「ひっ……」



「……というのは冗談だが、せめて食べた分くらい体で返せよ」

「体で……ぐ、具体的には? 娼婦になれ、とか?」

「いや違ぇ。今日、村の集会所で宴会があるんだ。そこに大量の料理を持って行かないといけない。あと何人か、食事や荷物とかを届けて欲しいってやつがいるんだ」

「食事の配達ですねっ! それなら王都でもやってたので任せてください!」


 体で返す、などという文言に一瞬脅されたが、やるべきことは普段と変わらないものだった。それが地竜ステーキ二キログラムの代わりになるのなら猶更だ。断る道理はない。


「んじゃ、早速一軒頼む。水車小屋のニックス爺さんにワインボトルを届けて欲しいんだが……まずお前たちの名前は?」

「私はテラです!」「アタシはカエルム」

「テラとカエルムだな。俺はルドルフ。見ての通りしがない料理人さ。さあて、今日は食った分しっかり

働いてもらうからな!」


 こうしてテラとカエルムの配達が始まるのだった。

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