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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第六章 ノウェイ村と離魂の森
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闘争の果てに

 テラは倒れこんだカエルムの元へと舞い降りる。スカートを折り畳んで地面に膝小僧をつき、カエルムを抱き起こす。『最悪の場合』を想定した彼女の顔は暗かった。


「カエルムちゃん、大丈夫……?」

「うっ」


 ――奇跡的に、カエルムは無傷だった。


 顔も泥と砂だらけで、茶髪のおさげは乱れているが、特に傷はない。羽根も抜けて散っていたが、大きな傷にはなっていないようだ。体にも傷はおろかアザすらなかった。


「あ、ああ。大丈夫だ……怪我とか痛みはない。それよりも、どうして出会ったばかりなのに庇った……?」

「衝動、かな? 今までの『教育』の賜物(たまもの)ってやつだよ。お父さんお母さんと、アヴィスさんに感謝しないとね?」


 カエルムは光のない瞳でテラの顔を見る。先ほどまでのおちゃらけた表情はなく、至って真面目な顔つきだった。


「……空ってのは、楽しいだけの場所じゃないんだな。やっぱりばあちゃんの言った通りだ」

「そう、だね。私もこの旅に出るまでは知らなかったけど」

「よくもまあ、たったひとりで飛べたもんだ……」


 テラは肩を貸してカエルムを立たせる。自力での歩行も問題なかった。

 ――近くに人工物が見えたので、二人は歩いてそこへと向かう。それは古代文明の神殿、その廃墟だった。ウルドの元老院と同じ年代の建築物かもしれない。似通っていた。

 屋根こそ崩れ落ちていたが、剥き出しになった威厳のある柱が槍のように突き出していた。

 野営には丁度よさそうだ。二人は階段に腰を下ろして水を飲み、休息を取った。


「もし怖くなって、この旅がやめたいなら、ここで解散してもいいよ」

「……」


 カエルムは光のない青い目で空を見上げていた。考えあぐねているようだった。

 空では日が傾き、夕焼けが辺りを染め上げていく。夕陽を受けた雲が陰影を落とし、風は草原に静寂を運び、少しずつ周辺の気温を奪っていく。


「……そ、その、借りは返す。まだ『楽しいこと』も経験してないし。もうしばらくは旅についていきたい」

「そう? わかった」


 テラは敢えて淡白な口調でそう言う。カエルム本人が旅を諦めるのならそれでもよかったのだ。

 腹の内では今日はここを動かず野営して、明日ビムス村を訪れることを決めていた。


「残念ながら食料ポーチは竜巻で飛ばされちゃったから、今日はご飯抜きだけどいいかな?」

「……ちっ。わかった」


 ぐう、と二人のお腹が鳴る。今日は朝食以外お預けとなっていた。

 飛び回っていたから当然お腹も空く。ひもじい思いにテラは眉根を寄せた。しばらくは自分の腹とカエルムの腹を交互に見ていたが、気分を変えたくて薪集めを買って出た。


「薪を集めてくるから、そこで休んでて!」


 テラは付近で狼などの魔物に警戒しながら可燃物を探した

 丁度枯草があったので拾い集め、細木を折って焚火の骨組みを作る。それから魔法式のライターを取り出し、着火。火炎は草と枝を糧にして燃え上がった。


「……アタシ、生まれたときからばあちゃんしかいなかったんだ」


 焚火を見つめながら、胡坐(あぐら)をかいていたカエルムはぽつりとこぼした。テラは膝を抱えて座り、それを聞いていた。


「父ちゃん母ちゃんも、村のみんなも、みんなオオタカに喰われちまったって」

「……そうなんだ。村の人たちって、何人くらいいたの?」

「ざっと百人くらいはいたらしい。でもみんな、オオタカと戦いになって負けて、ばあちゃんと赤ちゃんのアタシだけが生き残ったんだ。だからばあちゃんは常々言ってたんだ。『空は怖い場所だ。飛んではいけないよ』ってな」

「そっか。翼人で、羽があるのに飛んじゃいけないんだ……」

「そう。でも、アタシは心の中でずっと『いつかは空を飛んでやる』って思ってた。ばあちゃんが死んで、孤独だったから。本当は、誰かと逢いたかったんだと思う。一応、村はアタシにとっての『故郷』であり『聖地』だから、守るために縄張りは張ってたけどさ」


 カエルムはテラの顔を見てふふと笑った。闇を溶かした瞳に、焚火と彗星の光が映り込む。透明な大気の中、星々は強く強く煌めいていた。


「それにしても森の外の夜空は、こんなに綺麗なんだな……」

「そうだね。私もウルドを出るまで知らなかったよ」

「……今日、森に小さな翼人が入ってきて驚いた。ちんちくりんな女子がな」

「だから! ちんちくりんじゃないっ!」

「立派な翼を持った、立派なちんちくりんだよ。ハヤブサに狙われてるときに凄いなと思った」

「そ、それはどうも……」

「何か、カッコよかったよ。飛んでるお前」

「それは、どうも……」


 テラは人差し指で右頬を掻く。頬は赤く上気していたが、それが照れたからか、焚火の熱が伝わったからかはわからなかった。


「……ふぁ、眠くなってきたな。アタシは寝るぞ」

「うん、お休み!」


 さすがに初めてのことだらけで緊張していたようで、カエルムは疲れ切っているようだった。彼女は横たわり、茶色の翼をもぞもぞさせている。


「私も寝ようかな?」


 テラは刀剣を抱きかかえて眠りにつく。さすがに見ず知らずの翼人を背後にして寝る度胸はなかった。しかも、相手は加減はしているものの暴行事件を起しているのだ。

 テラは翼を広げて、致命傷になり得る場所を隠す。それから警戒心を解かず、カエルムに向かい合った。


 彼女はカエルムが静かな寝息を立て始めるのを確認してから、意識を完全に抜かずに、仮眠をするだけに留めた。

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