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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第六章 ノウェイ村と離魂の森
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急襲

 残念なことに、カエルムの飛び方は素人丸出しだった。あまり森の中の生活が長かったせいだろう。

 誰かと並走することに慣れてなくて焦っているのか、変に腰が引けて、枝にぶつかり時々テラに助けられながら森の奥へと針路を取る。


 テラも最初はそうだった。幼少期に母親から飛び方を教わり、アヴィスから理論的な指導を受け、アイリスにさらに難易度の高い技術を叩き込まれた。翼人とて最初から上手く飛べるわけではないのだ。

 それでも、カエルムはまだ『見られる』方ではあったが。


「最初はちんちくりんで貧相なやつだと思ったが、お前は飛ぶの上手いんだな!」

「だっ、誰がちんちくりんで貧相だって!?」

 テラは顔を赤らめて飛びながら拳を振り上げる。そんな様子を、振り返りながらカエルムは嘲笑った。そして木の幹に激突して墜落した。



 ――二人はしばらく薄暗い原生林の内を飛んでいたが、やがてそれも大河に遮られて途切れた。空を渡河すると今度は遮るもののない平野に出る。鮮やかな青色の空に若草の新緑が映えていた。


「見ろ。これがビムス平原だ。ここを超えると帝国領に入る」

「もう草原は食傷(しょくしょう)気味かなぁ……」

「何だ。アタシは空から見る草原は新鮮だぞ」


 テラはマップケースに収められた伝票で行き先を決める。帝都より先に、そこに近い小さな村に配らないといけない荷物があった。村の名前は『ビムス村』。丁度この平原と同じ名前を冠していた。


「帝都に向かう前に、ビムス村にいかなきゃ」

「ビムス村だと、ここから北東に数キロだな。何回か畑の野菜を拝借させてもらった」

「ふんふん……」

 テラは地図と方位を確認してカエルムの言葉通りなのを調べた。並んで草原を飛んでいると、不意にカエルムがテラの方を向いて疑問を投げかけてきた。


「ところでお前はなぜ旅をしている?」

「私? 私は郵便配達員で、みんなの『想い』を運んでいるんだ!」

「『想い』?」

「そう『想い』! 手紙には、人それぞれの気持ちが込められているからね!」

「お前はその『想い』とやらを運ぶために、自分を犠牲にしているのか?」


 カエルムが言いたいのはテラが負った無数の傷や汚れのことだろう。それが彼女の目にはそう見えたのだ。

 テラは「うーん」と唸って、唇に指を当てて少し考えてから言葉を返す。


「まぁ、そうなるかも。でも、誰かのために――」

 テラは反射的に厚い靴底でカエルムの背中を蹴飛ばす。

「なっ、何しやがる!」

 突如。先ほどまでカエルムがいた場所を巨大な爪が通り過ぎた。



「――ハヤブサだっ!」



 オオタカに見つからないために森を抜けたのに、結局、巨大なハヤブサに目をつけられる羽目になってしまった。接敵し、交戦が繰り広げられる。


 おそらくこの大陸で最速。竜よりも高い速度と機動力で、狙った獲物を狩る巨鳥だ。体躯(たいく)はテラよりも三回りほど巨大で、背は灰色で腹はまだら模様。翼を広げればその巨大さは風車くらいになる。黄色い嘴と黒い爪は肉を容易に引きちぎる力があった。

 ハヤブサはブーメランのような鋭利な形の翼を翻し、悠々と旋回して上昇を始める。


「カエルムちゃん、直線に飛ばないでっ! ジグザグに飛んで!」


 ここに二人いたことが幸運だった。ハヤブサの狙いが分散し、回避に一役買う。

 ハヤブサは大気を切り裂き急降下。テラに狙いを定めた。テラは敢えて急登してハヤブサに突っ込む。

 そしてハヤブサの脚が伸びる瞬間に、体を回転させて真横をすり抜ける。爪に引っかかり何かしらのポーチが吹き飛び、制服に浅い裂傷が走った。肌に傷はない。


「っ!」


 降下していくハヤブサと目線が交錯する。次はテラが下降するときに狙われると確信した。


「カエルムちゃん、地上スレスレを飛んでっ!」 


 テラはどこにいるかもわからないカエルムに指示を飛ばす。

 そして通過したハヤブサの尾羽を追うように、今度は逆に降下する。地上にぶつかる直前で一気に身を引き上げて草原を擦るように飛ぶ。

 急旋回して正面から突っ込んできたハヤブサの爪を、寸でのところで反転し、回避。


 ――ハヤブサの得意技は急降下による一撃離脱だ。地上スレスレを飛ぶのは、その最速を殺すための、アヴィスから教わった手法だった。


 テラがハヤブサの攻撃を封じた一方で、カエルムはテラの指示通りに動けていなかった。


「う、うわっ!」


 地上数十メートルのところをふらふらと飛んでおり、ハヤブサの格好の狙いになっている。

 ハヤブサは一度放物線を描いて上昇し、遅いカエルムに狙いをつけて一気に滑空する。


「――っ! 間に合わないっ!」


 カエルムは蹴落とされる。茶色の羽根が水滴のように飛び散った。彼女は地面に墜ちた。

 一気に旗色が悪くなる。


 ――しかしここでカエルムと『別れる』恰好の機会。テラは一瞬思考する。


「ダメだっ……!」

 あの雨の日。川に落ちた男の子を助けたときのように。テラはカエルムを見放すことができなかった。それは命の優しさだった。放置することはできない。


「こっちだよっ!」


 テラはハヤブサの視線を奪うようにして、カエルムの上空を乱雑に飛ぶ。狙い通り、ハヤブサの目がテラを捉えた。

 テラは地上ギリギリを飛んで、体を左右に傾ける。ハヤブサは白い羽を執拗に追った。

 急降下ではハヤブサに軍配が上がるが、平面飛行ではテラと対等だ。ハヤブサが爪でテラに迫る。


「っ!」


 テラはぐるんと回転してそれを躱す。そしてハヤブサの黄色い鱗で覆われた脚を蹴って、予想外の方向へと飛び込んだ。ハヤブサの視界から一気にテラの姿が消えた。

 そんなテラの奇抜な作戦に、ハヤブサはこれ以上は体力の無駄と踏んだのだろう。


 やがて身を翻し、上空を離れて空の霞となった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 テラの息は完全に上がっていた。とめどなく汗が流れる。緊張と激しい運動で、心臓の鼓動が痛いほどだった。

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