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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第六章 ノウェイ村と離魂の森
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カエルム

 茶色の髪を長いおさげにして、自由に漂わせている。空色の瞳は鋭く、ハイライトはなく、どこか得意げな感じ。彼女は口角を上げて薄ら笑いを浮かべている。

 身長も翼もテラより一回り大きい。翼は茶色で、華奢なテラのものとはまた違った風貌だ。だが、茶色といっても決して汚い色合いではない。欠損はなく美しいそれだった。


 ――そしてなにより。彼女はテラと同じ、『スペス郵便局』の制服を着ていた。少しスカートも一緒だが、丈はテラよりも短い。豊かな胸のせいでボタンは外れていた。


「あ、あなたは……」

「ふふ。アタシに名乗らせる前にまず名乗れよ、お前は?」


 ヘレナから事前に情報提供がなければ相当焦ったことだろう。聞いておいて正解だった。

 ――恐らく彼女がこの森を縄張りにしている『主』なのだろう。魔獣と聞いていたが、彼女が腰に下げた棍棒を見るに、彼女が気絶事件の犯人だろう。

 もう一人の翼人はケラケラ笑う。それでも困惑するテラを見て楽しんでいるようだった。


「えっと、私は『スペス郵便局』のテラ、です」

「ふーん、テラね。一応名乗っておくよ。アタシはカエルムだ」


 カエルム、そう名乗った少女は心底楽しそうに笑う。(わら)う。


「ま、今から気絶してもらって、森の外へ連れていくんだけどな!」

「ええーなんで!?」

「そりゃ『神聖な』アタシの縄張りに入ったからだよ! さ、大人しく気絶しろ!」


 カエルムは腰に下げていた棍棒を手に取る。

 思わずテラは剣の柄に右手を伸ばした。臨戦態勢を取る。


 ――が、相手は人語を話すのだ。しかも同族の翼人。ならば対話によってこの場を解決できるかもしれない。そうテラは思案した。


「あなたはずっとこの『離魂の森』にいるの?」

「……そうだよ。この先にあるビムス平原くらしか行ったことはない」

「人語も話せるし、飛べるんだから街にでも行けばいいのに。友達とか増えるよ?」


 テラは自分自身に言い聞かせるようにそう言った。カエルムはハイライトのない瞳子(どうし)(すが)めて答える。


「と、友達……? そんなのは必要はない。アタシはこの森に棲む『孤独の翼人』だ」

「どうして森の外に出ないの?」

「ばあちゃんが言ってた。アタシの父ちゃん母ちゃんはオオタカに喰われたって。アタシとばあちゃん以外の他の村人も、全員。だから外の世界は危ないって」


 カエルムは引き続き目を眇めたまま、そう答える。テラは親身になって返した。


「そっか……それで怖くて閉じこもってたんだね……ところで、何かを食べるのは好き?」

「この森に棲む鹿の肉しか食べたことない。あとは鼠とか、小鳥とか」

「この世界には美味しいものが沢山あるよ! 試しにこれ食べてみなよ!」


 先の竜巻で食糧ポーチは失ったが、テラは制服の胸ポケットに忍ばせてあったおやつの干し肉を取り出し、カエルムに手渡す。以前アイリスに貰ったもので、王都で一番と激賞される老舗のものだ。

 カエルムはひったくるようにそれを手にすると、恐る恐る口をつけた。光がなかった瞳が仄かに輝く。


「う、旨い……! 噛めば噛むほど深みのある味わいが出て、脂と塩の塩梅(あんばい)がいい! 肉も適度に燻されてとっても美味だ! もっとくれ!」

「そうでしょ! じゃ、もう一切れあげる。旅をすれば、もっと美味しいものが沢山あるよ!」

「もっと美味しいものが……?」

「そう! 旅をすれば、その土地にある名産品とか色々食べられるよ!」

「じゅるり……はっ! そ、そんな甘言(かんげん)には乗らないぞ! だって外の世界は怖いんだ!」

「それに旅をすれば友達ができたり、知り合いが増えたり、沢山の出会いがあるんだよ!」

「友達……出会い……」


「丁度、ひとりで旅するのが寂しいと思ってたところなんだ! まずは私と友達になろうよ? 二人なら、ひとりで旅するより安心じゃない?」


「友達……お前と……? 一緒に、旅を……」

 カエルムは明らかに戸惑っているようだった。悩んでいた。

 追い出す対象から友人に勧誘されてどうすればいいのかわからないらしく、視線を左右に泳がせていた。テラは追い打ちをかける。


「――一緒に旅しようよ! きっと二人なら、『怖いこと』も乗り越えられるよ!」


 カエルムは明らかに面食らった顔をした。それはそうだろう。まさか追い出そうとした相手から、旅の同行を提案されるとは微塵も思っていなかっただろう。


「お前、正気か……? アタシと旅する気か?」

「もちろん。旅は楽しいよ! 新たな知見を得られるから! ……楽しみばっかりじゃないけど」

「た、旅は楽しい……?」


 どうやら、『楽しい』という言葉が決め手となったようだった。カエルムは目を閉じてから、

「……別に、手を貸すわけじゃないからな」

 とだけ言って棍棒を下ろす。それからテラに横顔を向けた。その横顔はテラよりも大人びていたが、幼さはまだ抜けきってはいなかった。


「それじゃ、決まりだね。ところでカエルムちゃんは、どうして『スペス郵便局』の制服を着てるの?」

「これは昔、この森を通った恩人から貰ったものだ。黒い翼の、お前みたいな翼人配達員からな」

「へぇ、こんなところを通った先輩がいるんだ……」


 テラは記憶を手繰ってみるが、それが誰からはわからなかった。かつて、スペス郵便局にいたという『伝説の翼人配達員』とやらのかもしれない。


 海外便担当のノエルという先輩がいるが、入社してから一度も会ったことがなかったのでこの辺りにゆかりがあるのかすらわからなかった。


「にしても、私の名前『テラ』が『大地』って意味だから、『空』って意味の『カエルム』だから対になってていいね!」

「翼人のお前に『テラ』と名づける両親はなかなか皮肉屋だな?」

「意味があるんだよ。『空から見る大地のように美しく、多彩な地形のように沢山の感情を知って、広い心を持って欲しい』っていうのが由来なんだって。名づけ親のアヴィスさんが言ってた」

「なるほどねぇ。アタシもそう意味で名前授かったのかな。父ちゃん母ちゃん死んじまったから、もう由来なんてわかんねぇけど」


 カエルムは自嘲気味に鼻で笑った。

 テラはカエルムに向き直って、丸い目を向けて問うた。


「ところで、カエルムちゃんは飛べるんだよね?」

「もちろんだ。さっきのお前みたいな曲芸飛行は無理だがな。多少は飛べる」

「なら、この森の出口まで案内してよ」

 テラは軽い口調で言うが、内心警戒を解かずに、したたかに利用しようとも考えていた。「……わかった。あくまでも本気だな?」

「もちろん。さ、行こう!」

 カエルムは飛び立ち、テラはその黒い翼を追う。



 ――こうして、ひょんなことから、旅の仲間(?)ができるのだった。

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