酒宴
最初の配達先は、ビムス村から外れたところにある湖畔の水車小屋だった。
ビムス村はなだらかな丘にある静かな村で、湖を囲うように半円に広がっていた。澄んだ色の湖に、古い帝国式の石造りの村が浮かび上がっていた。もうしばらく戦争を経験していないのだろう。城壁は苔や蔦に覆われており、平和を謳っていた。
テラは空いた手でワインボトルを持ち、飛んで村の防壁を超えていった。ルドルフは住所がわからない二人に、目印となる建物や簡単な地図を描いて説明してくれていた。
「今回はワインボトルだからいいけど、食事を運ぶときは基本的に迅速に届けるの! なるべく温かいうちにね!」
「ふーん、他には?」
「揺らしたり急制動したりしちゃダメ! 私はそれで何度もスープをこぼして怒られて……」
「ははは! お前、ちんちくりんなだけじゃなくてドジっ子なんだな!」
「い、言わないでっ!」
「こりゃ、テラの能力を超えるのも時間の問題だな!」
「それは絶対許さないから!」
二人は横に並んで小川沿いを飛ぶ。透明な水面に二つの影が走った。
昨日は気がつかなかったが、ビムス村の近くには小さな湖があった。湖畔には小舟が係留してあり、時折風で舟底が揺れていた。その湖につながる小川に水車小屋はあった。
「ここだね!」
テラは先導して着地し、カエルムの着陸を正面で抱きとめる。やはり軟着陸は難しいようで、ドスンと音を立てて盛大に砂埃をあげた。
テラは何となく自分が言われていた『バサバサ音を立てて着地する』という意味が分かった気がした。
「こんにちは! ルドルフさんからワインを預かってます!」
「ほうほう。今日は可愛い姉妹さんが届けてくれたんじゃな」
「一応、今日限定の予定ですけどね!」
水車小屋から出てきた老爺はワインボトル受け取ると、テラの獣耳とカエルムの髪を交互に撫でた。テラは「えへ」と満面の笑みになり、カエルムは「ん」とこそばゆそうに目線を逸らした。
「ところで、あなたはニックスさんですよね? 王都から手紙と小包が届いております!」
「ほう、王都から? 送り主は誰かの?」
「王都ウルドのヌベスさんです」
「ヌベスか。ワシの孫じゃな」
テラから黒い封筒と小包を受け取ったニックス爺さんは、まず手紙を開いて文字の羅列を読み込んでいく。しばらく手紙を読んでいた彼は、不意に地面を見下ろしてむせび泣いた。テラが心配そうに顔を覗き込む。
「だ、大丈夫ですか?」
「……弟が、死んだそうじゃ。十数年前に王都に行ったきり会えなかったからのう。いつかは会いに行こう、いつかは会いに行こうと思っていたが、ワシも歳を取ってのう……行動に移さなかったワシが悪かったが……そしたらこんな別れになってしもうた」
「そうだったんですね……お悔やみ申し上げます」
「こうなるともう後悔しかない。やはり物事を後回しにするのはいけないのじゃな……」
こみ上げる涙を流しながらニックスは嗚咽した。テラはそんな彼にそっと寄り添い、腰にか細い手を回す。カエルムは無表情でそんな様子を見ていた。
「でもきっと、弟さんもニックスさんを気にかけていたと思いますよ」
「そうじゃといいんだが……もっと色々とやってあげれば良かったのにな」
「誰しもそう思います。死に際して『もっとああしてあげればよかった』と思うのは人間の性なんだと思いますよ」
ニックスはしばらくの間涙を流していたが、テラの声かけもあってか次第に気が落ちついてきたようで、手紙を折り畳んでから小包に手をつけた。中から出てきたのは掌サイズの赤いロケットペンダントだった。
「弟の遺灰だそうじゃ」
「これで、弟さんを身近に感じられますね」
「ああ、そうだとも……いつも一緒じゃ――そうじゃ。ルドルフに今日の夜宴を楽しみにしてると伝えてくれ。そのときに返信を書いて持って行くから、受け取ってもらえるかの?」
「かしこまりました! ルドルフさんにも伝えておきますね!」
テラは一礼してから一歩下がり、翼を広げて飛び立つ。無言を貫いていたカエルムもそれに続いた。
「あれがお前の言う『想い』を運ぶってことか?」
「そう。誰かの願いだったり、感情だったり、祈りだったり……そういう人の『心』を届けるのが私の役目なんだ」
「ふーん。なるほどな」
カエルムはどことなく納得した顔をした。
個人への配達は午前中に片づき、二人はルドルフの指示で宴会に向けての準備に入った。具体的にはルドルフの店で出来上がった料理を村の中心にある宴会場へと運ぶ作業だ。
鞄に入れて輸送できる酒瓶や料理はカエルムが担当し、オードブルのような皿に盛りつけられた食事はテラが慎重に運んだ。二人の献身的な作業により、夕暮れになる前には宴会場は鮮やかな料理で彩られたのだった。
「――そして、二人の姉妹配達員に乾杯!」
日が落ち切り、村中から人が集まったところで宴が始まる。人々は料理に手を伸ばし、酒器を交わしていた。テラとカエルムはというと、喧噪の中で配膳の担当をしていた。メイド服で。
黒を基調としたエプロンドレスに白いフリルがついたスカート、頭にはホワイトブリムをつけ、ニーソックスを履いている。テラはスカート丈をギリギリ膝上まで持ってきているが、カエルムはその半分に満たない短さで眩い太ももを晒している。
メイド服の着用はルドルフの要望だった。場を盛り上げたいという意図らしいが、もしかしたら彼もまた奇人変人の類なのかもしれない。しかし無銭飲食している手前、到底断ることはできず……
「うぅ、何でこんな恰好を……」
「アタシは好きだぜこういうの」
カエルムは犬歯を見せて笑うと、スカートの裾をピラッと持ち上げる。男性陣から歓声があがった。それで気を良くしたのか、カエルムはさらに大胆に裾を持ち上げようとする。それをテラが制した。
「やめてよ! 人様を誘惑しないで!」
「えーいいじゃんかよ減るもんじゃないし」
「減る! 私の精神がすり減る!」
「おーい、メイドさんや。ビールをくれビール!」
「あ、はい! かしこまりました、ご主人様!」
テラはカウンターにビールを取りに向かう。その間、カエルムは調子に乗って、腰を左右に振ってスカートを揺らし、男たちを蠱惑し続けた。
「……テラとカエルム。配膳してくれてありがとな。酒と食事も行き渡ったし、そろそろお前たちも飲み食いしていいぞ」
「アタシ達までご相伴に預かっていいのかよ?」
「良いってことよ。今日はそれに見合うくらい働いてくれたからな」
「やったー! また奢りで無限にヴィヌムが飲めるぞぅ! ユグドラシルの樹皮最高!」
「テラ。お前、ヴィヌムが絡むと途端に性格変わるタチだろ?」
テラはもうカエルムの言葉も聞こえないようで、一気にジョッキのヴィヌムを呷ると、「あーっ!」と気持ちよさそうに声をあげて、「ご主人様♪」と連呼しながら立ち上がって村人たちと酒器を酌み交わしに向かった。




