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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第六章 ノウェイ村と離魂の森
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ノウェイ村

 夜になり、テラは小ぢんまりとした大衆酒場に案内されていた。

 屈強な村の男たちと、カウンターに立つ女店主に囲まれて、小さな木製のジョッキを持たせられていた。どうも村人たちはテラの冒険譚(ぼうけんたん)(さかな)に飲むつもりらしい。


 村人の明るい性格を映し出すように、ノウェイ村の建物は赤い石を切り出して組み立ててあった。

 酒場ではみんな酒精が入って哄笑(こうしょう)が絶えることがない。ウルドのインディの店を彷彿とさせる狭い飲み屋のカウンターにテラは座っていた。翼人を酔わすユグドラシルの樹皮ジュース、ヴィヌムを片手に。


「もー最悪れしたよ! 竜と、竜巻のせいで私の美麗な翼が滅茶苦茶になるし、お腹にプスッと矢が刺さったり……矢を抜いたときに、そのまま腸がソーセージみたい出てきたらどうするんでしゅか!」

「はっはっは。凄い経験してるんだなお嬢ちゃん!」

「そうなんれす! 常に命懸けですよっ!」

「全部その翼で乗り越えてきた訳だ?」

「その羽も、度々手羽先にされそうになるんですけどね……」

「まあまあ飲めよ飲めよ。俺の奢りでいいからさ」

「奢りのヴィヌム最高!」


 テラは掌サイズの酒樽を宙に上げ、「乾杯!」と叫んで紅潮した顔でヴィヌムを一気に飲み干す。いい飲みっぷりだと村人たちは感心した。


「――♪廻る廻る螺旋のように。その羽翼を軸に、世界が廻る」


 酒場に暖かな弦楽器の音と歌が響く。ポロン、と優しい音がつま弾かれた。それはリュートと呼ばれる古楽器の音色だった。

 酒場の片隅に座していたのは、赤い長髪の女性だった。彼女はうつむきながら十五本もあるリュートの弦をつま弾き、歌う。


「♪おお、愛しき私の翼よ。どうか墜ちないでくれ」


 テラはその歌声とリュートの音色にどこか懐かしさを覚え、女性を見つめる。

 伏目がちのその眼は翡翠色で、紺色に金の刺繍が入った外套をまとっており、象牙色のシャツに黒い長ズボンを穿いている。


「♪おお、愛しき私の娘よ。どうか地表に帰らないでくれ」


 女性は手を止め、片目を開いてテラを見た。吊り目だった。

 テラは軽く拍手をする。酔いは覚めていた。


「やぁ、お嬢さん。こんばんは。お名前は?」

「テラ、です。あなたは?」

「『吟遊詩人』になったときに名前は捨ててね。でも、そうだな……不便だから、『リベロ』とでも名乗っておこうか」

「リベロさんですね!」


 リベロは洋梨を半分に切った形のリュートを片手に立ち上がり、テラに手を差し出す。テラは握手する。温かくて大きな手だった

 それに割って入ったのは酒場の女主人だった。


「ところで小娘ちゃん。そんな下手な吟遊詩人の歌は放っておいて……」

「下手とはなんだね!? 失敬な! 心を込めたんだぞ!?」


 カウンターの向こうにいた女主人がハスキーボイスで尋ねてきた。


「郵便があってここに来たんだろ? 誰宛だい?」

「うぇ? あっ、そうだった……インディさんのお姉さん宛なんですが」

「インディ? そりゃアタシの弟だね!」

「あ、あなたがヘレナさんだったんですね。今お渡しします!」

「あんがとよ」


 女性はヘレナという。テラは鞄を開けて手紙を取り出し、茶封筒を手渡す。

 ヘレナはスレンダーな女性で、肌は白く、細身にカラフルな民族衣装が似合っていた。

 どことなく男勝りな表情をしている。アイリスやアヴィスとはまた違った黒髪で、しかし特に手入れはしていないようでボサボサだった。

 彼女は調理場にあった包丁で荒々しく封を切ると、中の手紙を検めた。


「へぇ、君は配達員なんだね。少し翼を触らせておくれよ」

「あはは……えっと、『大切な翼』なので、はじめましての方にはちょっと……」

「……なるほど。私のリュートのようなものか。つまりこの先、君に逢えばやがては触らせてもらえるのだね?」

「だーからそこの吟遊詩人っ! アンタは黙ってなさいよ! 今アタシと小娘が話してんだろうが!」


 叱責されて、リベロは不満そうに口を尖らせて引き下がった。テラの横に座って、リュート独特の直角に曲がったヘッドを人差し指で叩いている。


「なになに……結婚おめでとう。姉貴みたいなぶきっちょな人間が結婚できるなんて驚きだぜ……」

「インディさんも大概ですが、ヘレナさんも不器用って聞いてます」

「んああ!? 小娘、誰がぶきっちょだって!?」

「ぐ、苦しい……不器用って言ってたのはインディさんです……!」

「アイツ、今一度懲らしめないといけないようだな!」

「その前に、無関係な私を懲らしめないでください……!」


 ヘレナに軽く首を絞められ、テラはグラスを片手に藻掻く。酒精のせいか、首を絞められたせいか、テラの顔は真っ赤になっていた。


「はっはは。ヘレナの不器用さは真実だからねぇ」

「おい吟遊詩人。お前だけ酒代倍にすんぞ!」

「それは勘弁! 私の旅費が底をついてしまうよ!」

「それを機に断酒した方がいいんじぇねぇの?」


 少し離れたところに座っていた村人のおやじが横槍を入れた。リベロとおやじはなにやら会話を始め、テラは解放される。


「……あっ、そうだ。申し遅れましたが、ご結婚おめでとうございますヘレナさん!」

「あんがとな」


 ヘレナはどこか懐かしむように手紙を読んでいた。弟の不器用な文字の羅列を楽しんでいるようだ。

 テラは塩を振った炒り豆を摘まみながら、ヴィヌムが入ったジョッキに口をつける。


「ほう、あいつ結婚式に来てくれるのか。遠路はるばる馬車で来るのかねぇ」

「飛んできて思いましたが、大陸って広いから時間かかりそうですね」

「ちなみに、インディを小娘が運んだら運送料はいくらになるよ?」

「どう見てもインディさんみたいな巨漢は運べません! あと人は運搬できないです!」

「何だ。大層な羽持ってるから人でも運べるかと思ったわ」

「さすがに無理です!」


「じゃ、『オオタカ』でも捕まえて手懐けて、それで運ぼうかねぇ」


「それも限りなく不可能に近いと思いますが……」


「――いやぁ、実はそれができるんだよ」


 なんて真面目な顔のリベロが突っ込むから、酒場が笑いで盛り上がる。

 酒の勢いもあるかもしれないが、ノウェイの村民の陽気さが感じられた。


「な、なぜ笑う!?」


「あんたがオオタカを飼いならすなんて荒唐無稽(こうとうむけい)なこと言うからさ……ところで小娘。今日はノウェイ村に泊っていくのかい?」

「あ、そうですね……竜巻に巻き込まれたせいでいっぱい疲れているので、ちょっと休んでいきたいところですね」

「なら、そこの親父が経営している宿に泊っていくといい」

「おう、任せとけ!」

「いいか親父。小娘ちゃんが可愛いからって襲うんじゃないよ?」

「襲わねぇよ! 歳の差考えろ!」

「抜け駆け禁止だよ! 先にテラの翼を抱くのはこのリベロだ!」

「きゃー、か弱い私が襲われちゃう! 純白の翼を抱かれちゃうんだ! お持ち帰りされちゃう!」

「ギャーギャーうるせぇ! ほら宿行くぞ!」



「あ、その前に。もう一杯、いいですか?」

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