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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第五章 悲劇の村
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ギオン村


「――うぐぅうううああああああああっ!」


 テラは自分の絶叫で急速に意識を取り戻した。

 視界がチカチカ点滅した。痛みの余り思いきり歯を食いしばり、なおも鋭く悲鳴をあげる。

 傷口から血が溢れ、制服に赤黒いシミが滲む。彼女はウッドデッキの上に仰向けに寝かせられいた。


「……腸とか内臓は貫いてないね」


 テラの脇には四十代くらいの女性が膝立ちしていた。彼女の手には血濡れた矢がある。

 どうやら、テラの腹に刺さった矢を抜いてくれたのは彼女のようだ。

 幸いなことに、矢を抜いてから割とすぐに血は止まった。幸い、重傷には至らなかったようだ。女性は慣れた手つきで手当してくれる。


「ようこそ、場末の『ギオン村』へ。アタシはサリアだ」

「うぐっ……私はテラです……翼人、配達員の……」

「見りゃわかるさ!」


 テラはサリアに快活さを覚える。どうやら倒れた彼女を介抱してくれたようだ。

 彼女は浅黒い肌をしており、女性にしては鍛えられた体をしていた。頭には赤いバンダナを巻き、白髪交じりの茶髪で、半袖に半ズボンという、動きやすさを重視したような恰好をしている。衣装は使い古された感が出ていた。


 サリアは末端まで日焼けした手で、テラの腹部に刺さった矢を見せてきた。テラの顔色が一気に悪くなる。こんな鋭い先端のものが自分のお腹に刺さっていたのだ。


「こいつはゴブリンの矢だね」

「いたた……あ、あう……」

「翼人配達員なんて実質男みたいなもんだろ。我慢しな!」

「私、れっきとした女の子なんですが……」

「四の五の言わず早く傷口を閉じな! 魔法かなんかあるだろ!」

「そんな特殊能力ないです。私は魔法を使えません!」


 テラは治療を受ける間、痛みのせいで頭をくらくらさせながら村を見やる。


 丸太を重ねて作られたログハウスの群。王都のレンガ造りに慣れたテラには物珍しい家の構造だった。素朴で、森に溶け込んでいてとても自然的な雰囲気だ。


 ――ところがログハウスの中には焼けて崩れたものもあった。いや、むしろ無傷な建屋など存在していない。

 どれも窓ガラスは割れ、扉は打ち破られ、壁には無数の矢が突き刺さり、中には血痕がしみついたもののある。テラはゾッとしてセミタの言葉を思い出した。


「サリアさん、この村って……?」

「ああ、今は私しかいないよ。みんなゴブリンに殺されたのさ」

「ゴブリンに……」

「数ヶ月前から、ゴブリンと縄張り争いになってね。村は襲撃され、私以外の人間んはみな死んでしまったのさ」


 サリアは悲しむわけでもなく、淡々とした口調でそう言う。

 アヴィスの好物がゴブリンの肉なので感覚が麻痺していたが、本来はゴブリンは危険な魔獣なのだ。ここイザヴェル王国の正史でも、何度も闘争の歴史があった。


 テラはなんとも言えない表情で口を開いた。

「サリアさんは逃げないんですか?」


「逃げる? ハッ! ゴブリンから尻尾巻いて逃げるなんざ、ごめんだね! ここはアタシたちの生まれ故郷だ。ここで死ねるなら本望だ! それまで精々『生き抜いて』やるさ!」


 テラは伏し目がちになるだけで答えることができなかった。


「ところで、郵便屋がここに来たってことは手紙を持ってきたんだろ? 見せておくれよ」

「あっ、すみません……お渡ししますね。あっ、治療して下さってありがとうございます!」

「おうよ」


 テラは配達鞄を開き、封筒が折れないように仕切られたポケットを開いた。

 竜に襲われて心配だったが、大丈夫だ。折れ曲がったり汚損したりしていない。そしてセミタから預かった装飾のない白い封筒をサリアに渡す。


「アタシの妹、セミタからだな。王都に(とつ)いだのさ。相変わらず元気にやってるようで何よりだ」

「セミタさんは元気にされてますよ! 何かにつけてニンニクを推してくるんです」

「ふふ。あいつニンニクが大好物だからなぁ。変わってないな……。アタシに王都に逃げて来いってさ」


 サリア妹を懐かしむように、快活に笑った。色々な思いが脳裏を巡っているのだろう。


「セミタさん、サリアさんを凄く心配されてました……一緒に王都で安心して暮らそうって」

「ふふ。そうだろうな。あいつらしい……なあテラ。封筒と便箋は持ってるか? セミタに手紙を送りたいんだ」

「もちろんありますよ! 何色がいいですか? 装飾入りのもありますよ」

「シンプルなやつがいいな。これと同じ白とかの」

「わかりました!」


 テラは新品の封筒と用箋(ようせん)を取り出すと、万年筆を加えてサリアに手渡す。彼女はそれを受け取ると、テラスにある机の上でペン先を走らせた。


「――元気そうで何よりだ。ついにこの村にはアタシひとりになってしまった、と」


 それは手紙というより遺言状に近かった。悲惨な村の状況、迫るゴブリンたちの襲撃、孤独との戦い。サリアは冷厳(れいげん)に飲まれることなく、至って淡々と書いていく

 テラは、そんな彼女の横でただ待つことしかできなかった。当事者よりも悲痛な面持ちで。


「例えここで朽ちても悔いはない。アタシはひとりになっても戦う、と」


「……サリアさんは、どうして戦うんですか?」


「それがアタシの『想い』だからさ。故郷を守り、故郷のために戦い、故郷に死ぬ。それ以上の意味はない。それはテラ、お前だって一緒だろ? 他人のために危険を冒してでも手紙を運ぶわけだし。仕事以上に、それがお前の『想い』なんだろう」

「それは……そうかもしれません……」

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