痛み
気づけば、あっという間に日が傾き始めていた。太陽は山脈に遮られて、日の入りが極端に早いのだ。
王都とは違い、この辺りは夜になったらなんの明かりもなく、漆黒と森に閉ざされるはずだ。そうしたら目標を見失って、きっとたどり着けない。
テラは先を急いだ。
「まずは『ギオン村』、と……」
彼女は低空飛行して今度は針葉樹の森の上を飛ぶ。目的地は比較的イザヴェル山脈の近くのはずだった。
だが木々が視界を阻み、眼下の様子をうかがい知ることはできない。あんな竜がいる以上、当然大っぴらに暮らすことなど無理だろう。きっと、村はひっそりと存在しているはずだ。
テラは一度高度を上げて、滞空する。そしてポーチから双眼鏡を覗いて周囲を確認した。
「んー、それっぽいの見当たらないなぁ……」
なんてぼやいたとき。
突然ひゅんと、風を切る音が獣耳を通して聞こえ。
――次にテラの体に強い衝撃が走り、彼女は驚いて目を丸くし、鋭い痛みが走った腹を見下ろす。
そこには、乱暴に切り揃えられた鳥の羽根がついた、長い木の棒が突き刺さっていた。
「え?」
それが『矢』だということをテラが理解したのは、数秒経ってからだった。
「う、え……?」
体の力を失い、テラは樹冠を掻き分けて地面に落ちる。思いきり地面に背中を打ちつけて悶絶した。
「痛っ……痛、い……」
刺さった矢からは血が溢れだし、制服を赤く染めていく。下腹部に激痛が走り、傷口が激しく脈打つ。
止血が必要だが、弓矢を放った何者かが近くにいることを考えるとその場に留まるわけにもいかなかった。
テラは痛みの余り奥歯を噛みしめながら立ち上がり、木々に寄りかかりつつ、脚を引きずるとうにして必死に森の奥へと入っていく。
すると何かを焚くような匂いが立ち込め始め、森が切り開かれた痕跡が見て取れるようになる。明らかにこの近辺で人間が活動している痕跡があった。
苦痛に耐えながら慎重に木の幹に隠れて様子をうかがう。すると、森の中に木造の建屋がいくつかあった。慌ててマップケースから地図と方位磁針を取りだす。
――位置的にギオン村で間違いなさそうだった。
さらに熱い息を吐きながら村に近づくと、こちらに背を向けて火の番をしている女性の背中が見えた。
(……もしかして矢を放った人? いやでも、こっちを警戒してる様子はないし……)
テラは少しずつ女性に近づいていく。矢が刺さった腹を手で押さえて、丸太で組まれた小屋の影に立ち、様子をうかがう。やはりこちらに意識を向けていない。
そして恐る恐る、女性に近づいて声をかけようとした。
「あ、あ、う……」
しかし、それが限界だった。
そこでテラの意識が途絶え、世界が暗転した。
* * *
どこまでも深い、深い闇の中で、テラはかつてのことを思い出していた。
それは両親の馴れ初めを、幼いテラが聞いたときのことだった。
「おとーさんとおかーさんは、どこで出会ったの?」
新聞を読んでいた父は、顔を上げて答えた。
「うん? 帝国貴族だったお母さんがね、たまたま表敬訪問でウルドに来たときに出会ったんだよ」
「ひょーけーほうもん?」
「そうですわ。要するにウルドに遊びに……こほん。勉強しに来たときに出会ったのですわ」
母は、甘い紅茶が入ったティーカップを持ちながら、そんなふうに答えた。
「懐かしいね。スラム街の空を飛んでる美しいお母さんに、一目惚れしたんだ」
「それで、どーやって結婚したの?」
「手紙でやり取りして、親交を深めてて、仲良くなったのですわ。時折お忍びで出会って、その、デートとかしたり……」
「おしのび?」
幼いテラの前、母親はタジタジしながら言葉を選ぶ。
「亜人と翼人は、本当は結婚してはいけないんだよ。僕とお母さんは、結婚しちゃいけなかったんだ。だから、隠れてつき合ってたんだよ」
「そうですわ。でも、わたくしたちの熱い慕情の前には、女帝ドミヌスの邪魔も無為でしたが! そうですわよね、アヴィス?」
ソファーに座って魔導書を読んでいたアヴィスさんは、顔を上げすらせずに答える。
「何で私に話を振るんだい? 私は君たちの恋仲なんて知ったこっちゃないよ。ただ、手紙を運んだに過ぎないさ」




