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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第四章 急変する事態
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黒い稲妻

 竜は、王国の紋章にもあしらわれる『力の象徴』でもある。イザヴェル山脈における原生生物の頂点。真っ当に対峙することなど不可能だ。  


 激しい運動と、極度の緊張から、テラは自分の心臓が爆発しそうなほど強く脈を打っているのを感じた。――怖い。その感情だけが脳を支配した。

 

 竜は旋回して再びテラに突っ込んでくる。テラは翼を折り畳むと、空気抵抗を減らして滑空するように山頂を超えていく。小さな影の後を追うように大きな影が山頂を過ぎた。


(これが、アイリスちゃんを襲った竜……!)


 テラは追いつかれまいと細かく羽ばたき、気流に乗って上下左右に(かわ)しながら降下していく。

 一方の竜は、気流なんかお構いなしだ。巨大な翼で、強引に大気を裂いてテラに迫る。


「くっ!」


 巨体が真後ろに迫る。テラは何とか羽ばたき黒曜石のような爪を避ける。

 が、高山特有の気流の乱れが彼女を邪魔し、バランスを崩した。

 その結果わずかに射線に入り、右翼に竜の蹴りを受けてしまう。



「――あっ!?」



 暴力的なまでの力で体が吹き飛ばされ、白い羽根が何枚も宙に抜け落ちる。透明な汗が散った。

 彼女は一瞬だけ勢いで自由落下するも、すぐさま身を起こし体勢を回復し、翼を広げて断崖絶壁を疾走する。危機一髪。竜の次の攻撃を躱した。


 ふいに、テラはアヴィスの言葉を思い出した。竜に襲われたら、なるべく低い位置を飛ぶこと――


 竜は咆哮してテラを追う。

 テラは狙いを定められないように左右に身を躱し、そのまま岩肌を舐めるように急降下。歯止めが効かなくなるほど急落する。

 しかし、テラの速度をもってしても竜を振り切れない。竜は絶大な推力を持ってテラを追う。

 テラは下降流を捉えて一気に速度を増し、山の傾斜に砂埃を立てながら進む。

 

 刹那(せつな)。牙の羅列がテラの脚を穿つ。赤い溶岩のような口が視界に見えた。


「――っ!」


 テラは右に転じてそれを回避。下降流に乗ったまま地形を躱して逃走劇を継続する。

 急降下している内に山脈の麓の森が見え始める。巨木ばかりの原生林のようで、広葉樹林らしく太い幹と空に広がった枝葉が緻密(ちみつ)だ。

 ここなら竜も入ってこれないだろう。テラはそこに逃げ込むことを決めた。


 谷間に差しかかり、一瞬テラの体と地表に隙間ができた。竜はそれを逃さず、脚と爪が彼女の背後から迫る。テラは体を反転し、寸でのところでそれを回避。

 再びぐんと高度を下げて、群生する高山植物を揺らしながら疾走する。高度はどんどん下がっていく。

 

 ……あと少し。テラは荒く呼吸をしながら竜の猛攻を避ける。

 薄暗い森が近づく。テラは死力を尽くして岩肌の合間を羽ばたき、羽を折って飛び込む準備をした。


(ここだっ!)


 テラは一か所に狙いを定めて、立ち並ぶ木々の合間に突っ込む。

 木立が竜の進路を塞いだ。竜は急上昇して森を避ける。

 ――果たして、竜は巨体ゆえに森林にはいることができなかった。悔しそうに吠える声が頭上から聞こえる。


「はぁ、はぁ……逃げ切れた……?」


 テラは地面に降りると、息を荒げながら木の幹に寄りかかる。とめどなく汗が流れて拭くのも億劫だ。肺と心臓が悲鳴をあげて呼吸すら苦しい。酷使した翼のつけ根が痛んだ。

 どうやら逃げ切れたらしい。息を整えながら翼を見ると、翼の外側の羽根が(むし)り取られていた。

 現時点では飛行に問題ない。そのことにテラは安堵する。


「……念のため、森の中を下って行こう」


 テラは大きく息をついて呼吸を整えると、食料ポーチから水筒を取り出してゆっくり飲む。そしてウルドの水を味わった。口の渇きが和らぐと同時に、気持ちが落ち着きを取り戻し始めた。


「あ、ああ……ああああああ怖かったよう!」


 ようやく生きてる実感が沸いてきて、遅れてやってきた恐怖心で震えた。竜から逃れるときは多量のアドレナリンが放出されていただろうが、それが抜けてみると、恐怖心で心が折れそうだった。

 テラはしばらくそれと向き合った。なぜだか、涙があふれてくる。彼女は服の袖でそれをぬぐった。



 ――とは言え、旅は続く。「はい、怖いので帰ってきました」では通じない。



「……行こう」


 テラは呼吸を整えてから幹を離れ、木漏れ日が続く緑の回廊を歩き始める。

 苔()した(やわ)い地面を歩きながら、木の間を縫って下山していく。飛ぶ方がよほど早くて楽だが、竜に追われる危険性を考えるとそうも言ってられなかった。


 しばらく歩いていると原生林を抜けた。ここからは飛んでいかなければいけない。竜がいないか注意深く空を見上げる。が、見当たらなそうだ。テラは目立たないように低い高度で飛ぶことにする。


「竜と出会いませんように……」


 その願いが届いたのか、それ以降竜が襲ってくることはなかった。

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