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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第四章 急変する事態
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穿たれた黒い翼

 

 王都が夕陽に包まれ、赤レンガが暖色に輝き始める頃。

 ポツリポツリと瞬き始めた星々と街灯を背に、テラは仕事を終えて『スペス郵便局』へと戻ってきた。着地を決めて、ふうと息を吐いて力を抜く。それから、軽くなった配達鞄を脱ぎながら郵便局へと入った。


「テラ、ただいま戻りました!」

「おお、テラ君。早いじゃないか。この数日で君はだいぶ成長したね」

「本当ですか? えへへ……」


 出迎えてくれた所長の言葉にテラは照れて紫の後ろ髪を掻いた。獣耳もつられてピコピコ跳ねる。


「ようやく頭角を現したといったところか。君は本来優秀なんだからね? かつてここで働いていた『伝説の配達員』みたいになれると思っているよ」

「そんなぁ……そう言ってもらえて嬉しいなぁ」

「でもくれぐれも調子に乗らないように。君は――」


 デレデレしていたテラの後ろ、いきなりドンと鈍い音が響き、郵便局の扉が乱暴に開け放たれる。扉のガラスが騒ぎ、『営業中』の看板がけたたましく鳴った。

 何事かと思い、二人は一斉に入り口を見る。すると槍を持ち、軽鎧(けいがい)を装備した衛兵たちが慌ただしく中に入ってきた。赤い竜の紋章と装備から察するに、城外や付近の街道を巡回する警備隊だろう。

 突拍子もない騒々しさに、テラは大口を開けたまま動けない。



「大変です! そちらの局員が……!」



 ひとりの衛兵に続いて、担架を持った別の二人の衛兵が入ってくる。そこに横たわっていたのは、見慣れた艶のある美しい黒髪と、美麗な黒い翼――



「――アイリスちゃん!」「アイリス君!」



 テラと所長は同時に叫ぶ。担架に横たわっていたのは満身創痍のアイリスだった。

 羽根はまるで『巨大な手』にむしられたように抜け落ちており、辛うじて残った羽根も逆立ち、到底飛べないくらいに酷いものだった。

 制服は破け、装備品は外れている。頭や胸辺りにかけて血が流れた痕があり、一部の裂傷はまだ流血が治まっていないほど、深いようだった。

 彼女は苦しそうに、激しく肩で呼吸していた。強く目を閉じている。


「巡回中に街道に倒れている彼女を発見して……『スペス郵便局(ここ)』へ行くよう指示されたのですが……」


「アイリスちゃん! お願い、目を開けてっ!」


 テラは、アイリスの汚れた手を強く握る。

 あんなに優れた配達員であるアイリスが……テラはその事実に絶望した。

 アイリスは目を閉じていたが、テラの呼びかけに反応するようにゆっくりと瞼を開く。

 痛みからか、悔しさからか、その金色の瞳には涙が浮かんでいた。テラはアイリスが落涙(らくるい)するのを初めて見た。

 彼女は口端から血を流し、弱々しい声で吐露する。


「……テラ、ごめん。私、ダメだった……」

「アイリス君、一体何があった!?」

「所長、すみません……イザヴェル山脈辺りで……『竜』に襲われました。抗戦したんですが、翼が使い物にならなくなって。何とか、歩いて戻ってきたんですが……」

「その怪我で、歩いて山脈から……?」


 アイリスの手を握りながら、テラは床に崩れ落ちて泣いた。

 悠々と空を飛んで帝国を目指していると思ったアイリスは、ひとり孤独で、重傷を負ったまま三日近く歩き続けてウルドに引き返そうとしていたのだ。


 ――きっと、大切な荷物を持ち帰るために。

 

 その証拠に、彼女の細い腕には、配達鞄がしっかり抱かれていた。察するに難くない、激しい戦いを繰り広げただろうに、配達鞄だけはしっかりと守り抜いていた。

 

 テラは涙をこぼしながらアイリスの荷物を預かり、応急処置をしてやろうとする。でも、傷が深すぎてどこから手をつければいいのかわからなかった。


「荷物は、無事です……帝国には辿り着けませんでしたが……」

「アイリス君。今は荷物より、自分のことを大事にするんだ」

「すみません……。ご迷惑をおかけします……」


 珍しく弱音を吐くアイリスに、目を閉じた所長は首を横に振る。


「こっちの心配はしなくていい。君が無事ならばそれでいい」

「はい……ありがとうございます……ごめんね、テラ。カッコ悪いところ見せちゃった」

「ぐすっ。そんなことないよ! アイリスちゃんは勇敢だったよっ! だって、配達鞄を守り抜いたんだから……」


 テラは最後まで血まみれのアイリスの手を握っていた。

 衛兵たちは担架を持ち上げる。そして慌ただしく郵便局を出ていく。病院へと向ってくれるようだ。

 その様子を、残された二人は不安そうに見送る。テラは床に膝をついたまま。


「アイリスちゃん……」


 その姿を見送りながら、テラは彼女の無事を祈るように手を合わせる。所長もいつになく不安げな表情をしていた。

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