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双翼、想いを運べ  作者: 蒸気鳥
第三章 ひと時の別れ
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別れ


 あくる日。花冷えの朝、スペス郵便局の前。


 冷えこそしているものの、旅立ちにふさわしい雲一つない蒼穹(そうきゅう)だった。朝日がイザヴェル山脈の影を空に落としている。

 局員全員で集まってアイリスの見送りをしていた。

 やや緊張した面持ちのアイリスは装具の点検をしていた。それはいつも王都内の配達で使用するものとは全く異なっていた。


 いつものものより数倍大きな配達鞄、方位磁針つきのマップケース、新品の便箋や封筒が入ったポーチ、それから食料やその他雑貨が入った大きな鞄。腕には普段はつけない『高度計』を着用している。そして、腰には剣を下げていた。


 翼人は羽のせいで荷物を背負うことができないので、ポーチ類で上手く羽をかわすしかないのだ。だからといって荷物が偏ると飛行に支障を来すので、そこは考えどころだった。


「アイリス君、くれぐれも気をつけて。無理するんじゃないぞ」

「はい、所長。気をつけて行って参ります」

「アイリスちゃん……気をつけてね」

「うん。テラも王都勤務だからって油断するんじゃないぞ」


 アイリスはテラの獣耳をポンポンと叩き、静かに微笑む。テラは無言でうなずいた。

 新米で右も左もわからなかったテラに一から指導してくれたのはアイリスだった。

 先輩であり、よき友人だったアイリスが旅立ってしまうと思うと、寂しさを感じずにはいられなかった。テラの目尻にわずかな涙が光る。


「それでは、行ってきます!」


 アイリスは一度息を吐くと、地面を蹴って空へと舞い上がる。装備が重いせいかやや辛そうに飛び上がった。

 それから彼女は感触を確かめるように郵便局上空を何度か旋回。

 それから覚悟が決まったのだろう。地上にいるみなに手を振り、黒い翼は城壁の正門方面へと消えていくのだった。

 テラはその翼を追っていたが、城壁を越えたあたりでそれは見えなくなってしまった。



「行っちゃった……」



「…………さて、仕事だ仕事! アイリス君がいなくなったから、仕事が忙しくなるぞ!」


 所長は感慨深さも感じさせず、副所長とテラに仕事へ戻るよう促す。テラは余韻に浸りながら、緩やかな足取りで郵便局の中に戻った。

 彼女は控室で荷物をまとめる。飛び立ったアイリスを思い出し、喪失感に似た感情を覚えずにはいられなかった。まさか、こんなに早く別れが来るとは思っていなかった。


「よし、行こう!」


 でも、テラは力強い声でそう言うと扉を開け放ち、朝日の中に消えていった。

 アイリスがくれた自信を胸に秘めて。


 * * *


 その日の夜。

 テラは自室で本を読んでいた。部屋の中は質素そのもので、赤レンガの壁に、木の棚とベッド、机と椅子、それからアヴィスが灯してくれた魔法式の明かりがあるだけだ。本人があまり家具とか小物に興味がないので、父親が自作してくれたものをそのまま使っているだけだった。


 ――コンコンコン。ドアがノックする音が響く。


「はーい、どうぞ! アヴィスさん」

「やぁやぁ、お邪魔するよテラ君。おや、勉強中だったかい?」

「いえ、冒険小説を読んでいただけです」


 テラは本を閉じて顔を上げた。アヴィスはいつもと同じ黒いローブを着て、大好物のゴブリンの肉の串を持っていた。


「冒険譚、か。例えばどんな話が出るんだい?」

「えっと、『浮島(ふとう)』とか……おとぎ話ですよね」

「ふむ……」


 ――『浮島』。それは誰もが知る伝承だ。

 古代人が魔法で造り上げた天空の城で、魔力をもってして大空に浮かんでいるという。だがその存在を観測した者はいないし、多くの人が存在を否定しており、おおむねおとぎ話の世界とされていた。

 そしてその用途も、儀式用とされたり、王族の墓場とされたりと、諸説あっていまいち定まっていなかった。


 アヴィスは静かにベッドに腰かけた。そして手にした肉を食べながら、



「――浮島は実在するよ」



 とだけ言った。

 テラは思わず噴飯する。至って真顔のアヴィスを見て。


「あはは! アヴィスさんでもそんな冗談を言うんですね!」

「いやぁ、冗談ではないよ。本当に存在しているんだ。しかもそこには、御伽噺の通りに『魔女』がいる」

「魔女……魔法を使える人たちのことですね?」

「そうとも。埃を被った最新の技術を持つ、魔道の探求者たちがね」


「でも……」と、ひとしきり笑ったテラは、上目づかいでアヴィスを見た。アヴィスは知識人だ。旅を沢山してきた、元翼人の旅人でもある。

 そして、彼女は少しの魔法を使える。酔狂な人間からそれを学んだと言っていた。その酔狂な人間とは、実は魔法に精通した魔女だったら――

 そんな彼女がいうのなら、もしくは……。


「あるよ、本当に。私はこの目で見たんだ。渦巻き状の『それ』をね。確か、帝国から王国領に入ったところで見たんだっけな」

「ふ、浮島の宮殿を見たんですか?」

「見たし、中に入ったとも。立派な構えだったが、残念ながら伽藍洞(がらんどう)だったけど」


 それを聞いたテラは、思わず目を輝かせる。顔をアヴィスに近づけて話の続きを要求した。


「浮島は惑星のように動いていてね。どうも『どこか』を中心に周回しているらしい。高度は、翼人がたどり着けるくらいだったね。とても綺麗だったよ。金銀財宝を期待した私には物足りなかったけど」

「ふわぁ……アヴィスさんが言うと、現実味がありますね」

「現実だもの。……そろそろ寝ようか? お邪魔したね」

「あ、はい! おやすみなさいアヴィスさん」

「おやすみ、テラ君」

 アヴィスは魔法灯を消す。

 テラはベッドに潜りこみながら、アヴィスの言葉にワクワクして、子供のように寝つけなくなっていた。



「『浮島』か……本当にあるのかな?」

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