断章
夜がすっかり深まった中、テラは帰路に着く。その頃には酔いはすっかり醒めていた。
たまに酔いながら飛ぶと街灯や橋桁に衝突するのでよくない。テラは何度もそれを味わっていた。
少し肌寒い夜風が気持ちよかった。テラは努めて静かに飛びながら家を目指す。どこの家も明かりが消えており、不夜城と名高い王城以外は漆黒が支配していた。
「ただいまー」
家の中は静まり返っていた。両親は既に寝ているようだ。
テラは暗がりのリビングを、ものにぶつかるたびに「あう」や「えう」など短く悲鳴をあげながら歩く。
するとそんな彼女に気をつかって、部屋に置かれた魔法式のライトに火が灯り、足元を照らしてくれる。間違いない。アヴィスの魔法だ。
――トントントン。そして分厚い本の表紙を叩く音がソファーの裏から聞こえる。彼女がテラの気を引きたがっていた。
定位置のリビングのソファーにアヴィスは座っていた。彼女は読みかけの分厚い本をパタンと閉じると、口をモグモグさせながら、静かにテラを出迎える。
「おかえり、テラ君。今日は飲み会だったのかな?」
「うん、そうです。明日外国に遠征に行っちゃう子の送別会で」
「なるほど、外国か……それは一大事だね」
「そうなんですよ! 帝都は遠いですから!」
「私もかつてイザヴェル山脈経由で帝国に行ったことがあるよ……まぁ大変だったとも! その経路で私は大好物の『ゴブリンの肉』に出会うことになるんだがねぇ。テラ君も食べるかい? ゴブリンの肉」
そう言うとアヴィスは手に持っていた肉串をテラに差し出してくれる。テラはそれを遠慮がちに断った。
「今お腹いっぱいで……アヴィスさん、ゴブリンの肉好きですよね?」
「そうなんだよ。得も言われぬ雑味と大味な感じが病みつきでねぇ。各地の高級な食材も沢山食べてきたが、どうにも私に合うのはこの安っぽいゴブリンの肉でね。私自身が安っぽいから? やかましいわ……こうして各地でゴブリンの肉を食べ歩いたものだよ」
「ずっと気になってたんですが、アヴィスさんってどこの出身なんですか?」
なんて聞いてみると、アヴィスは闇の中でいたずらっぽく笑う。
「ふふふ。どこだと思う?」
「えっと、帝国? 共和国とか? あるいは、どこかの小国とか?」
「さあ、どこだろうねぇ? 秘密だよ」
「むう……またそうやってはぐらかすんだから……」
アヴィスは口の前で人差し指をあげてから、串の肉をパクッと頬張った。
テラはそのあとも二言三言話してから、ヴィヌムの酒精で眠くなったので、「おやすみ」と告げて風呂に入って寝ることにしたのだった。
「ああ、おやすみテラ君。よい夢を」
アヴィスの女性にしては低い声が、テラには心地よかった。




