別れの宴
「へぇ、翼人の翼コレクターね……全く酔狂なやつもいるもんだ」
一足先にトラットリアに着いたテラは、カウンターの向こうに立つコック姿のインディに向けて今日の事件について話していた。テラとアイリスが二人で会食するときは、決まってここトラットリアだった。
小ぢんまりした酒場は灯りに彩られて暖色に染まっている。カウンター席、それからテーブル席がいくつか。椅子に腰かけた客が酒に酔って大声で話し込んでいた。「アイツ絶対イカサマやってんぞ!」「この間オレも掏られたわ!」「ふざけやがって……」
「そうなんれす! もう、めっちゃ怖かったんですから!」
「テラは手羽先になって美味しく頂かれるのと、コレクションになって愛でられるのどっちがいいんだ?」
「どっちも嫌ですぅ!」
テラは『ユグドラシルの樹皮』で作った白色のジュースを飲みながら顔を赤らめて、大きな声で叫ぶ。
このユグドラシル樹皮のジュースは『ヴィヌム』呼ばれ、理由は不明だが翼人だけを酔わす飲み物だ。アルコールを含まないので幼いテラでも合法的に酔うことができた。
酔っているせいか目線は定まっておらず、いつもに増して饒舌に話し始める。
「いいですがインディさん。この羽はお母さんから頂いたもので、この獣耳はお父さんから受け継いだものなんれす! 翼人と獣人の貴重なハーフなんですよ! ハーフ! 身分を超えて生まれた神童なんです! もっと丁重に扱って、国宝にすべきなんです!」
「だっはは! 自分のこと神童とか国宝とか言ってるぞこいつ!」
「だって、事実だもん!」
「おうおう。相変わらずヴィヌムに弱いねぇテラは。主賓が来てないのに酔うとは」
そこへ私服に着替えたアイリスがやってきた。ぴっちりとしたパンツ姿で、制服のワイシャツの上に黒い革製のジャケットを羽織っている。色気を感じさせる、大人の女性の風貌だった。
「お、アイリスも来たか。何か飲むか?」
「うん。私はウィスキーをもらおうかな。『コニュア』の15年ものを」
「お、珍しいな。倹約家のアイリスが高いやつ選ぶなんて」
「今日は私の『門出』なんだ。せっかくだし、高いやつで祝おうと思ってね」
「そうか!」
アイリスは既に出来上がっているテラを見て笑った。酔ったテラは気が大きくなり、普段の謙虚な言動とは全く違うので面白いのだ。酔った姿がその人の本性、というが果たして……。
「アイリスちゃーん。インディさんが私の翼で手羽先作ろうとしてくるよぉ!」
「ほー? なかなか魅力的なお誘いじゃないか。ぜひとも私も食してみたい。副産物で高価な翼も手に入るしね? 今日の『あの男』みたいなのに売ろうかな?」
「うわぁん!? 私の周りはサイコパスしかいないよう!」
インディから琥珀色のグラスを受け取ったアイリスは、「乾杯」と言って、テラが持つ木のジョッキと打ち合わせてから飲む。
「そういや聞いたぜアイリス。お前さん明日から海外便担当になるんだってな?」
「そうなんだ。テラに触発されて頑張ってたら、海外便を任せられることになったんだ」
「すげぇじゃねぇか。どこ行くんだ?」
「帝都だよ。小さく見積もっても、往復で丸五日はかかるかな」
「帝都か。じゃあイザヴェル山脈を超えていくルートか?」
「そうそう。あそこが最初の山場だろうね」
「……ノウェイ村はわかるか? 帝国領近くの山村だ」
「わかるとも。明日の便でインディの手紙も運ぶ予定だよ」
「そのノウェイ村の姉から聞いた話なんだが、最近あの辺にも『オオタカ』が出てきているらしいぞ。くれぐれも気をつけろ」
「ああ、もちろ――」
「私を差し置いて何を話してるんですかぁ!」
二人の会話から置いていかれたテラがアイリスの肩を抱き寄せる。それから翼で彼女の体を包み、柔らかい肌で頬ずりした。
そんな普段なら絶対やらないような大胆な肉体的コミュニケーションに、アイリスは嬉しさ半分、苦笑い半分といった感じだ。
「大将! 注文いいか!」
客席から注文が入り、インディはカウンターを出ていく。
カウンターがテラとアイリスのものになると、アイリスはグラスを少し傾けてから真顔になって、改まってテラに言った。
「――テラ、前から思っていたことがある。あなたは飛行技術はまだ未熟だが、間違いなく天性の才能を持っているよ」
「ふえ? 何の話?」
「昨日溺れてる子供を助けたでしょ? あの様子を見てたんだけど、本当は私が助けるつもりだった。でも、それより先にあなたが動いていた。正直、私なんかよりずっと速くて巧いと思ったよ。だからもっと自信持って」
褒められてテラの酔いが一気に醒めた。彼女の眼睛が涙で潤い、光が灯る。
「今日の私の飛行見て、どう思った? 正直『遅いな』と思ったでしょ。それはね、私が遅いんじゃなくて、テラが速いの。みんな気づいてないけど、あなたは相当の速さの持ち主なんだよ」
うつむき気味だったテラの両目から、涙が零れ落ちる。この仕事に就いてから、誰かに褒められるなんてことはほとんどなかった。最近は特に、受けるのはいつも叱責ばかりだった。
だからその言葉に救われたし、何よりも純粋に嬉しかったのだ。憧れの先輩、アイリスから褒められたことが。
堰を切ったようにアメジストの瞳から涙が溢れ、獣耳も震える。アイリスはそんな彼女の頭に優しく手を置いた。
「失敗は確実にあなたの糧になっている。大丈夫だよ。安心して」
「アイリスちゃん……」
「前も言ったけど、私も入社した当時はミスばっかりだった。今となっては全てが懐かしくていい経験だよ」
「トマトに突っ込んだ話は面白かったなぁ」
「そうだろう? 思い出しても可笑しいよ。私も新人のときは色々とやらかしてるんだ。それ聞いたら少しは安心するんじゃないかな? そんな私でも、今は一人前にやらせてもらっているからね」
アイリスはひとしきり喋ると、グラスを傾けて一気に飲み干した。
「……さっきのインディの話じゃないが、やっぱり国外に出るのは少し怖い気がしてね。今まで竜とか怪鳥なんか見たことないし、暴風雨の中を飛んだこともない」
「で、でも! アイリスちゃんなら絶対できるよ!」
「…………」
テラの言葉に、アイリスは少し救われた表情をする。
「ありがとう、テラ。そうだね。私も自信持たないきゃね。……さぁ今日は私の奢りだ。じゃんじゃん飲め!」
「うぇーい! インディさん、ヴィヌム追加で!」
「あいよ!」
二人は別れを惜しむように話に花を咲かせ、散々飲み明かすのだった。




